正しい方法で世界を変える。
もうそれしか、僕には残っていなかった。
前に前へ、進む。
後ろを振り返ることはもう許されない。
色褪せぬ思い出すらにも、重い蓋をして。
 
あんなにも一つの銃声が愛しいものだったなんて、知らなかったんだ。





エリア11と呼ばれる土地に帰ってきたのは一年後だった。
この国も様変わりをした。
黒の騎士団との紛争により壊滅的に打撃を受けたトウキョウ租界ではあったが、復旧は進み今では元変わらぬ姿をしている。いや、それよりブリタニアにより支配でゲットーと呼ばれる日本人が住む地区はほとんどなくなっていた。
それでもゲットーが存在しているのはブリタニアが能力ある者とない者を分け隔てるという政策があるからだろう。
街が紅蓮に燃えていた日のことを、枢木スザクは忘れたことはなかった。
スザクは今、最高にして最強の騎士の中にいる。
人は彼のことを阿修羅、と呼ぶ者もいた。仏教の戦闘神であり、ナイトメアフレームを戦場で駆る姿は絢爛で、闘うために生まれたような才能を持っていると。
名誉ブリタニア人でありながらその功績を皇帝自らが称え、評した結果が付いてきただけだとスザクが過信することはない。最初からスザクが目指したもの。
今、それに手を伸ばし努力すれば届きそうなところにいる。
エリア11を離れ、ブリタニア本国へ出向き、そして次には各国へランスロットと共に飛び回る。全てが、自分の成したい理想のため。
そのためであれば、スザク自身はどうなろうと構わないという心持ちは変わっていなかった。
死すら厭わないもの、また。
しかしスザクが死ぬことはない。
「生きろ」と掛けられた魔法ともいえる命令厳守はスザクを過酷にし、強くもした。
桜の季節になり、ようやくこの地をまた踏むことになったのはこのエリアが今だに平定することなく、激戦区でもあるからだ。
その原因は一つ。
撒かれた一つの種は、蕾を咲かせてまた種を運ぶ。
ゼロと名乗る反逆者は一度消えたが、また今になって囁かれているだこの日本の中枢で。
それを聞いたスザクは自らこの地へ行くことへの許可をブリタニア皇帝へと求めた。刈り取れなかった火種の責は己にもあるのだと、臆することのない真摯な眼差しで説く。
彼の、ゼロに対する執着は業火の如く。
しかしゼロの正体を、誰にも話すことはなかった。
彼の知る少年はゼロだった。けれどもうその少年は、ゼロとしての姿を断ったはずだった。
知らなければいけない。会わなければいけない。
そして今度こそはー。
スザクは手のひらに汗を掻くほど握り締め、眼下の租界を睨んだ。




青いマントを身に纏えば身体のラインは隠れてしまい、いつもより凛々しく見える。急ぎ足で廊下を歩けば、マントの裾が揺れて裏地の紫色が覗く。
すらりと白い尾が二本生えたように伸びる裾。上品な衣を形崩すことなく着こなし、颯爽と歩けばたとえイレブンであった身分とは言えないけど、美しい姿だった。
白を強調した燕尾服のようなこの騎士服は特別なものだ。
選ばれた騎士にしか与えられない名と衣装。最初はこんな高貴な色が似合う自分にはなれず、衣装に負けていたような気持ちだったが今ではこれに相応しくなっていると、少しは自信を持てていると思っている。
ランスロットの整備を終えて、部屋に帰るとすぐにパソコンの電源を付けた。毎日メディアには目を通しているしメールチェックも欠かしてはいない。
いつもと変わらぬ流れ作業の中、最後に開いたメールボックスに新着メッセージがあるのを見つけた。が、そのメールの件名は無題のままであり、スザクは訝しげに眉を顰める。
(誰だ?) 
いたずらメールだろうか?
そう思いながらも送信者に目が動いて、止まった。
静かな電子音だけが部屋に響いて呼吸までもが静止してしまったように、釘付けになる名前。

『ゼロ』

そう、送信者の欄にはあるのだ。
深緑の視線が揺れる。
自然と人差し指でマウスを右クリックしてしまう。悪戯だとしても、興味を惹かれないわけがない。それにこのアドレスだって外に漏れるわけがないのだ。
白い画面が映し出されて、短い文が踊る。

