今日もこの日がやってきた。と、ルルーシュは大袈裟に溜息を吐く。
楽しい楽しい誕生日!、なんて浮かれるわけがこの男にはなかった。そんなの、幸せを満喫しているお気楽な奴だけがはしゃげばいい、とせっかく1年の一度しかない日に朝からうんざりしている。
12月5日。この日はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの誕生日だ。
しかし誕生日を素直に喜べなくなったのは、10歳になってから。毎年この日が来るたびに、自分はブリタニアに捨てられた皇子なのだと自虐的になる。
誰からの生を受けてこの世にいるのか。母には感謝している。けれど、父には憎悪しかない。
自分がどこの誰なのかを、改めてもう一度思い起こされる日。
だが逆に考えてみればその日が訪れるたびに思い出すことが出来る復讐心。それを糧にして、生きていられるのだと。
そしてもう一つ、ルルーシュは誕生日が来ることで自分の身に振りかかるであろう出来事を予想して、また大きく息を吐いた。
生徒会メンバーがわざわざ自分のためにと開いてくれる誕生日パーティーが去年からあるのだ。
そんなものいい、と言ってもルルーシュの拒否権はなく「主役なんだから強制参加よ!」と、押し切られる。去年のことを思い出すと、今年もまたかと項垂れたくもなった。
去年はドッキリ大作戦と題して、ルルーシュの誕生日に誰が一番グッと胸に響く言葉で心を掴み落すか、というゲームがあり、そんなくだらない遊びに付き合わされたルルーシュはとんでもない恥をかかされた、らしい。
(放課後は必ず生徒会室に集合、とか言っていたが……)
正直な話、迷惑な話である。
この際、ボイコットでもしてやろかと過ぎる。
それにまた一つ、ルルーシュの気分がイマイチ低い原因があった。
枢木スザクが朝から学校に来ていないのである。午前中だけならよくあることだが、午後からも来ることはなくそのまま迎えた放課後。
軍が最優先だと知っているけれど、なぜだが期待していた自分に腹が立って今日という日に限っていないスザクに勝手に苛立つ。
(もう七年も経っていれば、他人の誕生日ぐらい忘れて当然じゃないか)
ルルーシュは校舎を出ると、足を一度クラブハウスへと向けるがその後くるりと方向転換して校庭に面しているベンチへと腰を下ろした。
外に出ると、息は白くなって風が冷たい。茶色のコートのポケットに手を突っ込んで、マフラーに顔半分を埋める。
(寒いのは苦手だ)
なのになんで冬生まれなんだろうか、とくだらないことを、寒空を見上げて考えながら気を紛らわせようと目蓋を閉じた。
その時、ふわりと周りの空気が舞って閉じた目蓋の裏でも感じることが出来る影があった。
「こんなところで寝てると風邪引くよ?ルルーシュ」
目を開いた瞬間の眼前にある顔にルルーシュの思考が一度停止する。首を傾げる仕草をするとくせっ毛が弾んで、零れる笑顔は寒さにほんの少し頬を赤らめていた。
「ス、スザクッ!どうして、お前、ここに……!」
二つ紫色の瞳を丸めてルルーシュはベンチから飛び上がると、スザクの覗き込んでいた顎に頭をぶつけてしまう。
「いった、」
「痛いのは俺もだッ」
スザクは顎を押さえ、ルルーシュは頭部を擦りながら刺々しく言う。ルルーシュの心臓は突然のスザクの出現に破裂してしまいそうなほどに、大きく鳴っている。
まさか今になってスザクが都合よく現れるなど、思ってもみなかった。あと、気配を殺して近づくなと心の中でドキドキさせていた。
「お前、今日は学校休んだんじゃなったのか?」
ようやく落ち着きが戻ってくると、ちゃんと学生服に身を包んでいるスザクに問う。
「うん。だけど、そろそろ学期末のテストだろ?それに宿題も今日までだったし、授業に出れなくともせめて課題提出ぐらいはしないとまた居残りになるのは避けたいんだ」
スザクも顎を撫でるのをやめて、にっこりと笑う。寒いというのにコートも羽織らないで急いで来たのか。別にそんなに生真面目にならなくても良いのに、とルルーシュは肩を竦めた。
そこがスザクの良いのところなのか、面倒なところなのか。
「それだけのためにわざわざ走ってきたのか?」
「うん、そうだけど」
「相変わらず体力馬鹿だな。宿題なんて、期限通りに出している奴なんて少ないぞ」
呆れるルルーシュにスザクは「そうかな?」と、唇を尖らす。吐き出す白い息が、空気に滲んですぐに消えていく。空はだんだんと薄暗い灰色に覆われてふるふると粉が舞い降りて来そうだった。
「それに、」
ルルーシュがベンチに置いたままだったかばんを手に取ると、スザクがおもむろに口を開く。
「今日は君の誕生日だろ?」
紡がれた言葉に、またしてもルルーシュの思考が一時停止した。切れ長い瞳を精一杯に開いて、唇が半開きになる。彼は今、なんと口にしただろうか。
スザクはルルーシュの静かな動揺などに気付くわけもなく、翡翠色の大きな瞳を細めて微笑んだ。
