今にも泣き出しそうな顔をしながら部屋に訪れた彼を見て、ぎょっとした。


「入っても?」と、先に小柄な彼が聞く。いつもなら、自ら招き入れているのだが今日のスザクには驚かずにいられない。今まで彼がそんな顔をしながら部屋にやってくることなど一度もない。
それに久しぶりの逢瀬だった。
ジノは本国待機が続いていたが、スザクは戦線へと投入されておりしばらく本国を離れていた。しかもその場所がエリア11だと、出兵前に聞いた。
正確には駐屯場所がエリア11で実際の制圧地域は中華連邦とにらみ合っているマレーシア辺りだ。ブリタニアは今、EUと長期戦争状態が続いており、中華連邦とも政治面での緊張状態が続いている。ブリタニアとしてはエリア11を基準としそこから中華連邦侵略の足がかりとして糸口を探している。その地となっているのが、現マリーシアだ。にらみ合いが続いている状態で、反ブリタニア勢力も拡大しており、それを制圧するために今回、ラウンズである枢木スザクが投入されることとなった。これが大人しくなれば大国を攻略する日もそう遠くない。しかしその前に、ヨーロッパ戦線を終着させなくてはいけないことは、もちろん分かっている。
エリア11と言えば、スザクの祖国だ。そんな場所への投入を聞かされても、彼は顔色一つ変えず「任務だから」と言っていた。
そこで何があったのかはよく知らないが、黒の騎士団による決起事件「ブラックリベリオン」と呼ばれることになった紛争で実績を上げた、とだけしか知らない。
主をなくした騎士は、そこで一体何を見て何を信じて何を殺して来たのだろう。
因縁ある地に舞い戻る、という気持ちはどんなものなんだろうか。ジノにはそれがわからない。どれだけ技量があってこのラウンズの座にいようとも、スザクの苦労など分からない。
そんな彼がエリア11から帰ってきたその日の次の夜のことだ。
滅多と表に感情を出さないスザクが複雑そうに、眉を顰めている。とりあえず部屋に通してから小さく息を吐いた。

「どうしたのスザク、そんな顔してここに来るなんて」

遠まわしに心配する言葉ではなく、その気持ちのままを言葉にする。スザクは佇んだまま、拳を握り締めてベッドに一人座ったジノを見つめる。

「……別に、どうもしていない」

そんなことを言いつつも、顔には書いてある。助けてください、寂しくて死にそうなんです、て。
気にして欲しいのか、本当に気にして欲しくないのかスザクの心は分からない
ジノは肩の力を抜いてスザクを手招きした。

「ここに来てよかったの?」

「……ここしか、来れる場所がない」

ジノに招かれて、スザクは手を伸ばす。その細い腕を掴むとすぐにベッドの中へと引きずり込んだ。軽い身体が弾んで、二人の重みにベッドが軋んだ。
ベッドサイドのランプの灯火が橙色に揺れる。

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。けど、やっぱりそんな顔で言われたくないな」

見上げてくるエメラルドグリーンの双眸はやはり今でも、不安げに滲んでいる。
彼に何も悟られまいと必死に繕っていても、わかってしまう嘘。広いジノの手が鷲色の髪に触れ、頬を撫でる。スザクは身じろきして、黙り込む。
そんな顔、と言われも今の自分がどんな酷い顔をしているのかわからない。それでも、心がまだ掻き乱されていることには間違いない。
スカイブルーの瞳は、見透かしている。
何かと具体的なものではなくても。スザクの太めの眉が力なく下がり、奥歯を噛み締めた。

「スザクが話したくないなら、別に私はいいよ。けど、それじゃあきっとスザクがずっとこのまま気持ち悪いままなんじゃないか?」

どうしてそんな気遣う言葉がすぐに出てくるのか。それは彼も、同じだった。どんなに隠してきても、暴いて気持ちに触れて優しい言葉を掛ける。
それに騙され裏切られたのに、こうして重ねて思い出してしまう。
そしてその願望が夢になって魘された。なんて、この男に言ってしまってよいものなのか。裏切られた男がいる地を再び踏んで、帰って来てすぐに彼の夢を見て泣きたくなって悔しくなって、どうしようもなくなった。
一人でいると思い出に押し潰されてしまいそうで。痛みに胸が張り裂けて、真っ赤に染まっていく。ぶるぶると身体の芯からのざわめき。
だから君にそんな顔、と言われる様をして訪ねてきたなんて言えるだろうか。答えはノーだ。言えたとしても君はそれでも、俺を受け入れてくれる気がした。
そんな気持ちや言葉なんて、いらない。聞きたくない。自分が一番最低なことはわかっているから。