『明後日の零時、シンジュクゲットーにあるR劇場舞台にて待つ。君と話がしたい。私は一人で行こう。君がこれを読んでどうするかは君の勝手だ。
待っているよ、枢木スザク』

たった3行の文。
指定されたR劇場と言えばもう廃墟と化していて浮浪者や家のない日本人たちが寄り付いている場所だ。そんなところに自分を呼び出して、しかも相手であるゼロは一人で来るという。
それにそこは、一度ゼロに助けられた時に話をした場所でもある。そんな場所を指定してきたと思うと、ただぐ偶然なのかそれとも本当にこの送信者がゼロであり、意図的なものなのか。
これを信じるか信じないかは、スザク自身。
嘘とも本当ともお前ないが、非合法を使いこのアドレスを調べたというのならゼロまたは黒の騎士団と関わる者かもしれない。だがそれと同時にこれが罠である可能性だって考えられる。
自分がこの国に舞い戻ったことを喜ばない者は多い。
単独で行動することだって、躊躇われる。
それによってどうにだって転ぶのだ。今の自分は昔と違い、上の立場にいるのだから。

「……」

(本当に、君なのかルルーシュ)
太い眉が吊り上り、暗い影を落す。
溜息を洩らすことはなく、ずっと唇を一本線に結んだままスザクはしばらく黙り込んだ。
フラッシュバックするのは一年前。
目蓋を閉じればいつだって再生可能な、映像と一発の銃声。
手のひらを開いた瞬間、冷たい色をした銃が見えて気がした。重たくて、馴染まなくて、背筋がゾッとする。もう一度握り締めると、そこには銃なんてなくてただの空気を掴むだけだった。







「会いに行きたい人がいる」


オブラートに包んだ言葉で夜の間留守にすることを伝え、スザクは約束の場所へと向った。夜のゲットーほど、静かで暗い場所はない。色んな悲しみや憎悪が空気にすら染み込んでいるようで重苦しくなってくる。
公用車で近くまで送らせ、帰りの際はこちらから連絡すると告げれば、運転を任されていた兵士が不安げに聞く。

「このような場所にお一人で誰にお会いに?」

ゲットーなどいうところに軍人がいれば、例え新鋭な兵士と言えど危険すぎる行為だった。そんな危険まで犯して会いに行く者がここにいるとは、その男には思えなかったのだ。
スザクはほんの少しだけ、口端を緩めて「ずっと会うことはもうないだろうと思っていた友達だよ」と。
このことは内緒にしておいて欲しい、と最後に締めると車を見送り劇場内へと足を踏み入れた。
取り繕うための嘘だとしても、友達、と今更言えたことに自嘲したくなった。
暗闇の中、腐敗した扉や柱が崩れ床の絨毯も剥げてしまっている。一年前は、ここから出て行った。ゼロの誘いを断って。そして今はゼロの誘いを受けてまたここに来た。
なんの因果か。
一人、スザクは開けられたままの扉をくぐり、観客席を下る。
舞台の天井が破れてそこから月明かりが照らしている場所へと、立った。前よりも崩れており、歩めば床がひどく軋んだ。それでここでは人が住んでいたのだろう。舞台袖には古いベッドやテーブルが置いてあった。
舞った埃がきらきらと輝く粒子になる。
その埃の溜まったテーブルに指を置いて、撫でれば正面から足音が近づいてくることに顔を上げた。
コツ、コツ、と反響する靴音。

「本当に一人で来たようだな」

真っ直ぐに、スザクと同じように観客席から降りてくる黒い影。その声は通るものではなく、くぐもって聞こえるのは彼が仮面を被っているからだ。
舞台に上がることは無く、彼は途中で足を止めた。
薄暗い中でもはっきりと捉えることが出来る、見覚えのある姿。

「本当に、君だったんだな」

ここに来るまでは、まだ疑心暗鬼だった。しかし今、目の前にいる黒いマントを羽織い、全てを覆い隠した奇抜な仮面は鋭利的になっており、スザクの中ではそれが今までのゼロと同じものだと確証する。
それに声すらも、聞き覚えがある懐かしさと憎さ。
間違いない。この男は、自分が知っているゼロなのだ。
スザクは濁った緑の瞳で威圧する。心に渦巻くものは、無だ。