「だからどうしても、君に会いたくて学校に来たんだ」
身体は寒いはずなのに、胸の奥が熱くて震えている。
「お前、どうして誕生日のこと」
「ごめん、本当は忘れてたんだ」
素直に謝ると、だけど、と続ける。
「リヴァルたちからこの前話を聞いて、思い出したんだ。確か一度だけ、七年前の冬に君の誕生日を小さなかまくらの中でお祝いしたな、て」
まだお互いが小さくて、枢木神社で過ごしていた時の間に訪れた誕生日。去年までは母や兄たちが盛大に祝ってくれたが、日本に来たからは誰からもプレゼントが届くことはなく、ただ寂しいだけだった。
ルルーシュが誕生日のことを当日に言わなくて、次の日になってナナリーから聞かされると「なんで言わないんだ」とスザクが今にも噴火しそうなほどに怒りながら土蔵にやってきたのをルルーシュも覚えている。
その後、付いて来いと有無も言わせず二人を雪の中に連れ出してある場所へと案内された。一面白銀の中に、小さな雪で出来た蔵みたいなものがあった。
それを日本では、かまくら、と言うんだと言って自慢気に話した後は中に連れて行きその中には小さなホールケーキが用意してありスザクが照れくさそうに、「おめでとう」と言ってくれた。
そんな思い出もあった、と懐かしくなる。
ルルーシュはなんだかくすぐったくなって、口元を緩めた。
「だからルルーシュ、」
「?」
「何か、欲しいものとかある?」
スザクも昔のことが懐かしくなるのと、当時の自分のこともあってか恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら、ルルーシュに聞いた。
「欲しいもの?」
熱くなっていく心が蕩け落ちそうになるほどになっている。自分でも怖くなるぐらい愛しくて、スザクのことを抱き締めてそのまま食べてしまいたいぐらいだった。
「うん。そうだな……僕の命以外だったからなんでも!」
少しの冗談を交えて笑うスザクが可愛らしい。
「今日は君の誕生日だから。ハッピーバースディ、ルルーシュ」
誰よりも、誰からよりも一番にもらいたかった言葉。
今だけここに生まれてきたことが嬉しいとはないと、言ってもいい。ルルーシュとして生まれ、スザクの近くにいられる存在である生で良かったと。
灼熱に渦巻く胸の鼓動が痛くて苦しくて、壊れてしまいそう。
堰を切って気持ちが溢れてしまいそう。ここに溜まる愛情も劣情も全てをスザクにぶつけてしまいたいと訴えている。
ルルーシュは瞬きをすると、
「ないよ」
と、淡々とした口調で答える。
今度はそれにスザクはきょとんと、目を丸める。
「ないのかい?」
「ああ、お前とナナリーが居てくれるのだけで、俺は十分幸せだよ」
憂いた顔もうっとりするほど様になる秀麗な彼が微笑むと、それはこちらからでも見惚れてしまうほどに綺麗なもので、スザクは思わず頬を膨らませて悔しそうに言う。
「君ってたまにすらっ、と恥ずかしいことを言うな。せっかく僕が、て話だったのに」
「そうか?」
余裕の笑みを見せられて、スザクはますます何故だか負けた気分になった。どうしてだろう、同じ歳なのにルルーシュの方が少しだけ遠く感じるのは。
たまに、ルルーシュとの距離が怖くなるのも僕だけだろうか。
触れてはいけない。その近すぎなくて遠すぎない距離が、いつもそういう合図を送っている。
「ルルーシュ、生徒会室行かなくていいのかい?」
「お前、知っていたのか?会長たちがこの日に何か企んでる、て」
「まぁ、ある程度は。僕も一応、生徒会メンバーだからね」
一瞬、巡った想いを振り払ってスザクはくすくすと口元に手を当てて笑うと、「さあ、行こう?」とルルーシュを促す。彼が背中を向けて歩き出すと同時に、小さな粉たちがゆっくりと灰色の空から降ってくる。
今夜は冷えそうだな、と肩を震わせる。
ルルーシュは黙ったままスザクの寒さに震えた背中を、細めた目で見つめた。
今すぐに、あの後ろから抱き締めて連れ去りたい。
強くなる衝動が、胸を心を、焦がす。
唯一、この生に感謝をするとすればスザクに出会えたことだろう。
君に会うために生まれたこの魂。そして君を奪うためにも。
ルルーシュの足が、ピタリと止まる。
嗚呼。
本当はお前が欲しくて欲しくてたまらない。
このまま攫って、俺だけのものになって欲しい。
「スザク」
足を止めたルルーシュに気がついて、スザクが振り返る。
「本当は欲しいもの、あるんだ」
自分でも驚くほどにその声は冷静だった。静かにスザクをその禍々しい力を宿した瞳の中にもスザクを捉えてながら、ルルーシュは優雅に囁く。
「その願い、聞いてくれるか?スザク」
嗚呼。
お前が欲しくて欲しくてたまらない。
どうすれば手に入るのかずっと考えてる。
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溢れ出す幸福論