「じゃあ聞かないでいて。全部、僕が悪いことだからこのままでいいんだ」

伸ばした腕が、ジノを引き寄せる。これが一時的な感情だとしも、もう遅い。彼に任せて紛らわすことが出来るのなら。
稚拙な甘え方。慰めて欲しいなら素直に言えばいいのにと、ジノは薄ら笑みを浮かべた。何も聞かなくたって、スザクが誰かに焦がれて止まない気持ちを抑えたくてここに来たことぐらい、わかる。それはいつも微かに匂わせている後悔なのだろうけれど、今夜はそれが濃いほどに溢れてしまっている。

「全部悪いなんて言うなよ、スザクは悪くない。悪いのは、あっちだろ?」

と、ジノの唇の熱さを頬に感じる。
あっち、とはどういう意味なのか聞かない。
彼の手が、インナーのジッパーに指を掛けて下へ引く。白いジャケットのホックを外してやれば、スザク自身が半身を浮かせてベッド下へと脱ぎ去った。
スザクの肌は滑らかだ。触れられることに慣れた感触で、それでいて過敏。
大して筋肉が付いているわけでなく、かといって無駄に肉もない細い身体。深呼吸をすればうっすらと節々の骨が浮かび上がってくる。
綺麗な肉体だな、と思う。無骨さなんてなくて触れるとほどよい弾力の筋肉。

「夢でも見た?」

試にそう聞いてみれば、図星なのか肩が揺れた。

「誰の、」

見上げてくる視線は無愛想だ。

「それを私に聞くのか?酷いな、スザクは」

ジノの歯が顎に当たり、スザクの詰まった声が喉から零れる。その唇が首筋を辿りながら鎖骨、胸へと降りていく。それだけでスザクの息が上気してきて頬がほんのり赤くなってくる。
本当に感じやすいんだな、とジノは満足げに微笑む。

「っ」

唇をきゅっ、と結んでジノに触れられていく箇所からふつふつと湧き上がってくる期待と熱に堪えようとする。けれどもそれは最初だけで、次第にその頑なな態度は崩れていく。
ジノの手のひらがゆっくりと平らな胸を大きく撫でて、小さな乳首を指で挟む。まだ柔らかい飾りをそうして指の腹で刺激を繰り返してやれば尖ってくる。

「あっ、……ぅ」

噛み締めた唇から零れる潤んだ声。
それを心地良い音色にしながら、ジノは軽くスザクの胸の突起を咥えた。何の意味もない器官のはずなのに、食まれるとそこから拡がる甘い痺れに悲鳴が上がる。
噛んでは舐めて、舌先で押し潰す。そのたびにスザクの身体にある熱源のスイッチが入れられて、体温が上がっていくような錯覚がおきる。

「……ン、ん……、」

もう片方の乳首も彼の指に捏ねられて、摘まれて小さな徴は赤い色を濃く刻まれていく。さっきまでの静けさはなくなって、狭い室内が蒸れた空気へと満たされる。
彼が与える愛撫に、喉が震え鳴く。

「あ、ぅ…、ジノ」

ちくり、と痛み出す乳嘴の感覚が曖昧になる。噛まれると痛いけど、ざらついた舌で舐められるとすぐに和らいでくすぐったい。何度も施される行為に焦れきて、スザクは火照った声でジノの名前を呼ぶ。
その誘いに促されて、ジノは彼の下肢へと手を伸ばすとそこはもう熱で膨らんでいた。

「スザク、てほんと感じやすいよな」

くすくすと笑えば、赤らめた頬を膨らませて「うるさい」、と一蹴した。そんな小さな抵抗も可愛らしく見える。ズボンと下着を一緒に引き摺り下ろして、彼の手が屹立した性器に触れ先走りに濡れた淫欲を包み込んだ。いつもなら華麗にKMFのブリップを握る彼の指がスザクを翻弄するために動く。

