手渡された携帯電話を持ち主に返すと、彼は電話の向こうにいる少女と一言二言交わして切った。薄暗い夜に校舎の下から灯る明かりに照らされて、鋭く顔色を沈める。
スザクの顔色は変わらないが微かに困惑していることぐらい、読み取れた。
彼はここで自分がボロを出すと核心していたのだろう。記憶が戻り、またゼロとして表に立ったことに。
確かにあのままでは認めていた。しかし状況とは常に変わり、不利にも有利にもなる。今の時間はルルーシュにとって有利に作用したという事象だけが残る。
ルルーシュは頬を緩めてスザクに微笑んだ。
「なんだったんだ、今の電話は。俺と皇女殿下に電話をさせて何をさせたかったんだお前は」
取り繕うことにもう罪悪感なんてない。
それはスザクも一緒だろう。
互いに厚い仮面を被って向き合って、騙し合う。
「いや、別に深い意味はないんだ。ただー、」
スザクは無理にでも唇の端を上げて、肩を竦めた。
「僕の友達の話をしたら、すごくその人に似ている人を知っていたみたいで、確認させて欲しいと言われていたんだ」
ごめん、と最後に加えて丸い翡翠の瞳がルルーシュを見つめた。
「けど人違いだった?」
「うん、そうみたいだ」
堅い笑顔が、ルルーシュを見る。それを受けてルルーシュの瞳の紫苑色が細く滲む。
嘘ばかりだった日常。そしてここにいるたった一つの真実を知っているスザクまでもが、嘘の産物。
滑稽だなと笑い転げたくなるのを抑えてルルーシュは視線を外した。自分を落とし入れ、ナナリーまでもを巻き込んでスザクは卑劣な奴になってしまった。
分かろうともしないで銃を向け、否定しまたこうして偽りの友を続ける。
何も楽しくない、嬉しくない。あの時再会したような嬉しさが、感じられない。苦くて吐き出してしまたいほどの感情を溜め込んでいるのにここで吐いてしまえばいっそのこと楽になるのか。
こんな茶番劇をどうしてスザクも受け入れているのか。
何も分からないわけじゃないだろう?、と問いたい。
分かっているから、こうしてお前は問うのだろう?、と抉りたい。
卑劣なやり方で利用したというのに、どうしてお前が追い詰められた行き場の無い顔をするんだ。次の言葉を探し、彷徨いなくす声。
俯いたスザクの目の色は戸惑いに濁りそれでも真っ直ぐにルルーシュへと注ごうとしている。中途半端な優しさなんて、自分に報復するだけで辛いのは己自身だ。
お前が素直に俺のことを暴いてしまえばいいのに。そうしたら、俺はお前に何を言うだろう。
許しは乞わない。
ただ、もう一度言うのだろう。あの時のように、もう一度世界を変えて世界を手に入れると。気に入らないお前の大嫌いなゼロの言葉で。
スザクは甘い。
ルルーシュを売っただけで自分にもう一つの罪を着せて殺さなかった。ルルーシュが生きていることは、スザクの罪であり甘さだ。
そう罵れば、逆上するスザクの姿が脳裏にすぐ浮かぶ。
スザクが俺を殺さない限り正義なんてない。何度でもスザクの目の前に立ちはだかって無視はさせない。
スザクは俺がいなければ自分の正義を証明できない。
なぁ、そうだろうスザク?
尽きないスザクへの追及を、並べて苦痛に堪える姿を想像し愉悦したくなった。
「僕が、」
下の広場から聴こえる音楽のリズムが変わる。くるくると回っていたペアたちが離れ別のパートナーを連れてまた手を取り、音楽に合わせて楽しげに踊り出す。
その音楽にスザクの震えた声が重なった。
「僕がもし、ナイトオブワンになれたら、君はどう思う?」
眼差しはルルーシュを射る、真っ直ぐに。それでいて、揺れる。
また視線が出会うと柔らかく、ルルーシュの双眸がスザクを捉えた。どきりとするほどその色は綺麗で、スザクの中で色褪せることのない思い出の宝物。
「それがお前のやりたかったことだから、ブリタニアの行ったんだろう?なら、俺は応援するよお前を」
嘘を付くのは簡単だ。
何度だって付いてやる。
けれど付けない嘘だって、ある。どれを汲み取るかは、スザク次第。
ルルーシュの言葉が意外だったのか、スザクはきょとんと目を丸めた。
それは本心?とでも、言っている顔だ。
「なんだよ、俺からの励ましの言葉じゃ不満なのか?」
ルルーシュがひどいな、と乾いた笑みを浮かべると慌ててスザクがそうじゃないよと首を振る。
「ありがとう、ルルーシュ」
甘く響く声色が、空気へと浸透して震わす。交わしていた言葉はいつだって、心を震わして心を通わせて囁いていた愛しいものだった。
それすらも今の自分たちにとっては嘘偽りのものではかないのだろうかと、ルルーシュは奥歯を噛んだ。
何も、スザクを理解してやれなくて、悲しい思いばかりをさせているのは自分なんじゃないだろうか。卑劣で酷い男は、自身なんじゃないだろうかと落下していく気持ち。
そうだとしても、スザクがルルーシュにしたことは変わらない。ルルーシュがスザクにしたことと同じように。
スザクの目標なんて遥か遠いものだ。いつになるか分からない。それでも彼はいいと思っているから、自分の思いを貫いて今を必死に生きている。
思いとは交わるためにも、違えるためにもある。
そうして人とは成長していける生き物なのだ。
スザクとルルーシュもそうだ、成長の過程にしか過ぎない。
結末なんて、誰にも分からないのだからー。
「新総督が就任すれば、日本は変わる。変えてみせる」
強固な意志を持ってスザクがそう宣言する。
ルルーシュはそれを受けてたとうじゃないかと、射に構えて不適に唇を歪めたがスザクにはそれが見えなかった。
「期待しているよ、これからのお前に」
世界を変えるのはスザクじゃない。
その役目を譲る気なんてルルーシュにはない。
「スザク、」
佇んだままのスザクにルルーシュが手のひらを差し出す。白いその手に視線を落とせば、強引に手を掴まれて、ココア色の髪がふわっ、と夜風に靡く。
「せっかくなんだ、俺と一曲踊ってはくれませんか枢木卿?」
わざとらしく、下から覗きこんでかっこつけの台詞を吐く。まるで王子さまがお姫様にダンスを申し込んでいるように。
下ではまだ生徒たちがかわるがわるにダンスを嗜んでいる。
冷えた手に手を添えて、スザクは困ったようにはにかんだ。
それは自然と零れたもの。
まだこんな感情が残っているんだと、後悔しているようで惜しむように握り締めた。
今わからなくたっていずれは分かってしまうこと。
ならこの一瞬だけでも目を瞑って道化のように踊ってしまおう。
そしてまた明日から始まる新しい世界に向って、空を見上げる。
生きて、僕に出来ること。僕がやらなきゃいけないこと。
忘れるな、と言い聞かせて踏み出す一歩は切なくて、枷の外れない囚人の足。
氷の上のダンスは崩れたら最後。泉の下に映るのは本当の君と僕?
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氷の上でダンス