光がない。
音だけが聞こえる。
風が靡く音、誰かの笑い声、ルルーシュと手を振りながら駆け寄ってくる足音。
そんなものでない、冷たい音。
それらはもう藻屑となって消えた。遠いものに感じる。
音は冷たくルルーシュへと響く。これは機械の音だ。無機質で規則正しく大きな鉄塊を動かしている音。自分が今、どこに囚われているのかはっきりと分かる。ナイトメアの中のような計量器の音はしない。足を伸ばすことも出来る。
けど手は後ろに交差され布で縛られている。いや、それでも手は動かそうと思えば出来るし手首に金属が皮膚に触れる痛さがない。縛られている、というより拘束されている。それで窮屈だ。
これはブリタニアの拘束服だ。交差した袖をベルトで締められていて、さらに目隠しまでされている。だから光がない真っ暗な視界。右腕を動かそうとするととても痛い。
そうだ、この痛みはスザクのせいだ。
スザクが撃った。あいつが俺を撃った。あんなに激情していたのに、その後の彼と言えば冷ややかで友達に見せるような顔なんかじゃなかった。
お前が撃ったのか、俺を。
スザクは言った。許しは乞わないと。
ああ俺もそうだスザク。俺はお前を許さない。お前も俺を許さなければいい。
壁にもたれかけて重く息を吐く。
しばらくして機械の動力の音に紛れて、ゆっくりと近づいてくる足音があった。こつ、こつ、と鈍い音。それだけでは誰かは判断が付かない。
じっと待っていればエアドアが開く音がした。鈍かった靴音が、少し鮮明になる。

「ここには誰も来ないよ、僕だけだ。僕だけがこのガラス牢のパスワードを知っている。そして僕だけが、お前に会いに来る。お前のくだらない力はもう僕には効かないから」

その声は鋭く尖り、心が篭らないものだった。事実だけを述べ、気持ちはなくしてしまっている。いや、隠しているだけかもしれない。
彼はルルーシュに近寄ると、頭に被せていた布を取り去った。それでもまだ視界は塞がれたままだ。薄い明かりを微かに感知できるだけで彼の佇みも見ることが出来ない。

「スザク」

掠れたテノールの声に呼ばれて、スザクのこめかみが微動した。
互いに見えなくても、互いがどんな眼の色をして何を宿しているのわかる気がする。
ルルーシュからは空気が震動するほどの怒り。スザクからは静かな憤り。
ここはアヴァロンの中だよ、とスザクの声。アヴァロンとは式根島で見たあの巨大な浮遊航空艦だろう。そんなものに生かした自分を乗せてどこに行こうとしているかなんて、ルルーシュには分かりきったことだった。

「俺を殺さないでそのまま皇帝に突き出すのか?それでお前は満足なんだな」

劣勢だとしても言葉だけは挑発的だ。負けたわけじゃない、とルルーシュからの威圧に似たものにスザクはエメラルドの瞳を細めた。

「お前が僕の前から消えてくれるのなら満足だよ。けど殺さない。殺したら、僕が正しかったことがお前に見せられない。間違っていたのは君なんだルルーシュ」

「見せしめだけのためにとはお前も堕ちたものだな、それでよくそんな偉そうなことが言える」

スザクの指がルルーシュの顎を捉える。視線は合わずとも、間近に彼の色があることに唇を噛み締めた。

「お前だって散々偉そうなことを言って騙し、偽り裏切ってきたくせに。今更何を言われても僕は揺るがないよ、ルルーシュ。決めたんだ、僕は。君を皇帝陛下にゼロとして突き出してケジメをつけるって」

そうでもしないと、今にも心が折れてしまいそうだなんて言えるわけがない。目を見て話すと、最後の迷いを断ち切れない。
あの瞬間、ルルーシュを撃った時からもう戻れないのだ。
許しを願うことなんて、僕には出来ないこと。

「お前はバカだな。そうでもしないと俺とのことが忘れられないのか?そんなもの、ただの甘えだ。お前は俺へのケジメなんて出来やしないんだ」

いつかきっと後悔する。しないなんてことはない。
けれどルルーシュはたった一つ後悔していないことがある。スザクに「生きろ」と命じたことは、今でも正しかったと思っている。そのせいで自分がこうして拘束され理不尽な扱いされていても、スザクがその命に従ったのであれば本望だ。

「そうだとしても、僕はそうするんだ。しなきゃいけないんだ」

スザクはしゃがむと、ルルーシュの拘束服に手を掛けた。衣擦れの音がして、胸の金具が外される。彼の手の意図がわからなくてルルーシュは眉を顰めた。
何故スザクが服を脱がしているのか。

「スザク?」

それはひどく忙しくて、熱い手のひらだった。スザクに顎を噛まれ、曝け出した鎖骨へと辿る。不自然な行動に不安になり、ルルーシュは身体を捩るが腕の拘束は解かれないままで動けない。
すると自分でない衣擦れの音がした。
スザクは着ているパイロットスーツのチャックを下ろし、肌に密着していたものを中途半端に脱ぐ。薄暗い明かりに照らされた肌は健康的で、ルルーシュとの白さは違っている。またスザクの手が平たい胸に触れると、ルルーシュは息を詰めた。性的に撫でる感触に肌が粟立つ。

