カツカツと早足に鳴っている靴音。
きょろきょろと瞳を忙しく動かして変わる景色の中、スザクを探していた。宮殿は広く、いつでも落ち付いていて実に過ごしやすいが、こうも広いと探し人をするのが大変だ。探し人は気まぐれで自分は彼がいつも留まっている場所をよく知らない。
部屋にもいなければラウンズのラウンジにもいない。あと探すところと言えば近くの庭園か、ランスロットがある格納庫ぐらいなのだがどこにも彼はいなかった。
小さいからすぐに埋もれてしまう。忽然と消えてしまった、と大袈裟にさえ思った。まだこの宮殿に慣れていない頃のスザクはよく迷子になっていた。だから自分を連れて歩いてどこの廊下を曲がれば政庁へと繋がるのか、居住に別れているのと覚えている頃があった。そんな案内ももう彼には必要ないようだ。
別に用事があって探しているわけじゃない。けど彼と自分には明日からEUへの遠征が決定されている。混迷を極めている戦地へと赴くにあたってどれぐらい本国から離れるか分からない。その前にスサクとゆっくり話しでもしたい、と思った。ヨーロッパ戦線へと出ればお互い仲睦まじく過ごせる時間なんて限られてくるから。
仲睦まじい、と自分で思っておきながら笑いが零れてきた。自分とスザクはそういう関係なんだろうけど、ある意味一線は越えてはいないような不思議な関係だ。きっと彼からしてみれば迷惑で、それでも頼りにしてくれている部分もある。
視線を巡らせてスザクを探している瞳に向かい側から歩いてくるアーニャに声を掛けた。相変わらず歩きながらでも携帯を弄っている。彼女は自分のブログを持っており、自分やスザク、周りの者たちもよく彼女の話の中に登場しているようだった。
スザクを知らないか?と試に聞いてみれば、

「空中庭園の方に行ったわよ」

と、意外にもスザクの行方をアーニャは知っていた。
スザクがそんな場所に訪れることがあるなんて知らなかった。なんでアーニャが知っていてこの俺が知らないんだ、という失態に小さな嫉妬。
宮殿内には様々な庭園がある。それぞれの宮に庭は造られており、わざわざ政庁の屋上にある空中庭園へと足を運ぶ貴族や皇族は少なかった。しかしそこは夜になるとどんな庭園よりもまっさらで綺麗な星空が見えることで知られている。恋人たちはそこで愛を囁きあう、なんてことはあるが昼間から訪れる者など見た事がなかった。天井はガラス張りで年中暖かく春のようで緑の人工芝生に色とりどりの花たちは可憐に咲いている。しかし空中庭園なんてスザクに案内した覚えはない。誰かに教えてもらったんだろうか。なんて考えながらエレベーターで屋上まで出る。
扉が開いて、中へと踏み込むとそこはまるで別世界だ。どこまでも広がっているような緑色と、仰げば180度の青い空に自然と気持ちが澄んで行く。離宮などにある庭園より広く、水路まで作られていて小さな橋に噴水まである。
しかし誰一人おらず景色だけが映り、本当にここにいるんだろうかと足を進めた。小さな丘を越えて水路がある近くまで来ると、ようやく緑の絨毯に仰向けになって寝ている鷲色の髪をした小柄な少年を見つける。
(本当に居た)
肩を竦めて息を吐くと静かな音を立てながら近寄って覗き込む。辺りを見回して、本当に彼一人なのかを確かめてから隣に座る。
スザクの瞳はしっかりと閉じられており時折短い睫毛が震え、薄っすらと開いた桜色の唇からは規則正しい寝息。どこからか吹いてくるそよ風に前髪が揺れて、額が露になる。じっ、と起きる気配のない少年を眺める瞳が細まった。
(例えるなら眠り姫、かな?)
いつもはきりりっと吊り上げられた眉に透明にして芯が熱い翡翠色の瞳はなく、ここにいるのはただのスザク、と言いたくなるようなあどけない愛らしさに思わず口端が緩む。両手を腹の上で重ね、微動もしない。緑の中に埋もれる白は目立ち、溶け込むことはなかった。まるで世界から弾かれて拒絶されてしまっているかのようー。
もう少しこの貴重な寝顔を眼の裏に焼き付けておきたい。
すぅすぅ、と寝息を立て眠り姫のようだと言ったが、柩に入れられた死人のような純白で儚さも携えているようだと思う。
ガラスの天井から注ぐ太陽の光。それが金色の髪を透かして、スザクを照らす。それは眩しいはずのに、スザクは目を開けることなく熟睡している。
これはもしかしてチャンスなのかも、と邪な気持ちが蠢く。きっと勝手に寝顔を見ていた、なんて知れたら口を効いてもらえなくなるかもと苦笑。自分は知らなくても、スザクはよくここでこうして寝転がっているのだろうか。
数分ほど眺めた後に次はどうしようかと飽きてくる。このまま何もしないでいることが紳士なのだが、この愛らしい寝顔は危険そのものである。普段見せないものだから余計にドキドキした。
う〜ん、と小さく唸って思い付く。
(眠り姫なら王子様のキスで目が覚める、が定番だよな)
なんてことを考えてしまい、スザクの顔へと迫ってみた。
重い影が出来たとしてもまだ起きない君。本当にキスしちゃうぜ?、と内心は緊張していて唾を飲み込んだ。キスしたらそれこそ本当に破滅かもしれない。
だっていまだにスザクは自分とのキスは拒み続けているのだから悪ふざけでしたらそれは後悔だけでは済まないはずだ。それを覚悟でキスしてしまおうか迷っている彼を神様は許してはくれなかった。

