「もしも親しい者や、俺がゼロだったらお前はどうしてる?」
僕は誰と満たされる
そんな唐突な質問だった。
アッシュフォード学園校舎より少し歩いたところに、生徒会が使用している館がある。ルルーシュとナナリーはそこに住んでおり、今日はその庭先で午後の紅茶を楽しんでいる時に友にした会話だった。
ナナリーは使用人のさよことともに散歩に出ているため、ここでゆるりとしているのはルルーシュとスザクだけだ。
今日の軍務はもうない、という話でたまにはうちでゆっくりしていかないか?と、掛けたのはルルーシュの方。機会があればスザクと共の時間を過ごしたかった。
しかしその純粋な気持ちとは裏腹に、複雑な気持ちも抱えている。
白いナイトメアに搭乗しているのがスザクだと知り、自分は一体彼をどうすればいいのかがわからなくなっていた。
彼は親友だ。
討つことなんて、きっと出来ない。
しかし黒の騎士団内部では、枢木スザクを暗殺すべきだと危険因子は排除するべきだという声は高い。現にディートハルトがカレンにいらぬことを吹き込み、スザクをどうにかしようとした。
自分が今後、ゼロとしてどう判断を下さなくてはいけないのか。
そればかりを強要される。
けれど今は、親友として向き合っている。
こんなにも自分はスザクと対峙して苦しんでいるのに、彼はまだ何も知らない。
それが少し、悔しくなったのかもしれない。
「なんだい、急にそんなこと…」
突然の言葉にスザクは乾いた笑いを見せて、ティーカップをテーブルに置いた。
確かにゼロ、という人物が一体誰なのか、仮面の下はどんな顔をしているのかと気になる者も多い。
正体不明のゼロ。
もしかしたら隣人たちがその皮を被っているかもしれない、と考えられないことでもなかった。
「みんなそう冗談交じりに言ってるのを聞いてな」
聞いてみたくなった、とルルーシュの唇が秀麗な孤を描く。
「珍しいな、君がそんなこと聞くなんて」
肩竦めてルルーシュは「そうかな?」と返した。
スザクが答えたくないなければそれでもいいし、正直どうでもいい質問だった。
暇つぶし、とでも言うのだろうか。
スザクは考えるような仕草で、空を仰いでいた視線が戻って出会えば苦々しく微笑む。
「わからない」
そうだろうな、とルルーシュは安堵する。
自分だってそうだ。
まだ、分からない。
「けど、もしも…そんなことがあったら、誰かを苦しめることをしているとしたら、きっと僕が止めなきゃいけないんだと思う」
すらりとそう言ってのけるスザクに釘付けになる。
彼はそうやっていつも、当たり前の正義を振りかざす。
最上級の優しさと、残酷さだ。
それが最善とは限らない。けれど、彼は信じて疑わない。
しかしそれが、彼の良さでもあるんだと思う。
「俺がゼロでもか?」
ふっ、と鼻で笑ってふざけてみる。
「もちろん。君がそうだったら、僕にしか出来ないことだよ、それこそ」
何のためらいもなく、またそう言って驚かす彼にルルーシュの方が目を丸くしてしまった。
現実はそんなに甘いものじゃない。
スザクだってそんなことは知っている。
けれどそれでも、彼は自分の気持ちに真っ直ぐなんだ。出来るものなら助けたい。助けれないとわかっていても、そうしたい。
そうして自らも救われたい。
スザクは笑って、「そんなことあるわけないか、」と付け加えルルーシュも「そうだな」、と返す。
するとふいに、スザクの表情が翳る。
冷えてしまった紅茶を一口で飲み干した。
「けど、僕は待っていたのかもしれない」
エメラルドグリーンの瞳が憂うのを、見逃せなかった。
何を、と問う前にスザクが続けて紡ぐ言葉。
「ゼロのような、存在を」
決して口には出さなかった感情の破片。
誰かが真っ向から自分を裁いてくれるような、誰かを。
罪には罰を。
胸に去来している思いを満たしてくれる存在。
誰とも満たされることがなかったのに、何故かそれをゼロが埋めてくれるような気がした。
欲しいものを、与えてくれる。そんな浅はかな願い。
「ばかだな、スザク」
俯くスザクに、ルルーシュは素っ気無くそう言い放つ。
今にも泣き出しそうな顔をしながら言う言葉じゃない、と。
「ルルーシュ、」
「お前はお前のために、生きているんだろう?」
頑なな意志を持っているというのに、ふとした瞬間脆くなる。
諸刃の剣。と、例えればいいだろう。
スザクは生きなければならない。
死んで罪を償いたいなど、愚かな者がすることだ。
「俺だって、自分のために生きてる。そしてナナリーのためにも」
ルルーシュは椅子から立ち上がると、庭の石畳の道からナナリーたちが帰ってくるのに手を振った。
「必要、て思うならもう一つ。俺のために生きろよ、スザク」
はっ、と大きな目を開いてスザクはルルーシュの背中を見上げる。
照れ臭いのならそんな台詞、言わなければいいのに、とルルーシュがこちらを見ないままナナリーを呼んで歩いて行ってしまうのを見てスザクは噴出しそうになった。
「卑怯だな、ルルーシュは」
胸に広がり満たす温かさに、目を閉じた。