「ん、ぅ……ぁ、やだ」

鼻に掛かった声を洩らし、スザクはシーツを握り締める。全身が蜜蝋になってしまったかのように、熱い一点の炎から溶け出してしまっているような感覚。
あやすように淫らに扱われてきつく目蓋を閉じた。
強弱を付けて、何度も手のひらで擦られると溢れてきた体液がしとどに根元まで流れ濡らす。その水音が微弱に耳を犯し、頭の中がぼぅとしてくる。
ジノがまた乳首を食むと、背中が撓った。

「ぅ、ン……そんなに、吸うな、ぁ」

執拗に弄っているうちに、もどかしさでスザクの腰をくねる。張り詰めた雄をも握り込んで、裏筋を親指でなぞってやると我慢出来ず嬌声を上げてジノの手のひらの中に白濁の液を飛ばせた。
蒸した空気の中で繰り返される熱く蕩けた吐息を弾ませて、スザクは艶やかさを滲じませた瞳でジノを見上げた。彼はにっこと、愛想の良いいつもの笑顔を振り撒く。
どうしてこんな俺にそんな表情をくれるんだろう、と苦しくなった。

「スザク、大丈夫?」

ジノも息を乱しながらそう聞いてくる。何が、と掠れて声で問えば、そう思っただけだよ、と言われた。彼はその返事を聞いてから、スザクの膝裏を持ち脚を開かせて後ろの窄みを曝けさせる。

「あ、」

自分の放った精で濡れたジノの指が、入り口をぐるりと一周して浅く侵入してくる。襞を掻き分けて入り込んでくる長い指に、スザクは唇を噛み締めて色に浮かさせた声を零し続ける。

「あ、ぁ……や、ぅ」

彼の指が出たり入ったりするたびに淫靡な音がするのは、自分の体液のせいだと思うと恥辱でたまらない。優しいものではなくて、乱暴に刺激を与えられるといやいやとスザクが首を振る。
痛い、と思ってもそれはすぐに快楽へと摩り替わるのが不思議だった。それに達したばかりだというのに、雄は再び勃ち上がり先端から蜜を窄みまで垂らしているのがいやらしい。
綻び始めた内部を引っ掻くと、スザクは引き攣った声を鳴らした。

「あっ、だめ、……っいや、だ」

鋭い痛みに似た快楽に襲われる。ジノはそのスザクの反応を愉しみ、同じ箇所を指の腹で擦ってやると、やめてとスザクが懇願した。恍惚とした表情をさせながらのそれは、ただジノ煽るだけでしかない。

「いや、と言う割にも気持ち良さそうだけど」

「ぅ、あ……はっ、あ」

そんなことはないと、言いたいのに唇から零れるものは全て擬音ばかり。つま先まで強い刺激が電気となって伝わっているように、全身が麻痺し快楽が駆け上がる。
大きく熟れた翡翠色の瞳がジノを息苦しそうに見つめていた。
快楽に溺れることに慣れた身体が堕ちていくのは簡単だ。ほんの少しだけでも与えられる愛撫があれば、それが大きければ大きいほど深みに堕ちていく。
なんて爛れて汚いんだろうか。
それでも愛してくれた。精一杯に、好きだと告げて。愛していたんだ、俺も。
ふいに胸に広がった重い気持ちに滲ませた二つの綺麗な緑色の石から透明な滴が溢れてくる。生理的な意味が含まれていているとしても、気付かれたくなくてすぐに拭った。
ジノは指を引き抜くと、名残惜しそうに秘処がひくついた。熱くなった頬をその汚れた手で撫でると、スザクの快楽に浮かされた瞳がゆっくりと瞬きをする。

「スザク、」

するとジノはスザクの身体を反転させて、四つん這いにさせる。枕に顔を埋めて、長く息を吐く。まだ終わらない行為に与えられるものを待ち焦がる。
しかし態勢をそうせさておいて、当のジノはベッド横の小さな棚を開けて何かを探していた。

「何、探してるんだ」

一瞬引き戻ってくる思考でこの状況を考えると、ひどく恥ずかしい。するなら早くして欲しい、と言葉では言わないが視線で文句を告げる。
ジノはそんなスザクのことお構いなしに、あったあったと言って一枚の白いスカーフを取り出した。それを見たスザクは今ここで必要だとは思えないものに首を傾げた。

