「スザク?」




視界の隅に捉えた少年の名前を呟いて足を止めた。
校庭に集まったクライメイトたちは白い体操着に短パンなのに、ルルーシュが見た彼の姿は黒い制服のままだった。
それを不思議そうに眺めていればスザクは担当教師のところに駆け寄り、何か口にしてから頭を下げている。
(なんだ?)
ルルーシュは一層に気になって眉を顰めれば後ろから「ルルーシュ!」と大きな声で呼ばれた。
振り返る自分と同じく体操着に着替えたリヴァルが「何してんの?」と肩を叩く。

「いや、スザクが……」

確か先刻の授業では一緒にいて、特に体調が悪いという様子でもなかったのにどうして彼は制服のままなことをリヴァルに言えば彼は唸る声でルルーシュの疑問に答える。

「俺見たよー、さっきさぁ」
「何を」
「まだそんなことをする奴がいる、ていうのが情けないよねぇ。スザクの体操着、切り刻まれてたんだってさ」
「え、」

スザクがアッシュフォードに転入して最初の頃は彼の体操着にラクガキがしてあったり、校内での嫌がらせはあったが今になってもまだ続いているのか、ということにルルーシュは驚く。
(だから授業は出れない、てことか)
リヴァルも同様に「いい加減飽きないよね」と溜息を吐いた。しかしそんな嫌がらせをされてもスザクは詮索なんてしないし、一人静かにしているだけでそれがまた余計に癇癪に触るんだろう。
彼との話を終えると担任が集合の合図を掛け、スザクはその場から離れて行くのを眺めていればこちらの視線に気がついたのか軽く手を振ってくる。
スザクもスザクでどこまでお人よしになれば気が済むんだろうか。

「今日の騎馬戦、スザクうちのチームだったからぜっったいに勝てるはずだったのになぁ……残念すぎ、ってルルーシュ?」

突然その場しゃがみこんでしまったルルーシュにリヴァルが「どしたの?」と声を掛ける。
ルルーシュは腹を抱え、唇を噛んで痛みに耐えているようにしていた。

「ちょっと腹が痛くて……」

ははっ、と笑ってみせるがすぐにつらそうな表情にして俯く。

「少し休んでくる。リヴァルは先生にそれを伝えてくれないか」
「いいけどさぁー、ほんとに大丈夫なのぉ?」
「ああ、休めば治る」

伸ばされた手を取って、立ち上がれば「ルルーシュ?」とリヴァルとは違う者が心配そうな声を掛けてきた。それにルルーシュは顔を上げれば思惑通り待っていた者。
遠めに見た彼の姿に気付いて小走りに駆け寄りきょとんと碧色をした目を丸めて、見下ろしてくる。

「ちょうどいいところにきたスザク!ルルーシュ、調子悪いんだって、保健室連れてってくんない?俺は先生に事情話してくるからさ」

校庭の中央に集合しないルルーシュとリヴァルに担任の呼ぶ声が掛かり、慌ててリヴァルがスザクに後のことを頼むと駆け出して行ってしまった。
ふらつくルルーシュの腕を肩に回してスザクは一緒に歩き始める。

「大丈夫?」
「ああ、悪いな」

ルルーシュは幾分か嬉しそうにそう答えて、「保健室じゃなくて教室でいい」と告げる。

「けど体調悪いなら看てもらった方がいいんじゃない?」

丸々とした翡翠の瞳が顔を覗き込む。
しかしルルーシュは教室でいい、と頑固に言われて仕方なくスザクはルルーシュを連れて教室に戻ることにした。
授業が始まった各教室から教師たちの声が聞こえる。
スザクは体育の授業に参加できないため自習を言い渡されており、それで担任から渡されていた鍵で教室へと入ると、ルルーシュを席へと座らせる。

「まだ気分悪い?」

横になりたい?それとも水とか欲しい?、と親身になって聞いてくるスザクがなんだかおかしくてルルーシュはようやく二人きりになったことだし、と顔を綻ばせて大きく背伸びをした。