「……何してるんだ、ジノ」

寸でのところで止まっていれば、寝息を繰り返していた唇から洩れた声は不機嫌さを隠さずそう告げる。それから目蓋が持ち上がり、エメラルドの珠玉が二つ見上げてきた。
それもまた、鈍い色で怒っているように見える。
咄嗟に屈んでいた腰を伸ばして、ジノはスザクの上から退いて乾いた笑いを浮かべながら言い訳をしゃべり出す。

「あー、その、別に。ただ起してやろうかなーと思っただけだって。だから怒るなよ」

「まだ何も言ってない」

明るくなった視界が最初は眩しくて、スザクは眉を顰める。それから上体を起しながら、彼への言葉を返す。背中には芝生の葉が付いてしまい、ぱらばらと起き上がった拍子に剥がれた。

「先に言っておかないとスザクは怖いから」

まるで人のことを短気で怒りっぽいと勘違いしているような台詞にスザクは唇を尖らせる。自分はそんなんじゃないし、ジノ相手だと油断すればすぐに調子に乗ってくるから牽制をしているだけのこと。
丸々と懐く青い瞳がにっこりと笑い、悪戯をもみ消そうとしていることに溜息を洩らす。本当はジノがここに来てから起きていたけれど、寝たフリを続けていたらキスされそうになる危機感に起きたのだ。されなかったからよいものの、本当にしたら殴りはしないがひどく残念なことになっていたかもしれない。
ジノと自分は繊細でありながら大胆な関係の糸を紡いでいると思う。
タイミングよく制止が出来てよかった、と安堵した。

「で、何か用があってここへ?」

ともかくスザクは話を進める。どうせ誤魔化されてしまうのだし、されなかったのだからそれはもういい問題だった。
横目で見るスザクの顔はまだ眠たそうだなとジノは感じる。寝てないんだろうか。ふらりと部屋にやってきて抱かれに来るのは変わらないが、スザクが安らかに眠っているところをあまり見たことがない。だから今日のスザクが珍しいと思った。
いつもスザクは目を覚ますといなくなっている。
ジノが眠っている間に服を着て部屋を出て行く。そんなことが多い。
もしかして時間があるときはここに来て寝ているんだろうか。

「別にないよ。アーニャに聞いたらここだって言われたから」

「そう」

素っ気無い答え。ジノは胡坐をかいて、肺にいっぱいの酸素を吸い込む。ドームに包まれたこの庭園は偽者だ。芝も木も、この中では品種改良がされ、冬でも春の花が咲き季節に入り混じった世界が体感できる。
それなのに、極自然のものとして受け入れることが出来て心地良い。
しばらくヨーロッパ戦線に出向くこととなると、急に滅多と来ない場所でも寂しくなった。ふいに、自分が祖国を愛し忠義を尽くし離れると寂しく思う気持ちがスザクにもあるんだろうかと気になる。
彼がこのブリタニアに来てからそろそろ半年以上が経つ。長いこと祖国を離れたことがないジノには未知の気持ちだ。
黙ったままのスザクの隣にジノもまたしばらく黙り込んだまま座っていた。別にそれが嫌ではなかったからスザクは立ち上がることもなく、邪魔とも言わなかった。