「ジノ?」

「少し顔を上げて、スザク」

何をするんだ、と聞く前にもう一度後ろから覆い被さりそのスカーフをスザクの目の前に当てて後頭部に回してきつく縛った。突然視界が閉ざされて、スザクは声を荒げた。

「なんで、目隠しなんてするんだっ」

スカーフを掴み、取り去ろうとしたスザクの手をジノが制してシーツへと張り付ける。ふっ、とジノの吐息をうなじに感じて、背筋が震えた。

「なぁ、スザク。今日は特別に黙っててあげるよ」

「どういう意味、」

「目隠しもしてあげたし、スザクは想像しろよ、俺じゃなくて今誰に抱かれてるか」

「なっー、」

とんでもない発言だった。何を言い出したのかと思えば、冗談にもほどがある。ただそういうプレイに望みたいのなら構わないが、誰かの代わりに犯していてあげるからそれを別の誰かと想像して抱かれろ、なんて。
哀れんでいるのか、俺を。そう思うと、怒れてくるがジノにそうさせてしまったのは自分が悪いということにも気が付いて、言葉に詰まる。

「いやだ、そんなの。ジノっ」

彼の腕を振り払って、スカーフを取ろうとしたがその時に双丘の奥にある淫蕩に濁った箇所へと宛てられた熱に、身体が驚いて動きを止め、スザクはシーツを握り締めて唇を噛み締める。

「あ、いや、だ……ぅ」

持ち上げた腰を引き寄せて、己の滾った熱を彼の中へと押し込めて行く。その力強さと苦痛に、抵抗もなく受け入れてスザクはすすり泣く。
肉が引き裂かれ、その間を縫って埋められていく楔をきつく締め付けた。崩れ落ちそうになる背中をしっかりと抱きかかえて、全てが収まるまで堪え喘ぐ。
視界はなく、聞こえる自分の吐息と抱いている男の苦しそうな息。

「う、……んン」

ぴたりと、肌と肌が合わさるとしばらく彼は動くことなく背中にキスを繰り返した。変わらない同じ行為なのに、目隠しをされているだけですごく不安で、緊張した。本当に彼は何も声を発しない。ただ愛撫をして、乱れた吐息を零していつもと同じようにスザクを穢す。

「あ、ぁ」

動くよ、という言葉だっていつも掛けられる。けれどそれも遠慮もなく、彼は腰を揺らし始める。肉茎で貫かれて、蠕動する中はひどく熱くてその形をはっきりと、スザクに伝えた。
わずかに動いただけで、スザクが身悶えするほどの痛みと甘みを孕んだ刺激。
彼は想像しろ、て言ったけれど彼とは手の大きさも力強さも質量だって何もかもが違う。
違う違う。認めたくない。
スザクは嗚咽を交えながら、喘いだ。

「や、ぁ、あ……っ、ジノ、」

シーツを握り締めている手の甲に、彼の手が重なった。

「違う、スザク」

ジノはやんわりと、それでいてたしなめるようにして言うと深々と突き上げて、隙間なく腰を押し付けて肉を擦りあげる。交接している場所からは零れる彼の精で滑り、卑猥な音を響かせていた。
打ち付けられるたびに、中は擦れて赤く腫れていく。そのリズムに合わせて、スザクの甘い声が止めど無く洩れ、口端からは唾液を垂らしていた。
頬を枕に寄せて、見えない視界の中でぎゅっと目蓋を閉じる。
その暗闇に見えるものは何か。
押し寄せる甘美な色に惑わされて、肉体は蹂躙させていく。最奥を突かれ、何度も喘がされて何度も囁いた声。それが耳なりのように、聞こえてきた気がする。
スザク、スザク、と愛しさに満たされた声が恋しい。
本当はもう一度、そう呼んで欲しい。もう一度、名前を呼んで欲しい。抱き締めて欲しい。
今、自分は誰と繋がっているか頭の中が今とごちゃ混ぜになって、パンク寸前だ。
違うと促されたように、妄想と現実の境界が覚束ない。そんなのはだめだ、と意識を保とうとしても全て彼からもたらされる快感に持っていかれてしまう。

「あ、っ……いやだ、もう、ンぅ」

激しくなる律動に震え立つ自分の熱も、だらしなく零れている。堅くなっている彼の雄による抽挿に堪らず背中を撓らせて、強く甘い痺れに抑えることなくスザクは嬌声を奏でる。