「スザクのおかげで気分はよくなったよ」

さっきまで辛そうに顔を歪めていたというのに、顔を晴れ晴れと上げるととても元気そうなルルーシュの笑顔にスザクは口を半開きにしてしまう。
そこでまさか、と気付く。

「ルルーシュ、仮病だったのかい?」

呆れた声色でそう聞けば、ルルーシュは肩を竦めて笑うだけ。そしてスザクは騙されたことが心外で、深く溜息を零す。

「ルルーシュ、サボりたいからって僕まで使って……」
「別にサボりたいと思ってしたことじゃないさ」
「じゃあなんで」

淡い昼過ぎの太陽が窓ガラスを透して光り挿す。
いつもはあんなにも賑わっている教室でも誰もいなくなると不気味なぐらいの静けさだ。
スザクは真っ直ぐにルルーシュへと視線を注いで答えを待つ。

「……お前、勉強ついていけてないんだろ?」
「?」

唐突に別の話題を持ち出させて、小首を傾げる。トントン、と自分横に座るように机を叩く。

「だから、自習に付き合ってやる、て言ってるんだ俺は」
「え、けどルルーシュ、」
「お前は黙って付き合ってください、て言えばいいんだよ」

頬杖を付いてルルーシュは唇を尖らせて言う。
この鈍感が、とも小さく舌打ちもして。
それでもスザクはきょとん、と目を点にしてルルーシュを見つめているだけ。

(少しは察しろ!この馬鹿!)

「……お前こそ、体操服はどうしたんだ。ないから、授業に出れなくなったんだろ?」

率直に「また体操服ダメにされたんだろ。可哀相だから俺も一緒に授業を欠席してやる」と、言ってしまえばよかったかもしれない、このスザクには。
けど、ルルーシュの中にある変なプライドがそう言わせなかった。
そうしてやっとスザクは数秒考えた後に「あ、」と気付く。

「ルルーシュ、もしかして」
「わかったらさっさと座れよ。せっかく俺が付き合ってやる、て言ってるんだからな」

ぱっ、と輝いた表情を見せるスザクにルルーシュの心臓が小さく跳ね上がった。こんなことでそんなに嬉しそうにされても対処に困る。

「ルルーシュ、て馬鹿だな」
「お前にだけは言われたくない台詞だな」

ふふっ、とスザクは目を細めて笑うとルルーシュの傍らへと座る。
確かにこんなことリヴァルにでも知られたりしたら「過保護すぎ」と、馬鹿にされるかもしれないと過ぎった。

「別に僕は気にしてないのに」

そうしてまた笑う。僕は痛くも痒くもないよ、と。
それを見ているこっちが痛いことにも気付かずに。
昔は思ったことを口にして、足や手が先に出ていたほど喧嘩していたというのに今見ているスザクはルルーシュの知らないスザクにさえ思える。
それが成長というものだ、と言われたらそれまでだが。

「お前が気にしていなくても俺が気になる」
「ルルーシュが?」
「友達だからな」

ふっ、と口端を上げてさらりと零す言葉。
なんてことない言葉だ、友達なんて。ありふれてる。
それでも口にして言われると照れくさくもあって、温かい言葉なんだと知る。

「なんか、ルルーシュに甘えてばっかりだ」
「そうか?」
「うん、気付けば君に助けられてる。けどいくらなんでも仮病使うのはもうダメだ」

こつん、と肘で腕を突かれて苦笑する。
生真面目すぎるとの鈍感なところを改善すべきだな、とルルーシュは一人ごちて渋々な声で、

「はいはい、わかったよ枢木スザクくん」

と、答えればスザクが「よろしい、ルルーシュくん」と、ふざけて言うものだから思わず噴出して笑い、それに釣られてスザクも声を立てて笑った。


ああ、なんて心地良いんだろう。と。




確信犯の恋心