終業のチャイムが鳴ると、教室にいる生徒たちは各々に帰宅の準備を始め、これからどうする?とか、明日の予定や週末のこと、楽しそうに話しながら出ていく様をルルーシュはなんとも冷たい視線で見送っていた。
黒の騎士団を指揮していくのに今は精一杯とあって学業が疎かになってしまっているのは確かに仕方が無いことだ。
しかし、この今の時期に居残りをさせられるということにあからさまの息を吐く。
明後日は学園祭だ。
それまでに単位を取りなさい、という教師達の言葉。
こればかりはいくらルルーシュといえど反抗するわけにはいかなかった。
それに自分1人ではない。
枢木スザク。
彼もまた、同様に居残りで単位を取らなくてはいけなかった。
彼は彼で軍人であるがために勉強等は二の次となる。努力家なスザクは出来る限りのことを学校でもして、仕事場でもある特別派遣嚮導技術部で教えてもらったりしているらしい。
ちらり、と後ろの席にいたスザクを見やれば目があってにっこり笑う。だが少しばかり、それが疲れているようにも見えた。
ルルーシュも笑い返してまた前を向く。
「居残りなんて、最悪だな」
「そうだね。けど、そうしないと留年だ」
「それはごめんだな」
ははっ、とわざとらしくルルーシュは零す。
普通のなんともない会話をしていれば扉が開いて教師が入ってくる。
(スザクはー、)
内に秘めた言葉を、そこで苦く噛む。
(あいつは敵だ)
トン、とシャープペンの先をテーブルの上に落とす。耳に掛けた黒髪が頬に垂れて視界を狭くする。
この学校を出れば自分はゼロを名乗り、スザクもまた騎士になる。
こういうことを歯がゆい、というのだろうか。
ユーフェミア皇女の騎士となってしまったスザク。
これはルルーシュにとって決定的な別れ道、を示していた。
だが決別することなど、どうしても出来なかった。
そしてまた、スザクに対してギアスの力を使ってしまったことを悔いる。
何故悔いるのか。
修羅の道を行き、この国を変えてブリタニアを倒す。その結果を優先させるのなら、手段は選ばない。使えるものは使う。
それでいいはずなのに。
この力をスザクに使ってしまえば、友である彼を失う気がしてならなかった、ということだろうか。
ふとルルーシュは手を止めて自嘲する。
そうだ。失ったのだ。
「やっと終わったね、ルルーシュ」
すっかり陽も暮れてしまい、教室以外は真っ暗だ。
やっと補習が終わったのも日付が変わってしまうギリギリな時間。だがそのおかげで留年、という最悪のケースは免れそうだ。
二人残された部屋。
スザクは小さく欠伸をして立ち上がる。
「ああ、そうだな」
ルルーシュも背伸びをして窓の外を見る。
校舎の見慣れた外灯の小さな明かり。
窓に映る、スザクの姿に目を細めた。
「スザク、」
ふいにルルーシュが口を開いて振り向く。
なに、と小首を傾げて翡翠の瞳を向けられて、少しばかり聞いてみようかと迷った。
「お前、ユーフェミア皇女殿下とどうなんだ?」
軽い気持ちでそう聞いてみることにした。
他に話題ならあるはずなのに、どうしてわざわざそんなところを聞こうと思ったのか。
そう、ただの興味本意だ。
ふわりとスザクの鳶色のくせ毛が「えっ?」と驚くと跳ねる。
「皇女殿下のこと?」
なんでルルーシュがそんなことを聞くのかと、きょとんと目を丸めていた。
彼は何気ない顔で頷いて片膝を付く。
「え、っと別に、良い方だよ。良くしてくれる」
なんと答えればいいのか少し考えて、照れくさそうにそう声にする。
この学校に通わせてくれたのだって、彼女の好意があってのことだ。色々と彼女はスザクのことを気に掛けてくれ、そして己の騎士とし彼の立場も心も掬い上げようにとしている。
慈悲深い、ユーフェミア。
それがルルーシュには苦々しくてたまらない。
「優しい人だし、彼女が笑ってくれていると嬉しいし…傍にいると、和むよ」
にっこりと微笑んで唇を綻ばせる。
本当に心から、気持ちを込めて。
しん、と静まり返る部屋がやけに寒い。こんなにも穏やかそうなスザクと対比して、ルルーシュの心も空気と同じで冷えていく気がした。
スザクは彼女の騎士として、誇りを持っている。
そしてそれに殉じることで得られる幸福感を、やはりスザクは求めているのだろうか。己のルールを最大限に守れる場所を。
認められ、求め求められる場所にいるのが一番いいはず。
それがスザクにとってはもう、彼女のところということだ。
「へぇ、そうなんだ」
装う声はひどく落ち着いていた。
スザクを見上げる紫の瞳も、笑っていたけれどやはり冷めている。
それにスザクは気が付くことはなくまた笑う。
笑うな。
と、ルルーシュは奥歯を噛み締める。
誰のために笑うのか。それは、自分やナナリーに向けてではない。
傍にいて欲しいと思う者は、別の場所へ。
腹の底にある渦を巻く、黒い気持ち。
どうしてスザクは自分のものではない、と。
彼のことを知っているのは、己でありユーフェミアではない。傍にいてよいのも、違う。
どうしてそんなところにいるのだという疑問はいつまでも自分を縛る。
(スザクはー、)
ぐっ、と机の上の拳を握る。
どこにも向けることの出来ない、捌け口のないジレンマ。
彼女なんかにぜすに自分にすればいいのに。
どうして分からないんだ。
一番にお前のことを思っているのは、誰なのか。
「僕は好きだよ、彼女のこと」
また笑う。無垢に。
(お前はもう、そんなにきれいじゃないだろう?)
ああ、本当にこいつが偽善ぶって笑っているのを見ると壊したくなるのは何故だろうー。
僕らのひどく歪んだ関係