紅蓮の色があちこちに飛び火していて、ここは地獄絵図の中のようだった。
響く音は銃撃と悲鳴。
ここはいったいどこの戦場だろうかと、7年前の戦火を錯覚させるほどに鮮明で、無慈悲ー。

気が付いたときには体は走り出していた。
気絶していたと思われる数分でどうしてこうも世界が一転してしまったのか。

その真実はあまりにも信じがたいこと。

嘘だ。
そう、頑なに閉ざしてスザクは駆ける。
こんなの、絶対にありえない。
土煙に巻き込まれて視界は薄い。その中でも聞こえ続ける叫喚に耳を塞ぎたくなった。
ガンガンと耳の奥で鳴り響くのは警戒音か。
地を踏みしめれば真新しい血痕。流れる、色。聳える黒いナイトメアたちが、悪魔の使者のようだ。

(ユフィがそんな命令を出すわけがないっ)

このスタジアムを恐怖に陥れた本人が自分の仕えるユーフェミアだとは、どうしても思えなかった。
日本人を虐殺せよ。
そんな言葉が彼女から飛び出すなんて、誰もが思わないだろう。
その彼女が今、どこにいるのかスザクは探し続ける。

(あるわけがない、だって、だってー)

体が戦慄く。慟哭する。

(だって彼女は、僕に自分を好きになりなさい、と言った)

息を切らしてスタジアムの観客席へと足を踏み込む。そこでも繰り広げられた惨劇に、胃が熱くなって渦巻く気持ち悪さが喉まで這い上がってくる。

世界が、燃えるように赤い。

怒りよりも虚しさが心へと染み入って行く。

なぜ、どうして、こんなことに、なぜ。

ループした疑問はまたもう一度始めに戻りスザクを犯して行った。
縋るように、空を仰いだ。
熱風が通り過ぎて、鳶色の髪を掻き乱す。


「……どうかお願いですから、僕を裏切らないでー、」


スザクは唇を噛み締めながら唱える。
彼女までもが自分を裏切る。
自分を好きになりなさいと必死に言いながら、目の前の扉をなんなく開けてくれていたはずのユーフェミアが。
あの日、あの島で、自分で自分を裏切った。
父への思いを、ルールを、生きたいがために裏切った。
何故どうして自分は足掻いて生きたいと、思ったのか。
どうして生へと執着し、死へと憧れるのか。そのアンバランスさがまた一層に、均衡を崩す。
彼女はそんな僕に場所を与えてくれた。
笑って、手を差し伸べてー。
それは全て、夢幻の妄想だったとでも言うのか。

世界もまた、スザクを裏切り続ける。
理想は理想のままだと。
世界はスザクを孤独にする。


あなたまで僕を裏切るのですか?


歯痒くて苦しくて、息が詰まった。
まるでこれは父のときのようだ。徹底抗戦を強いた父はそれがもたらす日本の未来を見ようとしなかった。

続く殺戮を、見ていることは出来なかったのだ自分には。
何も解決にならない戦いなど無意味だということに、気づいて欲しかっただけなのに。
父の過ちを、現実に見ているような気がした。
その途端、全身が震える。
誰がこれを引き起こして、誰が止める?だれが。
ごくりと、喉が鳴る。

「ルルーシュ……」

ルルーシュ、助けて。

渇く口腔から紡がれた名前は、彼女でも誰でもなく彼の滑らかな名前。
近くで爆風が巻き起こり、白と金の装飾がされた騎士の礼服は汚れてしまっている。

助けて欲しい。
このまま蹲り、息を止めてしまいたい。
そうすればどんなに楽だろうか。
父のことも、自分から背負った罪も忘れて逃げ出してしまえたらー。

ルルーシュ。ルルーシュ。

たった一人の代わりなどいない友達。
たった一人、今の僕も昔の俺も受け入れてくれた人。
ルルーシュだけは、きっと裏切らない。ずっと、どんな僕になっても、変わらないままの君でいてくれる。
君の声が聞きたい。
「馬鹿だな」と、その一言だけでもいい。それだけで、救われる気がした。

スザクはふと口元を緩めて、「馬鹿なのは僕の方かな」と、零す。

「こんなとこで声が聞きたいなんて、なんて我儘なんだろう、僕は」

掠れる声。
悲鳴はもう、聞こえない。
ははっ、と笑って前を向く。
泣き出しそうになる気持ちをまた、閉じ込める。


ああ、君はいつも僕が(俺が)悲しいとき辛いときに傍にはいてくれないんだね。
これこそ、僕の我儘なのかな。


「それでも、」


ルルーシュ。
君の声が今、聞きたかったんだ。

※22話血染め の ユフィ ネタバレです。そして捏造でごめんなさい。

腐って落ちた果実