天気は快晴。雲ひとつなしの寒空を見上げてから、今日という厄介な日が始まる。
今日はどこか空気がピンク色、とでも言いたげなふわふわとしていて居心地が悪いというか。
そう、今日はバレンタインデー。
恋人たちが愛を誓い合う日。
女性から男性へとチョコレートを送る大事な日。
しかし、だ。それは日本であるエリア11だけの習慣で、ブリタニアではそんな日ではない。男女問わず、恋人に贈り物をする、という特別な日であり、チョコレートという限定もなければ女性からという限定もない。
日本はつくづく変わった国で、イベント事が大好きだ。
翌月の14日は反対に男性が女性にプレゼントをする日だ。やっぱりそんな習慣もこの国独自だ。
ルルーシュにはまったく興味のない話。
しかし毎年この日になるとナナリーからもらえるチョコレートは、正直嬉しい。食べるのが勿体無いぐらいだ。
ナナリーからは、受け取っているそんなルルーシュのバレンタインデー。




おはよう、と飛び交う下駄箱。
ルルーシュも靴を脱いで、シューズロッカーを開ければそれと同時に色取りで大きさもそれぞれな箱がいくつも落ちて来る。全て中身は決まっている。チョコレート。
そして、「はあ」、と盛大な溜息。
去年よりは少ない方だがまたリヴァルにでも見つかれば、「モテモテですねぇ、ルルーシュく〜ん」と笑われる。
正直な話、こんなに大量な誰からもらったかわからないチョコレートなどいらない。ナナリーからだけで十分だ。
だが今年は少し違っていた。

「おはようルルーシュ、ってすごい数だね」

 突然ココア色の頭がひょっこりと後ろから現れて、驚きの声を上げた。のは、ルルーシュの方だった。

「ほああっ!ス、スザ……ッ!気配なく背後に立つなッ」

情けない悲鳴を上げて後ろに佇んでいるスザクへと振り返り、目くじらを立ててそう叫ぶ。だがしかしスザクの視線はルルーシュの足元ばかりを見ていてそんな注意など、耳に入っちゃあいない。
心臓がある左胸を抑えながら突然のスザク登場を落ち着かせようとする。

「モテモテなんだ、ルルーシュって」

にっこりスマイルでスザクに、ルルーシュの喉からしゃっくりのような吐息が零れた。

「もらっても俺は食べないしいらない、」

「えー、勿体無い。こんなにたくさんあるのに……」

ちらり、とルルーシュの顔を見た緑色の瞳が、もう一度下へと落ちる。

「欲しいならやってもいいぞ」

何故だか妙に、今、自分がいけないことをしているように声のトーンが一つ高くなっている。スザクにこの大量のチョコレートが見つかってしまったことは大失態なのだ、彼にとっては。
その優しい申し出に、スザクは小さな桜色の唇をにっ、と緩ませて、

「いらないよ、君がもらったチョコなんて」

と、やんわりと返した。
その言葉にルルーシュの胸が、ちくりちくりと嫌な針が刺さった。ルルーシュは、乾いた笑いを浮かべてどうすることも出来ない散乱したチョコを見つめる。
君がもらったチョコなんて、てどういう意味だ。意味なんてないのか?いや、でも裏を返せば「僕以外の人からもらったチョコをなんで僕が食べなきゃいけないんだい?」と嫉妬しているかのようにも、聞こえなくは、ない。
そんなルルーシュの妄想など知らずスザクは続ける。

「食べてあげないとかわいそうだよ?せっかく君のことを思って作ったかもしれないチョコなんだから」

そういいながら、地面に転がったチョコを腕の中へと拾い上げて、はい、とルルーシュへと爽やかな笑顔を向けて手渡す。
その裏も表もないスザクの微笑みをルルーシュはじぃっ、と眺める。

「……スザク、それは嫉妬しているのか?」

と、ずばり聞いてやった。
するとスザクは大きな目を二つ丸める。

「嫉妬?なんで?」

可愛らしく小首を傾げると、くせ毛がくるり、と跳ねる。
だが何のこと、とばかりのスザクにルルーシュの綺麗な柳眉が嫌な感じに微動した。

「ああでも男の嫉妬、て怖いって言うよね」

笑いながら言うことじゃないぞ、と内心でぼやく。

「…スザク、時にお前の天然が怖くなるよ…」

本気なのか冗談なのか。今のスザクがどっちなのか。
ぜひとも冗談でお願いしたい気分だ。
ルルーシュが今年、もう一つ欲しいと思っているチョコレートとは、このスザクからだ。まぁ、男からもらえる、なんて思ってもいないがもしかしたら、なんて思ってみた自分が馬鹿なのだ。
お前が作ったチョコなら喜んで食べるぞ、と言ってみようと思ったがやめておいた。
またどんな答えが返ってくるのかと考えと、ちょっと寂しくなったからだ。
まだバレンタインは始まったばかりー。
どうせきっと会長がよからぬことを考えているに違いない、と重い溜息を零す。
そのルルーシュの勘は、間違わない。嫌な予感とは当たるもので。
スザクとそんな一日の最初を過ごした後、それは判明する。下駄箱でのチョコレートのこと以来も、何かとチョコレート尽くしだった。教室に行けば机の中にチョコレート。移動教室でも自分が座るところにはチョコレート。
ロッカーの中にもチョコレート。
これはもう嫌がらせ、とか思えない。
いくらチョコレートを置かれようがルルーシュは絶対に受け取らない。女の子から直接もらっても、「ごめん」と言ってもらわない。
それを見ていたスザクが「可哀相じゃないか」と突っ込む。
ああそんなツッコミはいいからお前が俺にチョコをくれれば問題ないのに。
なんて、イラついてみる。
一日中、視界に入ってくるチョコレートなどもう見たくない!
これは異常だ!
と、ルルーシュの顔から明らかな疲労。
そうして行き着く思考は、ミレイ・アッシュフォードの仕業という最も性質の悪い悪戯だ。自分に内緒で企画進行中に違いない。どうせ、「ルルーシュのハートをゲットせよ!」とかなんとか言って、俺が誰からのチョコレートを受け取るかという遊びでもしているんだろう。
うんざりだ、と長い息。
放課後になって、ずかずかと荒んだ音を立てながら生徒会へと上がりこむ。