「今更、俺と何の話を?それに君は、どうして……」

「今更ゼロとしてまた、ここにいるのかと聞きたいのか?」

「そうだ」

一年経った今、もう一度出会うことをしなければならないのか。どうして、今なのか。
どうして。
それは尽きない疑問。
ゼロの声が笑いに震える。

「俺の目的は変わらない。お前の理想が変わらないのと同じことだ」

一年経とうが二年経っていようが、ブリタニアを倒すという最終目的が覆されることも、自らが平穏になることもない。それがゼロの、ルルーシュにしか出来ない生き方。
歯を食い縛り、ようやく激しくなる感情を露にする。
怒りや憎悪ではなく、その気持ちはやはり「どうしてわからない」という怪訝さが伺えた。
また繰り返すのか、過ちを。

「それは何の解決にもならないということを君は知ったはずだ!俺はゼロが憎い、そうさせたのは、君の方じゃないか!」

ゼロさえいなければ、もっと別の道を歩むことが出来た。
なりたくてこうなったんじゃない。
君がそうさせた。
君が僕を、変えてしまったんだ。
ここに来たのは間違いだった。また、前が見えなくなるほどの悔しさに咆哮したくなる。そんな思いをするために、ここに足を運んだのではない。
なのに、感情は何重にも封鎖されているようでいて相手を突き刺そうと、棘を纏う。
そうして今にも舞台を駆け出して、ゼロへと飛び掛ろうとしそうな勢いのスザクに思わぬところから声が聞こえた。

「そう熱くなるなよスザク」

気付いた瞬間、スザクは背中に押し当てられる固いものに息を飲んだ。だがその声はおかしかった。何故、もう一人ルルーシュが自分の背後に立ち銃を片手にしているのか。
目の前にだってゼロはいる。
それなのに声は後ろからも聞こえるのだ。その声は仮面からの声ではなく、直に聞く声。

「どういうことだ」

 くつくつと嘲る彼に、苛立つ。

「簡単なことだ」

そういうとルルーシュは持っていた銃を強く押し付け、正面にいるもう一人のゼロに「もう行っていい」と命令する。それでやっと合点が出来た。
観客席に立っていたゼロは頷くと、劇場を出て行く。
この男が卑劣だということを知りながらどうして信じてしまったのだろうかと、舌打ちをした。ゼロが一人で自分と臨むわけがないことぐらい、想定していたというのに。
背後にいるゼロこそが、本当の彼。目の前にいた男はダミーということだ。
まんまと敵の思惑にはまってしまったわけである。

「両手を後ろに回せ」

「いやだと、言ったらどうする」

銃を突きつけられているとしても怯えることも恐れることもしない。毅然としたままスザクは佇む。
その態度に、ルルーシュは深く溜息を吐くと「仕方ない」と零して突然銃をスザクの前へと放り投げた。唐突な行動に驚いて振り返ろうとすればまた別の何かが腰の辺りに当てられたと思った瞬間に、全身が激しい痛みを伴った。
電撃を流し込まれた痛みと軽い麻痺。
膝が崩れ落ちスザクの視界がぶれ、その端に映ったものはスタンガンだった。
見下ろすルルーシュの顔は、相変わらず端麗で微笑むと唇が弧を描く。
ルルーシュは倒れこんだスザクへとしゃがんで、自ら両手を掴み後ろに回させると手錠を嵌めた。

「手荒なマネはしたくなかったんだがな」

「ッ、」

今度は胸倉を掴まれて、引き立てさせる。まだ足が痺れているようだが、立てないことはなかった。間近に見る久しぶりの互いの顔は、どちらも強気なものだった。
そしてスザクの身体を丁度近くにあったベッドへと投げる。

「相変わらず馬鹿正直なんだな、スザク」

ライラック色の瞳が一つ、もう一つはマゼンダ色をした悪魔の瞳がスザクを眺めた。温かさなんてものはなく、再会の喜びだってない。
彼もまた、無を宿しているかのように見えた。

