そう、どんな奴なんだろうなと単純に興味があった。


空席だったラウンズの7席目が決まったと聞いて回りからどんな奴なんだと、聞きまわる。
すると意外な答えが返って来て最初は冗談だろう?、なんて思ってた。
だってナンバーズがこのナイトオブラウンズになれるなんて、誰が想像すると思う?
俺は思わなかったな。
けど皇帝が決めたことだ。それに間違いはない。
それに従うだけで異議などもってのほか。
しかしそいつを快くなく思ってない連中は、いる。
ナンバーズ?興味ない。
と、つんけんした顔で皆返す。
嘘だ。
実際は気になってしょうがないんだ。
プライドや見栄が邪魔をしてすぐに自分以下だと勝手に決め付けて、虐げて見下げる。
そういうの、よくないと思うわけだ。
だってそいつらはまだ新しいラウンズのことを知らないんだ。
ナンバーズだというのにここまでのし上がって来る実力が嫉ましいんだ。
あーあ、みっともないね。
反対に言えば、そこまでの実力を認めるのがこのブリタニア帝国の定義だろう?どんな者だろうが強い者は認められ、弱い者はそれなりの扱いを受ける。
そういう社会だ、ここは。
だがそうもいかないらしい。

そのラウンズ、枢木スザク、というらしい。

くるるぎすざく、くるるぎすざく、と何度も舌に乗せて慣れない外語での名前を噛まないようにする。
ラウンズのメンバーは、そう簡単に揃うことはない。
皆どこか戦場にいて、帰ってくる期間もばらばらだ。
そんな俺は運よく、そいつがラウンズに任命された後に出くわした。
広い広いブリタニア皇族の庭。
綺麗な金髪は太陽に透けるほど美しく、二つの眼は空を映したように晴れやかな青色。すぐにその力強さに、惹き付けられる。
すらりと伸びたスタイルは抜群。何を着たって様になる。
彼を見た貴婦人たちはご機嫌な様子でこちらを見る。
ほら、ヴァインベルグ家のご息子よ。
今では立派な皇帝直属の騎士になられたそうで。
お若いのに立派ね。
と、囃し立てる声を聞いて気分は上々だ。
御機嫌ようと、会釈をして緑色のマントを靡かせて颯爽と白い大理石の廊下を颯爽と歩いた。
その時だ。
緑生い茂る庭から何か小さな影が動くのが見えた。
なんだと思って近寄れば猫だ。それも、あまり毛並みがよいとはいえないような、ワイルドな猫。
どこかの貴族の猫かと思ったが、そうでもなさそうだ。
残念だが見るからに捨て猫か、と思ってしまうほど。
こんなところに迷い猫、とも言いがたい。
一体誰の猫なんだ、と首を傾げれば片目の周りが黒い猫はにゃあと小さく鳴いて、また庭の奥へと入っていく。

「あ、待てよ」

これ以上進むと、アリエスの離宮へと繋がる廊下に出る。
あそこは立ち入り禁止の皇宮だ。
追いかけることに決めたが、その小さくてすばしっこい猫などすぐに捕まえることなど出来るわけがなく、見失ってしまう。
静けさだけが残る庭に佇み、参ったなと零した。まぁどうせ関係ないし自分には新しいラウンズを拝みに行くという役もあるし、と早々と立ち去ろうとした時、猫の鳴き声ではない声がした。
誰かいる、と彼は気になって引き返さずに足を伸ばしてみる。
そこには探していた猫と一人の少年が立っていた。
自分と同じ白亜の燕尾服。マントは自分とは違い、青に金の装飾ー。
髪はココア色で目は珍しいエメラルドグリーン。
猫はまた、その彼から離れて行ってしまうとそれを困った顔で見送っていた。
それから見せた顔に、魅入る。
真っ直ぐにどこを見ているのか分からない視線の先は、虚空。

ああいうのをクールビューティーというんだろう。
手足も長くて、小柄だが引き締まった体格。
というか、無彩色。
人形みたいな横顔。
細くなる眼は儚げで、冷たいとさえも思えた。
幼さがあるものの眼差しだけは芯を帯びていて、誰にも靡こうとしない孤高の狼のようなー、寂しさ。
こんな男は知らない、と思った瞬間に「ああ、お前が」と閃いた。

「くるるぎすざく!」

突然、金髪の彼が名前を叫んだ。
その声に驚いた少年は身体を萎縮させる。視線に入った青年の方を向いた丸い瞳に、小さな唇はぽかんと開いている。

「あ、あの」

「お前、くるるぎすざくだろ?」

ぱっ、と顔を緩めてスザクより背の高い彼が歩み寄ってくるとじぃ〜、と見つめられる。
太い眉が、不安そうに下がった。

「あ、あの、自分の顔に何か付いているのでしょうか?」

甘ったるくて、優しい声色。それにナンバーズだというのにブリタニア語が流暢でわかりやすい。
そしてスザクもすぐに目の前にいる彼が、自分と同じナイトオブラウンズだとすぐに分かった。
同じ格好のジャケットと、色違いのマントは自分の瞳と同じ緑色。
スザクの戸惑いなどお構いなしに、彼は嬉しそうに笑う。
「だから、お前がくるるぎすざくなのか聞いてるんだけど」
すると慌ててスザクが足元を正して、緊張した面持ちで視線を上げる。