「何を、」

「最後の晩餐だよ、ルルーシュと僕の」

熱の篭った吐息が頬にかかる。
最後の晩餐。
もう二度と、ルルーシュとは会わない。だから最後に一度だけ、もう一度だけ熱を感じておきたかった。そんなものを求めてしまうことからしてやはり僕は囚われたままなんだろう。
けれどそれも本当の本当に、最後にする。
スザクはそう言うと唇を胸に寄せて、白亜の肌を優しく吸う。ひくん、とルルーシュの肩が揺れて「やめろ」と焦る言葉を零す。

「別に嫌じゃないだろ、ルルーシュ。君、僕とセックスするの大好きだったじゃないか」

甘くて蕩けてしまうほどに、いつでも抱き合って笑って好きだよと囁きあった。そんなものは、今微塵も感じられない。慰めあいのような、悲しさも感じない。
スザクに蹂躙される自分に腹が立ち、愛があったはずなのにそれがなくなった中での行為ほど愚かなものはないと思った。スザクの顔だって見れていない、何も出来ずにされるがままなんて嫌だ。
そうルルーシュが抵抗しようがスザクの手が止まることはない。

「スザクッ」

息が上がる。肌が紅潮する。スザクの息も、熱が孕む。
お互いの関係がもうぐちゃぐちゃになってしまっても、身体の熱は変わらない。触れられて、期待して、興奮する。無意味なこの行為も、スザクの中では意味があるんだろう。
例えルルーシュが望まなくても、スザクは今欲しくて求めてくることに目を閉じる。
あと数時間もすればきっとスザクは自分を物としてブリタニアに引き渡す。その熱は、冷たい。この熱は、今だけ名残惜しく感じるのも悪くはないのかもしれない。
スザクの濡れた唇が胸から腹へと下り、下腹部へと行き着く。
あっ、と彼が声を鳴らして足を閉じようとするがスザクは手のひらで押し止めて、股間へと顔を埋める。まだ萎えたままの雄を取り出して戸惑うことなく口腔へと咥える。

「ん、ンぅ」

唾液を絡ませた舌の生温かさに愛撫され、ゆっくりと形を現していく。手のひらにも包み、上下に撫で下ろして二つの袋も丁寧に揉んでやるとさらに口の中で大きくなる。
先端から先走りが零れ始めると啜り、しゃぶった。喉の奥まで咥えると身体の奥がじん、と耽美に濡れる情が染み出してくることにどきどきした。
潤ませた瞳は今の状況など忘れているよう。上目に見てみれば、苦悶するルルーシュが唇を噛み締めて堪えている。視界がないため、スザクが施す口淫ほど敏感なものない。
今、スザクがどんな顔をして自分のものをしゃぶっているのかを記憶を辿り思い出して、心臓が高鳴る。呼吸の間隔が短くなってきて姿勢が前屈みになってくる。
続けられるスザクの愛撫は気持ちがいい。赤い舌に堅くなった肉を舐められてどうしようもないぐらいに張れてしまっていてもういつ吐き出してしまってもいい状態だった。
しかしそれをスザクは突然口から離して手の甲で唇を拭う。そして膝までパイロットスーツを脱いでしまうと、ルルーシュの上へと跨った。

「う、ン……」

ルルーシュの肩を掴かんでバランスをとると、スザクがくぐもった声を洩らす。ルルーシュには何をしてそんな喘ぎが零れたのかわからず、荒い息で呼びかける。
ふわりと頬にスザクの柔らかい髪を感じた。

「スザク、?」

スザクはルルーシュの先走りで濡れた自らの指で双丘の奥にある蕾を探り、押し開く。いつもならルルーシュがしてくれるものを自慰のようにして弄る。
彼の息が上がり、零れる甘い吐息にルルーシュも彼が何をしているのかを知る。小さな水音が響いていてなんて卑猥なんだろう。
スザクが見たい。これが最後だというのならなおさらだ。
緩む空気が気持ちまでもをぼんやりとさせる。どうしてこんなことになってしまったのだろう、と愚鈍なことばかりが過ぎる。傷付け、付けられて。裏切り裏切られて。
こんな連鎖は断ち切ってやる。そのために、僕はゼロを連れて行くんだ。もう裏切られないよう、忘れないようにー。
結論から言うとスザクはルルーシュを忘れることなんて出来ないのだ。忘れてしまったら、スザクの7年前の出来事がすべて無駄になってしまうから。
ルルーシュが生きていることが、スザクの前提なのだ。

「ふ、ン……」

つらつらとくだらないことばかりを走馬灯に乗せて浮かべて、ようやく指を自分の中から引き抜いた。その指ですっ、と隠されたルルーシュの目蓋を撫でる。
赤色をした禍々しい瞳と、綺麗なライラックの宝石。そして流れる漆黒の髪は見るものを魅了してしまう。
そんな君が、誰を殺して何になろうとしてルールを破ってきたのか。
奥歯を噛み締めてスザクはルルーシュの唇に唇を寄せる。半開きにした唇に積極的に舌を差し込めば、誘われてルルーシュの舌が触れてくる。