「あ、あぁ、もぅー……っ、ルー、」

目蓋の裏が熱くなって、同時に中で弾ける熱を感じて、全身を痙攣させた。その時、最後に叫んだものは確かに彼の名前だった。同時にその突き上げられる刺激に、自分の膨らんだ熱をまた吐精させてしまう。
中で放たれた生温かい精が腹へと流れ込んできて、頬を上気させてその劣情を最後まで受け止めてからようやく今、誰の名前を唇に乗せてしまったのかと後悔した。
そんなつもりはなかったのに、フラッシュバックしたのはー。
まだ温かい熱情が中で蠢いて小さく呻き声を洩らす。

「ぅン」

その熱がずるりと秘処から出て行く感触は生々しくて息苦しい。そしてジノはスザクの身体を仰向けにさせると目隠しも取り去り、スザクの視界に薄暗い部屋の明かりが帰ってくる
はっ、はっ、と小刻みな呼吸を繰り返してエバーグリーンの双眸が虚ろにジノを捉えた。彼の空色の瞳だって、熟した果実のように熱をまだ持っている。
金髪の髪がランプの灯に当てられて、オレンジ色に染まっている。

「スザク、」

頬を両手で挟まれて、耳たぶに触れる。ふるっ、とスザクの皮膚が粟立って薄らと睫毛を震わせて目蓋を伏せた。その行為後から漂う気だるい色気に心臓はまだ高鳴っていた。
濡れたジノ唇が額に落ちて、鼻先を噛む。そしてその唇が半開きになっているスザクの唇へと辿りそうになると、スザクは目を覚まして、顔を背けた。

「強情だな、スザクは」

「そういう君は意地が悪い、」

やっぱりキスはだめなのか、と苦笑い。そして続けてスザクが告げた言葉は尖っている。

「意地悪?どうして?」

「誰かを想像しろなんて、酷い。そんなことさせて、君はいいのか」

抱いている俺の気持ちなんてどうでもいいのか、なんて本当には言えない。そういう己も、慰めてもらっているには違いないのだから。
ジノは目を細めて、

「今日だけのリップサービスだよ。今にも泣き出しそうなスザクへの」

と、微笑んだ。
彼は、達する時に口にしてしまった声を聞いてしまっていただろうか。聞いていたとしても、きっと彼は言わないだろう。それに何も、それで変わるとも思わない。
けれどそれが辱めのようで、惨めで、最悪だと拗ねた。
ジノの広い手がくしゃりとココア色の髪を掻き混ぜて、眦にキスを落す。余韻に浸りながの甘い触れ合い。それを許していると、彼の唇が喉元まで辿り、噛み付いた。

「い、っ」

歯が皮膚を引っ張り、きつく吸うと赤い徴が刻まれる。

「ジノ、」

彼はスザクの胸から腹筋へと手のひらを撫で下ろし、腰を掴む。その動きに、スザクは顔を上げて手を取るがもう遅い。逞しい腕が細い足首を摘んで持ち上げると濡れた窄みから白濁の液体が零れ落ちてくるのがわかり、身を震わせた。

「待っ、ジノっ」

「待たないよ」

意地悪そうな笑みを浮かべて、ジノはスザクの脚を胸にくっつくほどに折り曲げて、再度腰を押し付けてきた。そこにはまだ満足していない彼の熱が感じられて息を飲む。
先端から戸惑うことなく、爛れてしまった肉の柔らかさを割りながら突き入れてくる。一度受け入れてしまっている内部は容易くジノを包み込んでねっとりと絡みつく。

「あっ、ン……やだ、っ」

手の声を唇に押し当てて、圧迫される奥に声を噛み殺そうとする。その手をジノは取ると、指を絡めてシーツへと張り付けた。

「次はちゃんと私にスザクを抱かせて」

囁く甘い言葉が耳に吹き込まれて、スザクは羞恥に頬を染める。ジノの澄んだ青色の瞳は吸い込まれてしまいそうで、それを見ていると一瞬でも気分が晴れるような鮮やかな色。そんな色がにっこりと、人懐こい笑みを見せてお願いされてはさすがのスザクも困り果てる。

「なら、最初からそうして、れば、っ」

喘ぐ中に言葉を混ぜると、息がし難い。それでも文句を言わずにはいらなかった。するとジノはまた、「リップサービス、て言っただろう」と熱っぽい声で零し緩く貫いては、激しく最奥の肉を擦り掻き乱してやる。
蕩けてしまった内部は淫らに肉茎を咥えてまとわり付く。