「……そういう君だって、卑怯者は変わっていないようだな」

腕の自由はないがスザクが屈することはない。またルルーシュも睨む双眸の獰猛さに、引くことはなかった。

「安心しろ。これは保険だ。お前は体力馬鹿だからな、ただ会いに来たのに殺されたくはないからな、まだ」

卑屈に笑うルルーシュに、スザクは口調を強める。

「それも俺の台詞だ。両手が使えなくなって俺が不利だと思っているのか?手が使えなくなって、お前のことなど殺せる。俺だって易々と殺される気はない」

スザクの刺々しい言葉にルルーシュはほんの少し違和感を覚えたが、すぐにその理由を思い出す。スザクとは、本来激しい感情の持ち主であり自我が強い個人主義者だった。それでも心を許した者に対しての優しさに触れて、ルルーシュ自身も初めての友達が出来たのがスザクだ。
自分が成してしまったことを後悔し懺悔し、もう一つの魂を抑え続けていた7年間。誰にも優しくし他人を思いやり第一に考え、犯してしまった間違いを拭いさるための自己犠牲さえも厭わず正義を貫こうとしたスザク。
迎えたあの日、その殻は破られた。
これは豹変などではない。
これがスザクなのだ。
そしまた今でも、その内にある信念も変わってなどはいない。

「大した自信だな。しかし一人で来たということは俺がまだ信用されているのか?」

余裕を浮かべるルルーシュに、スザクは牙を向ける。

「誰がお前などッ!」

「吠えるなよ、冗談さ」

起き上がろうとするスザクの肩を掴んで、シーツへと貼り付ける。青いマントがふわりと舞って、広がった。ルルーシュの知らないスザクはずっと逞しくなっていた。
地位は揺るがないものへと変わっていき、最強の騎士団の中でも発言権を持ち理想のために世界を駆け巡る。昔見た騎士の服のような艶やかな装飾はなくシンプルな白き衣装。
何をした功績でそんなものを手に入れたのかと思うと、虫唾が走りめちゃくちゃに穢してやりたくなった。

「冗談があっても、嘘はないよ。お前をここで捕えて殺そうとか、どうしようかとか思ってないさ」

流れる黒髪が紫の瞳を隠し、赤く染まった紋様の瞳だけを残す。
妖艶で、魅入られスザクの心臓は異様な緊張に鳴り響く。

「……」

嘘などない、と口にした彼に疑いの眼差し。

「本当だよ、スザク。もうお前に嘘を付く必要なんて、今更ないだろう?」

隠すものなんてない。
自分がゼロでありルルーシュでもあり、ブリタニアの皇子であることを知っているスザクに何の嘘が通用するというのか。スザクの双眸は、戸惑いに揺らめいている。
頑なになっていても溶かせないものはない。それがスザクならばなおさらだ。
黒い手袋を歯で挟んで、取り去ると冷えたその手で頬へと触れる。

「なぁ、スザク。本当にただ、お前に会いたかったから来たんだ、ゼロとしてじゃない。ルーシュとして、スザクに」

ふいに、ルルーシュの眼が和らぐものとなる。
愛しく昔と変わらない優しいルルーシュ。
(惑わされるな、)
甘い言葉を囁かれて高鳴る鼓動を、恨む。それはまだ自分が決別を、理想のために修羅になると決めたものが嘘だということになってしまう。
いや、嘘じゃない。本当だ。
けれどそれでも、自分の深層に眠らせた気持ちが浮き上がってくることを隠しきれない。
彼の手の体温が次第に自分の熱と交錯していき、迫る吐息。

「いや、だっ、離せッ。何もしないと、言ったじゃないか」

「何もしないさ、ただ触れたいだけさ」

「そんなの、同じことだッ」

ルルーシュと馴れ合うことなど、もうしたくない。出来ない、してはいけない。だってそうじゃないか、お互いの今の立場を考えれば分かることだ。
このままでは飲まれてしまう。
それこそ本当に彼の思うツボだ。