「EUにはどれぐらい行くことになるんだろうな」

しかしこの沈黙に落ち着かなくてジノが唇を開く。

「スザクを推薦したのはシュナイゼル殿下なんだろ?ここで実績を更に上げることが出来ればスザクの名前はブリタニア全土に轟いて人気者だ」

明朗で活発な声がまるで自分のことのようにスザクを自慢している。今はまだ、表立ってスザクの活躍は本国のメディアでは取り上げられていない(最初の時はナンバーズが異例の出世と騒がれていた)が、ブリタニアにとっての難関であるエルアラメイン戦役を攻略する鍵となれば嫌でも名声が上がる。
たぶんスザクはこの国の期待に応え、予想以上の戦果をもたらすはず。ジノもそうやって今の座を獲得し、誇示している。ブリタニアとは強さが一つのありさまだ。この国では力さえあればナンバーズだろうがそれ相応の地位へと昇ることが出来るということをスザクは自らを例として世界へと見せ付けた。それについては賛否両論だろう。ブリタニア人とナンバーズの差を徹底していることから見るとこれはその規律から違反したものとも捉えられ、ナンバーズにとっては自分たちにもチャンスが巡ってくるかもしれないという希望を与えるものともなる。
だがスザクのように、騎士候が与えられてラウンズに就くことなどもうないかもしれない。
そう思えるほどに、スザクとはナンバーズで終わらせることを惜しむほどの逸材なのだ。ブリタニア皇帝が彼をラウンズに迎えたのが今を現している。
ジノはあまり執政には興味がない。だからスザクがどういう理由でラウンズに認められ、ここを闊歩しているのかなんてただ彼がそれだけの価値がある強さを持っているからという理由だけで十分だった。ナンバーズと接触する機会なんてなかったが、強さという共通点を持っていれば何の垣根もない関係だ。

「僕はそんなこと望んでないよ。それにラウンズとはあまり表舞台には立たないんだろう?」

「それでも内部での評価はぐんと上がる。望もうと望まないと結果はスザクに付いてくるんだ」

ジノが口にした台詞を、昔聞いたことがある。あれは確か、初めてランスロットを駆ることになったときのことだ。あの時から蔦でがんじがらめになっていた歯車がゆっくりと、動き出して時間を刻み始めた。
そしてそこから僕らの狂宴が始まったんだ。
スザクは目を細め、睫毛を伏せる。

「……僕は、もう何も守れない」

 見つめる手のひらはいつでも空を掴む。

「この手には何もないんだ、あるものは、ただのー」

力に過ぎない。失うばかりの、何も守れないただの暴力的な力だ。失って得る強さと結果なんて、スザクにとっては無意味でしかなかった。
友を失って仕えると決めた主を得たと思えば目の前でその灯火は消え、ゼロという復讐を手に入れてもう一度、親友を失った。失うことでしか得られない無限ループ、罪の螺旋。

「君が思うみたいに望んだものは手に入るなんて、僕には出来ないんだ」

向けられた新緑の瞳はしっとりと濡れていた。それはジノを通して、誰かを懐かしんでいるとさえ感じる。愛しくて恋しくて、それでいて燃える怒り。
飲み込まれる、と息が苦しくなった。それでもジノは、胸から沸き起こるものを言葉にする。

「ラウンズがそんなこと言うのはまずいんじゃないか?私たちは『守る』ためにここにいるんだ、国でも名誉でもなんでもいい一つであるはずだスザクにも。ない、なんてことはないさ。スザクがラウンズになったのだって一つでも守りたいものがあるからなれたんだ。そうじゃなきゃ居られない場所だ」