「あ、申し訳ありません。自分は枢木スザクと申します、先日ナイトオブセブンの名を皇帝陛下から賜りました」

予想以上に堅い答えが返って来て、口をへの字に曲げた。
くりくりと大きな翡翠の瞳が、まだ戸惑いを浮かべている。

「スザク、ね。お前に会いに行こうと思ってたところなんだけどちょうどよかった。俺はジノ・ヴァインベルグ、ナイトオブスリーなんだけどよろしくしてくれよ」

高めのトーンの声がはきはきと自己紹介をしてくれる。それにスザクは押されながらも、「こちらこそ、よろしくお願いします」と返した。
気を張っているのか笑顔がなかなかこぼれない。
よろしく、と言っても頬の筋肉は、上がらない。
それがつまらなくて、ジノはふてくされる。
誰だっていつもにこやかに微笑んで、挨拶をするものだ。
なのにこの男は、まったくをもって初対面ですらも無表情のまま。
それでは嫌われてしまうんじゃないか、と思った。
だって、良い印象は与えないだろう?
ジノはスザクの肩を叩いて、「そんなに堅くなるなよ」と馴れ馴れしく接した。
突然出会った同じラウンズに気軽に声を掛けられるなんて思ってもみなかったスザクは、はぁ、とよくわからない声を零してジノを見上げた。
どこにいたってナンバーズである自分は風当たりが強い、とスザクなりの覚悟をしていた。
それも仕方ないことだと、わかっている。
しかしジノの態度に少し気持ちが和らいだ。

「なぁ、お前エリア11にいたんだろう?あそこのことはここにいてもよく聞いてたさ。何をしてここまで出世できたんだ?こんなの異例だからな、知りたい奴や妬んでいる奴、多いぜ?気をつけないと、後ろから撃たれるかも、なんてな」

いきなりディープな会話にスザクの言葉が途切れ、俯いた。
自分があの地で何を見て、何をしてきたのかどうしてこの男に話さねばならないのかとまた少し壁を作り上げる。
ただからかいのために声を掛けたのかもしれない。
相手にしない方がいい。
馴れ合いなんて、もうしない。
だから一人でいい。からかわれているのなら、それでもいい。慣れているからそこまで沸点は低くない。

「それはご想像にお任せします」

「へぇー、言うね」

「別にそういうつもりでは」

「要はゼロ、を倒してのし上がったてことなんだろう?」

スカイブルーの双眸が、スザクを映す。
スザクは黙り、「その通りです」と小声で呟いた。
事実なのにどこか間違っているとでも言いだけに揺れる瞳。
僕は、俺はこれでいい。
ここにいることが正しいと分かっているけど、どこかでまだ何も振り切れてなんかない。
それでも俺は俺であることに変わりはない。
これが、これから成していくことも、目指すものへと繋がることを信じているからこそ覚悟を決めた。

「そうでなきゃここまでこれない、て話だろ」

この男は何が言いたいんだろうか。

「・・・・・・」

少しから怒らしてみようか、と思ってからかってみるが彼はただ切なくきゅっ、と唇を結ぶだけで決して言い返しはしない。
認め、その通りです、ともう一度零して、睨み挑む強い双眸。

「自分は父親も殺して、ゼロも殺して、ここに来ることを選びました。それが正しい選択だと、信じたから」

すると次に初対面だというのに、俺はそういう男ですから、と厚い壁を築く言葉にジノの瞳孔が小さくなった。
いきなりそんな真核な話を出されるなんて、こいつはどんな生き方をしてきたのだろう。

(誰もそこまで聞いてないのに)

どうぞ嫌ってください、とでも言いたげな顔。
そしてただ言われることを受け入れて否定することを知らない。そんな、感じすらした。
悲しい色を浮かべた碧。
罵られても動ずることなんてなくて、今までもずっと堪えたきたのだろう。
底が知れない真摯の強さ。
濃い緑色の瞳に濁りはない。
さっきから真面目光線しか出していないスザクのことが痒くて仕方なかった。
そんな奴は知らなかった。
学友や仲間、友達もみな自分とはすぐに打ち解けて気軽だ。
自分を跳ね退けようとする。
入り込む隙間を一切許そうとしない。
いつもならそんなつまらない奴と関わらなければいい、と思うけど何故かその強がりをぶち壊してみたくなる。
何がそんなに彼にあるんだろうかと知りたくなる。
知りたい、と思わせる何かがある。
放っておけない、という庇護なのか。
するとジノは声を立てて笑うと、

「スザクって、面白い奴だな」

とハンサムな顔がはにかんだ。

「おもしろい?」

スザクが小首をかしげる。何も面白いことなんて言っていないのにジノにはそう思えたらしい。

「知りたいなぁ、お前が。もっと知りたい、何してきたとか、どんな敵と戦ってどんな戦い方するのかと色々と!つまりお前に興味がある!」

そうだ。俺はスザクに興味がある。単純にそれだけだ。
これからこいつといると何か面白いことが起こりそうで、退屈することはなさそうだという勘に近い高揚。

「別に、あなたに話すような面白い男じゃありません」

スザクは大真面目に言えば、ジノが満足そうに微笑む。
聞こえようによっては皮肉れた発言でも、スザクは本心からそう言っているのだ。謙遜なんかでもなくて、本当にそう感じているから言葉にするのだ。
しかしスザクも、何か、この地に来て動き出す世界があると思えた。
身動きできないでいた世界が、少しずつ少しずつ。

「さっきの猫、お前の?」

ふと、話をそらすと、スザクの表情も和らいだ。
しかもその話題が猫となると、随分と雰囲気すらも変わった気がした。

「ええ、アーサーって言うんですけど付いてきちゃったんです。いつも噛まれてばかりで」

爽やかな風にくせ毛の髪がくるくるふわふわと、揺れる。

「噛まれる、て嫌われてるんじゃなのいか?」

「・・・どうなんでしょう?そうなのかもしれないけど、付いてきてくれただけでも嬉しくて、満足してるんです」

的を得ているのか、得ていないのか自己満足のスザクの言葉にジノがまた、「変なやつと猫がきたもんだな」と笑った。












                               


彷徨う蝶々