「俺はお前を許さない、例えルルーシュでも、ゼロでも、俺はー、」

「それでいいよ」

言いかけた言葉を遮られ、スザクは目を丸めて眉を顰める。それでも良くて、触れたいなんておかしな話だ。そんなにも、想われているのかとエゴの錯覚に襲われそうになった。

「それでも、今だけでもいいから、俺のことを一夜だけルルーシュとして見てくれよ。憎まれたままでもいい、今だけでいいんだ。今だけー……『ルルーシュ』として」

切実に、恐々として震えた声の心情は繊細だ。
 うしてそんな顔をするんだ。それではまるで、自分に責があるようで、息苦しくなった。

「俺は、そうしたかった。君が、壊してしまったのに……。また、元に戻しても次には壊れてしまう。それでもルルーシュは望むのか」

たった一夜。
それを望めば、また明日にはその罪を背負わなければならない。
それでも彼は、自分は、受け入れるのか。
じぃ、と見つめられていることがその答えだった。
スザクは目蓋を伏せると、唇を結んだ。
ゼロが憎いのも確かで、今でもルルーシュを愛しく思っていることだって真実で。思い出の蓋を開ければ、溢れる温かい時間に押しつぶされそうになる。
幾度だって繰り返されてきた禁忌。今更、それが一つや二つ増えても痛くはない。

「……」

きつく結んだ唇に触れる柔らかな感触。触れてまた、触れられると彼の唇が開いてスザクの下唇を食む。ゆっくりと、固く閉じてしまっている場所を解していく。
下敷きになっている腕が押されて痛くなってくるけれど、気にすることはなくルルーシュから施される口付けに甘んじる。

「ん、ふ……」

口腔へと滑り込んできた舌は歯列をなぞり、内壁を蹂躙する。久しぶりのその熱に過敏に反応してしまう。頬を朱色に染めて、目をきつく閉じる。
呼吸を盗まれて、また深く重ねられた。
どれぐらいされているのか分からない。何度も何度も、離れては吸われて頭の中が朦朧としてきそうだった。もしもこの両手が自由だったら、彼を跳ね除けようとするだろうか。
それとも、抱き締めているだろうか。
歪が生じた心の隙間はもう、流れに逆らうことを拒否していた。
ルルーシュの指が首筋を下り、胸から腹へと撫でるとスザクの背中が浮く。薄い衣類の上からでも伝わる隆起した筋肉。早く触れたいと急く手が、白いジャケットのホックを外す。
中の黒いインナーを襟首のファスナーで開けてやれば、練色をした肌をようやく暴くことが出来た。

「あっ、ぅ」

胸に顔を埋めると、まだ柔らかい突起を口に咥えて、舌で押しては転がしてやる。するとそれは次第に赤みを帯びてきて、硬くなっていく。
スザクはその愛撫に耐え忍ぶ声を、喉で殺す。
けれどそんな我慢などすぐに引き千切れる。

「あッ、いやだ、ルルーシュッ」

赤子のように音を立てて吸い付いて、歯を軽く立てる。そしてまた、空いている手のひらがスザクの股間の膨らみへと伸びると身体を悶えさせた。
ドクドクと、心臓から送られていく血が滾り始めて全身を熱の塊へと変えていく。
ルルーシュに中心を探られて揉まれると、そこはさらに硬くなり誇張して行った。

「や、っ……あ、ぁ」

両脚をばたつかせて足のつま先を丸くしてシーツを乱す。握り締めたこぶしには汗が溜まってくる。
快楽に堕ちていく様を見下ろしながらルルーシュは、ズボンのチャックを下ろして下着と共に脱がすと、下肢の熱が外気に曝される。

「もうそんなに感じていたのか?」

耳たぶを噛まれ、卑猥な言葉を囁かれる。

「濡れてる」

ひっ、とスザクが喉を引き攣らせた。
彼の手のひらが緩く勃ち上がっている雄を包み、上下に扱き始めたからだ。それに刺激されて、先端からは少しずつ透明な蜜を零していく。
親指で裏の筋を抑えなぞられて、先を抉られる。
ぞわぞわと背中を駆け上がる火照る快感に畏怖した。自分で弄るときでは得られない心地良さと、もどかしさ。

「ん、く……ふ、あぁ」

スザクの甘声が空気を震わせて温度を上げる。
優しく握り込まれた次には激しく扱われると、我を忘れそうになった。声を抑えているつもりでも、自分の心音がうるさくて聞こえない。
弄られる間に注ぐルルーシュの視線を逃れたくて顔を背ける。手が自由であれば覆ってしまいたいほどの醜態だ。
熱を孕ませた瞳にも犯されているような不快さと快感。混ざり合う感情が一つに溶け合って自分を馬鹿にさせる。与えられるものに喘ぎ酔い痴れていればいいと。