スザクの闇がどれぐらいまで深くても、ジノの声は底まで響いてくる。明るく照らして太陽のように眩しい。
どうしてそんなにも僕に構うのか。放っておいてくれた方が楽なのに。気にかけてもらえばもらうほど、情が湧いて大切なものに勝手になってしまう。
それが怖い。失ったときに、今度こそはもう成したいものへと近づけなくなってしまうんじゃないかと思えた。
スザクの願いは今でも変わらない守りたいという気持ち。けれどそれを踏みにじったのは誰だ?それを裏切ったのは誰であり、彼を変貌させてしまった愚かな人間は誰だ。
それでも僕は今でもエリア11と呼ばれる国を愛し、そこで暮らしているはずの懐かしい友のことを守りたいと思っている。でなければこんな場所にはいない。
何もないと言いながら、守りたいものがある矛盾。そんなものが自分の中では混沌としている。
右手に銃を、左手には愛を抱える。
だからジノの言葉が突き刺さる。見透かされているようで、腹が立った。
スザクは奥歯を噛むと、朗らかに笑みを見せているジノへと濃い色をした苛立ちを向け握り締めた芝生を千切り、彼へと投げつけた。
目の前で小さな葉が舞い、その先には睨みつけるスザクがいる。
突然のことにジノが目を丸めた。

「君は何も知らないからそんなことが言えるんだ。何も知らないくせに僕のことを知ったような口をして説教でもしているつもりかい?そういうの、余計なお節介なんだ。僕に構うな、放っておいてー」

そこまで言いかけて今度はスザクが驚きに言葉を失い、視界が180度に回った。その直後、背中に柔らかい芝生の感触と覆いかぶさる陰に気が付いて丸々とした瞳が空と彼を見上げた。
強く両肩を掴まれて、勢いよく地面に押し倒されたことをようやく理解する。見下ろすジノの青い瞳はビー玉のようにきらきらとしていた。

「放っておけばスザクは一人じゃないか。そんなこと、私には出来ない」

スザクよりも大きくて広い手が、頬を包んで温かい。
人の手とはこんなに優しくて柔らかくてー、愛しかっただろうか。
手を、握ったことがないからわからない。手を、伸ばしたことがないからわからない。
体温を、知らない。

「スザク」

高めの、ハスキーな声が僕の名前を呼ぶ。優しく優しいスカイブルーの瞳が僕を射抜く。
怖い、と思った。その真っ直ぐで純粋にも似たものは、キケンだと。
僕を受け入れてくれる人が、怖い。
僕なんて誰にも愛されちゃいけないのに、僕なんて死ぬことでしか救われない正義を持っているような自己満足な男をどうしてそんな目で見るんだ。
見ないでくれ。見ないで欲しい。

「もっと教えてスザクのこと。なんでもいいよ、なんでも聞くよ。だから、そんなこと言わないでくれ」

手のひらの温度と、自分の頬の熱が同化していく。
額と額でくっついて間近で微笑む彼はハンサムという言葉がよく似合う。
ああ、彼はいけない。
彼に弱みを見せてしまったら、甘えてしまいそう。
この男も、『彼』も僕を甘やかすのが上手だった。
だから、イケナイー。
甘えはもう許されない。
踏み越えてきた絆は、断ち切れないままでも。
きゅ、と結んだ唇。
見つめ返す丸々とした深い碧色の眼。ふわりと風に揺れるココア色のくせ毛。いつでも厳しく吊り上がっている太めの眉。
生き急ぐその佇みに、黙っていられない。

「なぁ、スザク、笑ってみせてよ、私に」

このままではせっかくの美人が台無しだ。
笑ってもっと綺麗に。君はもっと輝ける人だからと、ジノは微笑む。
しかしスザクはぐらついている気持ちに嘘を付くためにジノの手を払った。熔けて行く体温にほだされてはだめだ、ここで頷いてしまえば頑なに守ってきた決意が崩れてしまう。
何故自分がブリタニアに渡ったかを思い出せ。何のためのナイトオセブンか。馴れ合いのためではないんだ。優しくされて受け入れて、大事になってしまうことはよくないことなんだ。
消さない罪を背負った咎人はもう罰なしでは生きられない。
君が罰をくれるのか?
違うだろう?
スザクは首を振り、黙れと怒鳴る。