「ルルーシュを僕が食べてあげるから、ちゃんと味わってよ」

それから自分の腰を落として、彼の熱を解した秘処へと招く。屹立したままの雄の先を浅く擦り付けてからゆっくり、ゆっくりと爛れた中へと挿入させる。

「あ、……んぁ」

粘る内部の窮屈さにルルーシュは一瞬の呼吸ほ忘れる。スザクは喉からくぅん、と鳴きながらどんなに狭くてもそこへと堅く熱い楔を打ち込む。
痛いのは当然だ。だけどそこから拡がる悦を知っているから、味わいたくなる。
僕だけが知っている、ルルーシュの熱情。
隘路に挟まれた肉茎は襞を擦りながら奥へと届いていく。耳元でスザクの呼吸がする。とても忙しくて苦しそうで、気持ち良さそうな喘息。
どんなふうに大きい深緑の瞳を滲ませて自分の雄を食べているのだろうかと妄想する。桜色の唇は半開きに喘いで、心臓の音は速く濡れた肌。揺するたびに眦から涙が零れ落ちて、ココア色の髪がふわふわと視界に揺らめく。

「あ、あん」

恥らうことなくスザクから洩れる言葉と貫いた内部の熱さに理性なんてものは通用しない。本当ならこのまま突き上げてむちゃくちゃにしてやりたいところだがそれは出来ないじれったさ。
スザクは自ら腰を振って、ルルーシュの熱を翻弄する。そのたびに襞が蠢いて痴戯に酔い痴れたリズムを奏でる。肩を掴む手の力が強くなって、しがみ付く。

「スザク、随分と気持ち良さそうじゃないか。これが最後だと思ってるからそんなに興奮しているのか?」

薄らと笑みを浮かべて余裕を見せてみる。しかし実際、快楽の虜になっているのはスザクだけではなくルルーシュもまた彼という淫靡の波に攫われていた。

「味わえよ、たくさん。そして俺のことを思い出していっぱい自分を慰めろよ」

解した場所に根元までルルーシュの雄を咥えてしまうと、臓器が押し上げられるような圧迫で息がしずらい。緩く腰を捩じらせて断続的に続き刺激。
見えていないはずなのにルルーシュが自分を艶のある色で自分を見つめている。

「うるさいな、ぁ、……僕が君を、思い出すなんて、ばかばかしい、っ」

うそとほんとう。
その言葉はどちらでもなく、中途半端な言葉。

「最後の食事ぐらい、静かに食べたらどうなんだい?」

スザクが笑った気配がした。
そして口付けられたことに眩暈がした。
小さなその唇からの吐息を盗んで、貪る。

「うるさいのはお前の方だろう?スザク」

こんな無意味なことをしてまた罪に溺れて、お前は何の覚悟を決めたのだ。
ルルーシュにスザクの苦しみは分からない。
スザクにルルーシュの想いほど伝わりはしない。
虚しいだけの一方通行は、とうとう最後まで片道。
ルルーシュの上に跨って淫らに腰を振るスザクは泣いていた。ルルーシュは大嫌いと言われようが睦言のようにスザクを呼ぶ。そんな風に呼んでももうそれに応える気はないというのに。

「スザク、泣いているのか?」

声が篭る喘ぎと嗚咽交じりに苦しそうな呼吸に視線を向けた、つもり。スザクが大きな涙の雫を零している瞳は容易く想像できた。
スザクはそれには返事することはなく、染めた頬に伝う雫を拭い今出来る精一杯の虚勢を張る。

「大嫌いだよ、ルルーシュなんか。君が憎い憎いにくい、大嫌いだ」

ばかな男だ、ルルーシュ。
また自分も、ばかな男だ。
憎いと思う男なのにこうして最後だからと勝手に利用している。ユフィも、ルルーシュもいいように使って自分が得る理想世界とは彼が欲しがった世界と違うだろうか、それとも一緒だろうか。
その答えはこの先にあるはず。
享楽に身を委ねながら鋭い痛みを甘美に替えて、スザク自身からも蜜を垂らし震えて絶頂を待つ。もう二度と、この熱を受け入れることがないのかと思うときゅう、と中が締まのを感じて自分の雄を握りこんだ。
あっ、と声を詰めた瞬間に堪えていた劣情がスザクの中へと溢れた。灼熱の感情に身体が崩れ、スザクも禁を解き放って精を飛沫させる。溶け出した熱は空気にも浸透し、互いを纏った。
エメラルドグリーンに縁取られた双眸が重たく、閉ざされていく。
艶かしい溜息のあと、枯らした声でスザクは最後の愛を囁いた。
「さようなら、僕の愛しい人」、と。


もうこれ以上、君を好きにならない嫌いになんてならないよ。











                                     


最後の晩餐