「あ、ルルーシュ」

するとルルーシュはいきなりの展開に頭の中が真っ白になる。
そこにいたのはスザクだ。
間違うことはない、スザクだ。
女物のセーラー服を着たスザクだ。
間違い、ない。
目を点にしてなんで突然そんなスザクが目の前にいるのかと、次第にルルーシュの思考が麻痺してくる。唇をぱくぱくさせて、なんでそんな格好をしていると指を差す。
それは前に男女逆転祭で着ていたあのけしからんセーラー服。ちゃんとカチューシャまで頭にしている。
周りを見れば場違いな格好をしたスザクが一人。
スザクはにこにこと笑って、ルルーシュを見つめている。思い込みか、スザクの頬がほんのりと赤くなっている気がするんだが。

「おい、スザク、何してるんだそんな格好…」

ああ、眩暈がする。
何もかもがおかしいことになっている。

「ルルーシュ、君を待ってたんだ」

「?」

すすっ、とルルーシュの傍まで歩み寄ってくると、「これ」と言って後ろ手に隠していた小さな青い箱を出してきた。
間違うことはない。それはきっと今日うんざりするほど見たチョコレートだ。
なんでそんなものをスザクがそんな破廉恥な格好して持って俺を待っているんだ、と考えたところでルルーシュの脳内は沸点に達した。
つまりバレンタイン。
つまりはスザクが俺にバレンタイン!

「ス、スス、スザク」

動揺が隠せず声がどもると、スザクが唇の先を尖らせて微笑む。

「僕からのチョコレート、もらってくれるかい?君のために用意したんだ。もらって、くれるよね?」

そこで完全にルルーシュの頭は蕩けてしまう。
誰が断ろうか!

「当たり前だこのばかっ!」

と、スザクの手から照れ隠しなのか乱暴にチョコレートを奪い去った。
だがしかし、残念なことにルルーシュの甘い甘い夢はそこで覚める。

「やったー!」

 と、スザクの後ろから声が聞こえた。

「やっぱりなー、スザクだとなんで取るのかしら、ルルちゃんは」

「でしょ会長〜、ルルーシュはスザクに弱いんだって」

「けどこんな格好までする必要あったんですか?」

「あるある!やっぱり文化として、女の子からチョコレートは渡さないと!」

「女の子、て僕こんな格好でも男ですけど」

「細かいことは気にしなーい!って、ルルーシュ〜?おーい」

ソファの後ろから出てきたリヴァルとミレイに交えてのスザクの会話に空いた口か塞がらない。これはいったいどういう状況でなんなのか。
さすがのルルーシュもこのトラップには思考はストップしたまま。
そしてようやく、騙されたのだと分かると、眉間の皺がみるみるうちに深くなってくる。

「……俺で遊んでたんですか、スザクも……」

「あのまったく浮いた話のないルルーシュが一体誰からのチョコなら受け取るのか実験!」

元気はつらつに手を両手を挙げて告げるミレイに、ルルーシュは怒りよりもそんな実験をされていたことと現状が情けなくて、馬鹿らしくて怒る気も失せてきた。
しかもスザクまでそれに参加していたのだがこれはもう、裏切りじゃないか!
朝の時といい、スザクとはなんと恐ろしい男なのだろうか。
がくっ、と力なくソファに座り項垂れる。

「ごめんね、ルルーシュ。会長命令だったんだよ」

「だからってやっていいことと悪いことぐらい分からないのかお前は」

可愛くそんな格好で慰められても悲しくなるばかりだ。

「嬉しくない?僕からのチョコ。僕、男だけど。まぁ、君モテモテだもんね。わざわざ男の僕からもらっても、嬉しくないよね」

リヴァルとミレイはルルーシュをはめることが成功して満足したのか、二人で次の企画案の話をもう始めている。その傍らで、スザクがルルーシュへと顔を近づける。その顔は少し真面目で、滲んでいる翡翠の眼は寂しげで。
それにルルーシュの心臓が小さく、跳ね上がる。

「……嬉しくないはずがないだろ、ばかめ」

くしゃ、とスザクの髪の毛を手にひらで撫で回す。
そのルルーシュは耳まで真っ赤して、まんざらでもなさそうな顔。
ああほんと、スザクって恐ろしい。
そうもう一度だけ、ぐるぐるする頭の中で呟いた。

「見返りは倍だぞスザク!」

最後に、えー、と嘆くスザクの声とルルーシュの笑い声。



 今日は甘くて幸せなハッピーバレンタイン。

 どうぞ私を召し上がれ?









                                     


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