「黙れ……だまれだまれッ!」

尖る声にジノは息を詰まらせた。そしてスザクの呼吸は荒くなる。

「何も知らず見せてもいないのに口を挟むな、心を覗くな、一番傍にいたんだ、ずっと見てきたんだ……なのに俺は気付こうとしなかったッ。あんなにも、ずっと……7年間も大事にしてきたのに」

今にも泣き出しそうな大きな眼がジノを見つめ、声を震わせている。
悲愴な叫びはジノの体をも痺れさせた。彼が一体何を想い、誰に向って嘆いているのかはわからなかった。

「もう戻れないんだ、二度と。ずっとこの傷は塞がらない」

誰にも癒せない。
膿んで開いたままの傷はずっとずっと忘れることをさせない。
スザクは両手で顔を覆い隠す。閉じた目蓋の裏は真っ暗で、行き先を閉ざして迷宮へと誘う。もう自分が何を求めて彷徨っているのかも分からない。
守りたいものは変わらないはずなのに、付いてこない気持ち。もどかしくて、狂おしい。ただゼロに見せ付けたい。自分が正しかったのだと知らしめて犯した過ちを償わせたい。そうして彼も、正しい選択をしてくれることを望みたかった。だからスザクは己が7年前から抱いてきた正義を変えることはなかった。
もうあの日には帰れない。どんなに願っても、彼はそれを過去と呼び僕を凌辱する。僕が罪で君が罰なんだ。それらを抱く僕のことをこの男に知られてしまうのが怖いのはこの温かみを失いたくないからか。
知らずとも優しくされ慰めてくれる男のことを懐柔していたのか。
なんて卑劣なんだろう。自分のために利用するなんて、それでは憎い彼がしてきたことと変わらないじゃないか。

「スザク」

ジノは綺麗に細い眉を寄せて、焦がれる者の名を舌に乗せた。彼の焦燥を理解できないことが唯一の悔しさではあるが、ジノはスザクが語ってくれるまで待つと決めた。
悲しませるつもりなんて、なかった。

「最初からなんでも決め付けるなよ、その傷が癒えなくたって私は構わないし私はスザクを傷つけるようなことは絶対にしない。それにスザクが悪いんじゃない。スザクは、きっと何も悪くない」

ただ、少し、違えてしまっただけ。
スザクだけが抱えて悩むことじゃない、とジノは言ってしまう。そのはっきりとした物言いに何も知らないくせにという苛立ちもあるが、同時に気持ちが和らいだ。
甘く囁かれる言葉に心が揺らぐなんて、どれだけ自分は弱ってしまっているんだろう。
青色と緑色が出会って混ざり合う。天井から降り注ぐ光の粒子がジノの髪を輝かせ、影になっても瞳の色は褪せることない彩り。

「本当に君は眩しい人だ。いつでも輝いていて曇りなんてなくて、羨ましいよ」

伸ばした手でカナリア色の髪を撫で、静かな音色で呟いた。

「少し言い過ぎたよ。ごめん、ジノ」

その素直な謝罪に胸が鳴った。微かに、笑っていた気がしたのだ。滲んだ碧が柔らかく。そして今、自分がスザクを押し倒していることをいまさら意識する。
見下ろすことが出来る彼の瞳、鼻、唇。かぁ、と体の中が熱くなる気がした。

「スザクになら何言われてもいいさ、俺はスザクを諦めたくないから」

吐息が触れるほどに近寄ると、またスザクの体が緊張したのが分かる。
ひどいことを言ったのにそれでも受け止める器量がある彼に飽きれた。そして感謝した。
きっとこの彼なら自分のことを分かってくれる。一緒のゴールを目指してくれるかもしれない。これは甘えなどではなく、そうすべき出会いなのかもしれないと今更思う。
しかしチラつく影に邪魔をされて、告げることは出来そうになかった。
むせ返るほどの花の香りが秘めた想いを惑わし、僕を隠す。それを暴こうとする彼の眼差しが堪えられなくて、スザクは困ったように眉尻を下げる。



「君ってモテるはずなのに、ばかな男なんだな。つまらない男にずっと引っ掛かっているなんて、色男が台無しだよ、ジノ」


それでも傍にいてくれることに、ありがとう、と告げた。
 
















                                


革命前夜、震える手