「あっン、やだ、……はっ、ぁ、あ」

身体を揺すられるたびに鳴きつかれた喉からは掠れた息と、意味のない言葉が空気へと消えてはまた灯る官能の熱。すべてを飲み込んだ粘膜がジノを充溢する。皮膚同様に内側も過敏で硬さを取り戻した屹立からの激しい刺激に足先までが痺れていた。

「やだ、ジノ……、ふ、ぅあ」

繋がれた箇所は溶け合う熱にうなされ、ジノが腰を持ち上げると更に強く貫いてくる。それに必死に付いて行こうとしても追い付かない。そしてジノにはその焦がれてぼんやりとした碧色の双眸は、どんなものより綺麗で艶やかに見えた。
ああ、可愛い。と、内心だけで呟いてスザクの中を夢中になって犯し続ける。

「スザク、こっちを見て」

ジノの荒い吐息が頬に掛かる。
ちゃんと俺のこと見て、と睦言を囁く。

「ン、あぁ、もう、だめ……っ、ジノ」

ああ本当にこの可愛らしく喘いでいる唇を塞ぐことが出来たら最高なのにな、と過ぎり今ならどさくさ紛れで出来るかもしれないと整った眉を顰めながら考える。
ふっくらとして濡れた唇を親指でなぞり、白い歯に当たる。ちらついた赤い舌が誘っているような気がしてならない。
(キスしたい)
溜まらずジノはスザクの半開きの唇へと近寄る。しかし身体中に暴れる熱を感じながらのスザクだったが、やはりその行為は避けられてしまう。じっ、とこちらを見ている目は、思わず手馴らしてみたいと思うほどに獰猛だ。そんなにいやなんて、ちょっと傷つくな、なんて思いジノは負けて苦笑するとその代わりと言わんばかりに密着された部分を抉る。
ベッドがかわいそうなほどに軋んでいる。スザクもジノの腰に脚を絡めて、腰を自らも振り哀願する。もう、イキたいと口にはしなくても匂いで分かった。
律動に心奪われ、そのまま快楽へと引きずり込まれていく。

「あっ、ぅン、ジノ、ああっ」

激しい抜き差しに翻弄されて、スザクはジノへとしがみ付く。そしてスザクの雄を緩く包み込んで、数度扱いてやれば我慢することなく、濃厚な蜜を飛沫させた。
その衝撃で内部が収縮し、雄を食い千切ってしまいそうなほどに締め付けて、ジノは彼の疼く中へと熱情を掛けた。
一つに重なる熱がじんわりと、互いを満たしていく。
きつく閉じた目蓋の上に、柔らかいジノ唇の感触がある。その温かくて優しいものにいまだに戸惑う。そんなに慈しむように触れないで、もっと乱暴にしたっていいのに。
彼の優しさは、猛毒だ。麻痺させていくための。
そして思い出すは彼が与えてくれていた愛も優しさも、僕にとっては麻酔でしかなかったことに気が付いて、悲しくなった。そうだ、この熱だって誰の熱だって一瞬だけで本当の温もりなんかじゃない。
そう、拒めたらいいのにー。








やっぱりジノに目隠しさせた時何か聞こえたか聞いてみた。
彼は何も、スザクの可愛い声だけしか聞こえなかったとからかうものだから思いっきり裸の背中を叩いてやった。痛い、と甲高い悲鳴を上げて涙目になるジノを、スザクは薄ら笑う。

「聞こえてても気にしない。私がそうしろ、てスザクに言ったんだから」

どこまで心が広い男なんだ、とスザクは訝しげに見つめる。ただ、純粋なんだろう。そんなものを僕になんかに与えるには相応しくないのに。また僕も、それに縋りそれを糧として立っている。
一人でもいい。と思った。それでも人は一人では生けていけないんだ、と試されている。
そう言ったのは、誰か。
ルルーシュ、君だよね。
スザクはゆっくりと重い目蓋を閉じて、ブランケットの中へと潜り込む。
ここで寝るの?とジノが聞いてきたけれど、返事はしない。

ルルーシュ。

もう一度だけど、呪詛のように唱えてその名前を抱く。大事に、大切に。
きっと君の夢はもう、見ない。
   









                             


深海が縋りつく
海の暖かさ