「スザク、いつもどうしてる?自分でしてるのか?」

スザクの痴態に触発されて、乱れた呼吸でそう問われた。

「自分でするのと、俺にされるの、どっちが気持ちいいか教えろよ」

潤んだエメラルドがルルーシュを映す。
断続的に続く下肢への刺激は、むず痒い。もう少し、彼が強くしてくれれば達することは出来る。それをわかっているから、わざと彼はしない。
もっと乱れ狂う姿が見たいのだ。

「……、君、と答えれば満足か?」

唇の端を歪めて、鋭くて艶やかな上目遣い。
挑発的なその媚びない視線にルルーシュも酷薄な笑みを浮かべると、踝を掴み上げて秘処を露にする。

「待っ、ルー、」

 待つことなどなく、ルルーシュはスザクの雄を口腔へと咥え込んだ。急に襲われるその中の生暖かさと、舌のざらついた感触に悲鳴が上がる。

「あっ、あぅ、だめ」

唾液を絡ませて、ぬめった舌に茎を舐められると身体の芯から震えた。なし崩しに全てが溶け出してしまい、思考が散り散りになっていく。
先ほどは指で弄られてた先端を今度は舌で突き、蜜を啜る。
その水音ほど淫靡なものはなくてスザクは首を振って「離して」と切なに訴える様子は、とても可愛らしかった。こんな姿を今、皇帝直属の騎士たちが見たらどう思うか。
いい気味だ、とか、あんなに規律を重んじ爛れることなど無知そうなスザクを穢しているのは自分であるのだという優越感。
それとももう、知られているのだろうかこの快楽に溺れやすくなった身体を。

「いやだ、ぁ、もう、ルルー、シュ」

一抹の苛立つに、ルルーシュは唇を離すともう一度手のひらに包み、その濡れた指を後ろの窄みへと入り込んでくる。
下腹に溜まった熱に蝕まれていき、無意識に腰を左右に振った。

「や、ぁあ……あン」

気持ちよくなりたい、という意識が身体に棲む。
ベッドが何度も軋んで腕も痺れてきて、手錠が擦れて手首が痛かった。
食んだ指は襞を撫でながら浅い部分を弄る。狭いその道を往復し、スザクの苦痛を取り去り享楽へと摩り替えていく。まだ達することが出来ないでいる雄から垂れる蜜が窄みまで落ちてくる。
丁寧に解してやり、ルルーシュは指を引き抜けば秘処が名残惜しそうにひくついた。

「スザク、」

ルルーシュはスザクの腕を掴み、身体を反転させて腰を上げさせると四つん這いにさせた。両腕が圧迫されることから解放されて、少しだけ力を緩める。
傷のない乳白色をしたしなる背中を見つめ、ルルーシュが自分の興奮している熱を彼の臀部へとあてがった。

「は、ぅ……」

腕の支えもない身体はすぐに崩れそうになるが、それをルルーシュが掴み上げて引留める。マントの裏地である紫色に火照った頬を押し付けて歯を食い縛った。
下肢は一糸纏わぬ姿で、半身は肌蹴て乱れたまま。その上、マントの上で睦み合っていることは、今遣えている国への冒涜にすら感じる。
押し入ってくる彼の楔は灼熱で隘路をゆっくりと引き裂いてくる。

「あっ、……く、んん」

その狭さに、ルルーシュも表情を険しくした。
まるでこれは男を知らない純潔な場所のよう。それでもルルーシュは全てを収めるために、突き入れる。掠れたスザクの鳴き声が耳にこだまして、またスザクを組み敷いていることへ愉悦する。

「あ、あ……あぁ、」

ぴたりと、合間がなくなると内部に感じる充溢された熱情に、蕩ける。その内壁を膨れ上がった欲望で抉り始めると、塞がれたところからしだいに染み込んでいく熱にスザクは悲鳴とは違う上ずった嬌声を唇に乗せた。
しかし熟れた箇所からは温かい血が滲み出し、腿へ蜜と共に伝った。
不規則に腰を打ちつけながらそれに気が付くとルルーシュは一つの事実にたどり着く。

