時計の長さが異なる針が差している数字はちょうど2と12。
もぞりとブランケットの中で体を動かして、薄らと開いた目があたりを見回す。しかしその目蓋はとても重くて開けていられない。ゆっくりと瞬きをして乾いた眼を動かした。
さっきの時計の時間は2時だった。
だがそれが昼ではなく、夜だと部屋の明るさから察した。そうでなくても、眠りに落ちる前を思い出せば深夜だと知る。
柔らかいベッド、清潔で汗臭くない。
小さな呻き声を零して寝返りを打つ。まどろんだ翡翠の瞳が薄明かりの中で白い背中を見つけて、口を開いたがその名前は掠れていた。
「ルルーシュ」
篭った声に反応して振り向くと、ルルーシュは綺麗に微笑んだ。
「おはようスザク、よく眠っていたな」
彼は椅子を引いて立ち上がり、2.3歩歩いてベッドへと腰を下ろした。暗い中でも彼が持つ紫水晶はとても綺麗で、魅入ってしまいそうになる。スザクはやっと意識が浮上し、唇の端を緩める。
ルルーシュの指がスザクの栗毛をあやすように触れる。それはいつもナナリーにおやすみをする際にしているくせのような仕草だ。
「よく寝た、というか寝すぎだよね。ごめん、こんな時間まで君のベッドを独り占めしてしまった」
確か最後に覚えている景色もここだった。
少し寝るといいよ、と言って夕方ぐらいルルーシュが言ってくれてその言葉に甘えて彼のベッドに潜り込んだ。本当に少しの休憩のつもりだったのに日付が変わるまで寝てしまうなんて自分でもびっくりだ。
「いや、いいさ。お前、今日は大活躍だったからな。毎日軍と学校と忙しいのに今日の体育祭だ。おかげでうちのクラスが優勝できたんだ」
晴天に恵まれた今日、学校行事としては欠かせない体育祭が開催された。お祭りごとが好きな生徒会が仕切る体育祭もイベント事が山盛りでクラス対抗に続き応援合戦に学年でトップになったクラスとの学年競技、もちろん部活対抗リレーもある。
体力馬鹿とルルーシュから散々言われているスザクはもちろんクラスでも生徒会としてのエースであるため、どの競技でも引っ張りだこでルルーシュが無茶をするな、と言ってもスザクは笑って大丈夫だよ、と返す。
スザクがいれば百人力、というのもまんざらでもなくクラスでも栄光の一位、部活動として生徒会も参加しているためそこまでも優勝をもぎ取っている。
リヴァルがすぐに現像に出してくれた写真には生徒会の面々と一緒にトロフィーを嬉しそうに持っているスサクがいた。
しかしスザクと言えどサイボーグではないのだから一日中体育系をこなしていれば疲れるというもの。ましてや軍でも働いて学校にもちゃんと出るという二つの生活があるのだから他人より余計に疲労するはずだ。
それをわかっているというのに無茶させる奴らと、自ら気にしないと言って付き合うスザクに呆れもする。
体育祭の後片付けも終わり、ルルーシュはスザクを夕食に誘って部屋でしばらく談笑していれば彼がとても眠そうだったからベッドを貸してやった。
「会長も会長だ。去年、柔道部に負けたことが相当悔しかったんだろうけど、まず生徒会じゃ運動部に勝てるわけがないのに今年はスザクがいるからって」
額に手を当てて飽きれた溜息を洩らす。
「はは、でもすごく皆が嬉しそうだったからやりがいがあったよ。僕も楽しかったし」
「その結果がこれだろ?それじゃあ本末転倒だ」
一度閉じられたスザクの瞳はしっかりとくっついたままで、小さな唇から吐き出される寝息が途切れることはなかった。こういうのを泥のように、というんだろう。
その愛らしい寝顔を何時間も見つめていられたことはルルーシュだけの秘密であり特権だった。
「もう遅いし、ルルーシュに悪いから帰るよ」
長いことベッドを占領してしまい、このままではルルーシュが就寝できないことを詫びてスザクは体を起してブランケットを剥ぐ。が、ルルーシュがスザクの肩を力いっぱいに掴んで押してシーツの海へと戻した。ふわっ、とココア色の髪が舞って散らばる。驚きに丸くなるエメラルド色が二つ、ルルーシュを見上げた。
「ルルーシュ?」
「もう遅いなら泊まっていけばいい」
「けど、」
