牢獄の中のオイタナジー
薄い唇に触れる。
すぅ、と人差し指の腹で撫でて、伏せた目蓋から綺麗な碧色の石を空へと向けた。
澄んだ色。まるで、そうー。
ジノの瞳の色みたいだ。
そこまで思って、首を振る。
足を止めてまた唇をなぞる。
キスはいやだ。
キスをしたら、まるで愛し合っているような錯覚をする。
そう、『彼』ともそうだった。
まるで、本当の恋人たちがするみたいな感じ。
ジノは恋人じゃあ、ない。
けれど、恋人たちがするような身体の繋がりをする。それを選んだのは、自分だ。
長い廊下を吹き抜ける風が冷たくて心地良い。
ばかみたいだそんなの。
恋人じゃないから口づけはさせたくない、しないなんて、それではまだ未練ばかりで『彼』に恋してるみたいで気持ち悪い。
彼と僕はもう何の繋がりの絆もなくなってしまった。
断ち切ったのは、あっちだ。
なのにどうして、忘るることが出来ないまま。
憎い憎いにくい、君が。
僕をこんな風にした君が憎くて憎くて、まだ愛おしい。
真っ青な空が見下ろしてくる。また今夜も、僕はきっとたぶん、心を取り繕うために彼の部屋に向う。行かないことだって出来るのに、僕は行く。
なんのために。
また唇をなぞった。今度は強めに親指で。
キスされそうになって、泣いてしまった。なんて貧弱な僕。
なんて脆くて、堅い情。
いやだ、やめて、お願いだからもう僕を苦しめないで。
出て行けよ。大嫌いだよ君なんて、大嫌い大嫌い。
それなのに、忘れることが怖くて出来ない。忘れてしまったら、僕に何が残るだろうか。怒りさえも、なくなってしまう。
忘れたくてジノのところに行くのか?
それとも思い出したくて、身体を繋げに行くのか?
ふるふると首を振ってまた歩き出す。




「こんばんは、スザク」


扉を開けると、いつもの返事。
頭ひとつ分背の高い彼を見上げて、胸元あたりへと廻る。
拒絶してもいいのにどうして彼はどうしてこんな火遊びに付き合っているんだろう。
僕は、この彼とどうなりたいんだろう。
受け入れてくれる、「それでもいいよ」と言ってもらえる場所が恋しくて、心地良い?
そんなの、許されないことだ。甘えに興じる暇などないはずなのに。
そんな傲慢、甘え、優しさなんて『彼』への気持ち共に置き去りしてきたのに。けれど本当にそうならば、僕は騎士を続けてなどいない。
だから彼は今でも、ココにいるー。
ぞっ、とした。物語はまだ、紡がれ続けている。
ジノに腕を掴まれて、はっ、と顔を上げた。
「どうかした?顔色がよくないな」と、心配されてスザクは首を振って「なんでもない」と曇った声で答える。
いいや。物語は終わったんだ。
誰の手でもない、自らと彼の手で終わったんだ。
振り切るようにして、スザクはジノの胸へと身体を静かに預けた。
蜂蜜が蕩けたように甘い猛毒を噛み砕く。
だんだんと、痺れてきて全てを溶かしていく。
それでもスザクは温かいものを拒む。
快楽と苦痛のせめぎあいが、新しい蜜となる。
それでも今日も彼とキスは、出来そうにない。
だってキスは、大好きな人とするものだから。
今の僕に、きっと大好きだなんて言える人なんて、いないんだ。