「スザク、ずっと……誰ともしていないのか?」

穿つ激しさを緩めることなく、問うてみた。
ぐちゅぐちゅ、と構わず掻き乱して引き出される快楽に、身体は侵食される。

「あっ、う……」

だがスザクからの返答は涎を垂らしながらの喘ぐ声だけ。
しかし身体は正直だ。
誰にも触れられていないような過敏とさ、内部の締め付けが教えてくれる。ルルーシュはハハッ、と乾いた笑みを零す。

「なんだ、てっきりブリタニアのオスどもに飼い慣らされているものだと、思っていたよ」

最奥を抉られると、身体が跳ねる。

「う、るさい……ッ、そんな、こと」

ルルーシュに征服させても、言葉は乱暴だった。

「それともなんだ、俺に操でも立てていたのか?スザク」

「あっ、黙れ……よっ、」

久しぶりに感じる自分以外の体温の温かさに、目が霞む。
緩く貫かれると、甘い痺れが脳髄まで駆け上り呼吸が乱れる。スサクが誰とも交わらないでいたということが、ルルーシュの喜悦を刺激する。
それが楔をもっと膨らませて、腰を揺すった。
内壁の肉が擦れて、発火するように熱くなり一突きされるたびに、じん、と中が熟れて痛痒みが広がり、もっとと求め喘ぐ。

「スザク、スザク……っ」

睦言で名前を何度も呼び続け、スザクの放置されたままだった雄を再度握りこみ優しく扱いてやれば溜まり続けていた熱が腹の下で弾ける。

「あぁッ、」

きゅっ、と入り口に締め付けられてルルーシュは唇を噛んで、こちらも精をスザクの中へと放った。
流れ込んでくる劣情の感覚に、目の中で火花が散るようなものを見る。熟れたその果汁を受け止めると、恍惚とした表情を帯びてその余韻に浸った。
この繋がりに意味などない戯れだ。そう、ただの気まぐれで、ルルーシュに付き合ってみただけだ。
意味なんてない。
幸福だとも、悲憤だとも、何の感情も沸かない。
けれど、泣きたくなったから快楽に紛れて泣いた。
またルルーシュが蠢き始めるのを感じて、固く目を閉じる。
(ああ、俺はきっとー、)









 

目が覚めると、そこには一人だった。
そして空が微かに明るくなっているよう。
身体を起こすのに手を付けば、手首が赤く腫れてしまっており痛い。ついでに腰周りにも鈍い重さが広がっていて、スザクは苦笑し服装もわざわざ直してくれたのかここに訪れたまま乱れていない。ただマントだけが、テーブルの上に掛けられている。
手のひらですっ、とシーツを撫でればまだ少し温かさがある気がした。
ふわりと瓦礫からの隙間風に、栗毛色のくせ毛が舞う。
なんて寂しいんだろう。
残されて一人。
まるで捨てられたような、虚しさ。

「……俺は、やっぱり間違えているんだろうな」

空を掴み、力いっぱいに握る。

「君に会うことは間違っているのに、それでも止められない衝動があって俺はここにいて君を殺すことも出来なくて付いていくことだって出来なくて、」

膝を抱え、顔を埋めた。
ルルーシュは酷い男だ。
君は大切なものを俺から奪って、君から逃げられないようにして、俺を殺してくれない。いっそのこと、ここで殺してくれたら全てに終止符が打てたかもしれない。
それは俺にも同じことで。
ルルーシュを殺せない俺は、どうしたらいい?
殺したいほど憎いと思うのに。
会うべきではなかった、とまた後悔する。何度目の懺悔だろう。
知らないまま、戦場で出会えれば戸惑い無く討てるのに。
また一つ、罪を犯しても罰は下されない。
いいや。きっと生きていることが、罰なんだ。
ルルーシュがいるから、そしてルルーシュはスザクが生きて自分を追って追うから。
互いが消えてしまえばいいと思って憎んで、それでも無責任な愛しさを捨てられないから生きていける。



「そんな覚悟いらなかったよ、ルルーシュ」













                                


リベリオン・シンドローム

※これは二期妄想です。色々と???な部分とかあると思いますが捏造と妄想の成れの果てなので目を瞑っていただけると嬉しいです;;