強引なルルーシュの台詞にスザクの笑みは戸惑いを浮かべる。確かに、軍の寄宿舎に帰る理由はない。今帰ったところで誰かが待っているとか仕事があるわけでもなく、同じようにベッドの中に入るだけだ。
近すぎず遠すぎない距離のルルーシュと自分を保ちたいという自己防衛なんだろうか。だがそんなもの、破錠してしまっているのかもしれない。
この美しい彼の腕の中で抱かれるようになってしまった今では。
「何も遠慮することなんだろ?友達なんだ、泊まっていくことなんて誰も疑わないさ」
ルルーシュがベッドに手を付いて体重を傾けると、ぎしりと小さく軋んだ音。耳に掛けていた一房の黒髪が降りて、顔の半分を隠してしまう。
あやしく彩られたライラックの宝石が意図を持って滲むのを見て自分の顔が、熱くなるのを感じた。
「迷惑だなんて言うなよ。俺は一度もお前のことを迷惑なんて思ったことはないんだ、むしろお前をここからブリタニア軍なんかに帰したくないな」
折りたたむ彼の言葉はお願いしているのではなく強要していて熱っぽくて、頬に掛かると体が勝手に緊張する。
「なぁスザク」
泊まっていけ、ともう一度ルルーシュが囁いて乾いた唇に自分の唇を軽く押し当てた。そして彼の指がシャツのボタンを掴んで外していることに気が付いて、スザクは慌ててルルーシュの胸を押しやろうとする。
「ま、待ってルルーシュ、何して」
手際よく第3ボタンまで外すと露になる首筋と鎖骨に顔を埋めて、肌へとキスを施す。
その柔らかいルルーシュの唇と生温かさに、スザクの喉から呻き声が零れた。寝ぼけていた意識はそこで完全に覚醒する。
ブランケットを引き剥がしてスザクの上へと跨るルルーシュは楽しそうに笑っている。
「寝込みを襲ってもよかったんだがそれじゃあ後が怖いと思ってたんだ」
にやっと歪んだ唇に、スザクの太い眉が下がる。
「したいがために泊まっていけ、と僕に言うんだな」
「それが全てじゃないよ。本当にスザクを心配した上での行動だ」
「それでも今の君にその言葉の説得力はないと思うけど。それにこんな時間だ、今からするにはちょっと遅いと思うけど」
「じゃあやめるか?」
自分から乗っかってきておいて不満だから言い返しただけなのにブツッと冷めることを言われるとスザクはまるで自分が悪いことをしてしまったかのように錯覚に陥る。
ここでやめられても中途半端に火照った体のままじゃあしばらく寝付けそうない。
スザクは悔しそうに唇を曲げる。
「……君が泊まっていけと言ったんじゃないか」
するりと伸ばした手でルルーシュの項を擦り、顔を近づける。
「君は意地悪だ、ずるい」
そして僕を甘やかすのがとても上手だ。ついうっかり、いけないと思いつつも彼の口車に乗ってしまう。重ねた肌の熱は罪をも重ねて、焼き付ける。
誰かと馴れ合って心の隙間に侵入させてしまえば、僕が居なくなった時に悲しんでしまう。
僕はいずれここからいなくなる人間だ。
ルルーシュが悲しむ顔なんて、見たくない。
それなのに、引き寄せられて惹き付けられて囚われる。
「意地悪?さて、何のことだか。俺は素直に言っているだけだ」
「無自覚が一番怖い、てわかってる?君」
「自覚はあるさ、そうじゃなきゃお前と一緒に寝たいなんて思わないだろ?」
ルルーシュとでは言葉遊びで勝てない。
スザクは仕方ないな、と小さく笑ってルルーシュの襟元を掴んで寄せると口付ける。
手放した手のひらに彼の指が這ってきて、指と指か絡み合う。息を盗むほどにキスに翻弄されて、眩暈がする。
ちらりとまた時計にやると時刻は2時15分。
罪悪感とか、愛情とか、色々とあるけれど目蓋を下ろし、スザクは夢中になってルルーシュの愛撫を受け入れると世界が彼一色になってしまって、盲目になる。
それでもいいかな、今は。
今だけなら、きっと神様だって閻魔様だって許してくれる。
「ルルーシュ」
失くしたくない時間の導火線に火が付いて迫ってきてもその線を繋ぐ。最後には華やかに散ってくれることを望んで。
ルルーシュはいい匂いがする。すん、と嗅いで彼の腕の中で眠るのは心地良いから大好きだった。
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夜明けの匂い