プツリと切れた通信画面は真っ暗だ。
そしてスザクの心中も大惨事だ。
先の日本海域での黒の騎士団との戦闘(とは言え、一方的な威圧攻撃)での報告を本国へと済まし、その際に皇帝陛下直々ではないが、代行人である秘書官から声明が下された。
ナナリー総督が着任する直前の空中戦のことも兼ねての報告と評価はよろしいものではない。
黒の騎士団がはじき出したブリタニアに対する負債はたった数日で上昇中。ナイトオブラウンズが3人もいながら一向に収まらない事態は拍車がかかる。
今回はジノもアーニャも政庁でお留守番を任されて、スザクが1人で艦隊を率いて黒の騎士団と思われるタンカーと接触したがその結果、惨敗の酷い結果を曝してしまった。
数十キロに展開していた全ての艦は転覆し、ポートマン2も海底から湧き上がったメタンハイドレートの泡によって全滅。
エリア11でのスザクの初陣はまったくをもって最低な方向を指し示していた。
しかし立場は軍人とは言え、通常の指揮系統を外れたナイトオブラウンズ。軍属により指揮官の失敗とはまた対応が違うというもの。
全ては皇帝が決める。
それがナイトオブセブンのことを不問に処す、との言葉だった。
だが言葉ではそう伝えられても、もう次はないかもしれない。ナイトメア戦には自信がある。1年間でそれらを結果に出してきた。
それと今回の失敗が相殺されただけで、溜めてきた実績がゼロに戻ったようなものだ。
本来なら降格か、任務を外されるか。どちらにしろスザクの未来は閉ざされたこととなるところだ。
スザクの双眸は細く尖ったままで乱暴に外したグローブを今は誰もいないラウンジのソファへとたたき付けた。
上手く行かない。なにもかも。
途中までは大丈夫だと思った。
ゼロが再び現れてからおかしくなった。
ナナリーもルルーシュも自分も、周り全てがまたかみ合わない歯車の音となる。
またも自分が理想としたものをへし折られるのか、と過去を顧みてぎりりと奥歯を食い縛った。そんなことはもういやだ。二度とさせないしたくない。
そのためのラウンズだ。そのための、エリア11配属の枢木スザクで今回の作戦だった。

「散々だったなぁ、スザク」

その時、後ろで扉が開くを音がして入ってきた彼がスザクが真っ先に見つけると最初に開いた言葉にスザクうんざりする。
振り返ればにやり、と口元を意味ありげに緩めているジノがいた。
青く澄んだ色が瞬きもせずにこちらを見つめているのが気分が悪い。それは自分が悪い、と思っているから居た堪れないのだ。
彼が自分に何を言いに来たかわかるから。
黙ったまま、スザクはジノを見返す。
いつものにこやかな笑顔で歩み寄りながら、形のよい唇から紡がれる言葉がスザクへと刺さった。

「最初は判断は正解だろう。警告したのち、それでも従わないのなら射撃したっていいけど、そこまでだったな。あとは失格」

従わないのなら敵と見なし、攻撃をする。それがブリタニア軍には許されている。
その指示を出し、海中に逃げるだろうという予測の選択も間違っては居ない。
問題はその後、だ。

「じゃあ君には出来たって言うのか」

自分の失敗は自分が一番よくわかっている。それをジノから指摘されるのは気に入らなかった。
わかっている。
自分よりジノの方が戦略も強さも上だということなんて。
けれど、黒の騎士団、ゼロのことに関しては一歩も譲りたくなかった。
僕が一番わかっている。それなのにあの様だということが自分でも悔しいことぐらい。
ジノは食いついてくるスザクの険しくなる形相に臆することなんてない。それよりもっと怒らしてやろうか、と火に油を注ぐ。

「日本海にメタンハイドレートの採掘箇所がある、てことは知っていたけど俺はエリア11には詳しくないし、即席の作戦であの場合黒の騎士団がそんなものを使うところまで予測不可能だ。だから俺でもあの場合、無理かもしんない。けどなぁスザク、その後だよ」

見上げるジノの距離が縮まって、声の配色が暗くなる。

「スザクはゼロしか見てない。全ての艦隊はお前の命令一つが簡単に動いて死ねるんだ、それなのにお前はその何百という命を見てなかっただろ?これはスザクが得意とする単騎突入で出来ることじゃないんだ、お前にその命を背負えって言うのは無理な話だろうな」

刺々しい言葉にスザクは爪が食い込むほどに拳を握り締め、彼からの視線から逃れることなく睨みつける。
それがひどく手負いの傷の猛獣なようで、ぞくぞくした。
追い詰めれば追い詰めるほど、彼を知ることができる。

「すぐに残存兵力まとめて立ち直すのが指揮官の務めでしょ。あのまま唖然としてたって、何も変わらない」

すぐにジノとアーニャが辿り着いたからよかったものの、全ての艦隊が転覆した後の対応のジノの迅速さと的確な指示にはスザクには出来ない芸当だった。
だからスザクはいまだにセブンの地位でいられるのだろう。
最小限に抑えられた損失だが、スザクの給料でも全てのマイナスを払うには時間が掛かりそうなほどの額だ。
背の高いジノが少し背を曲げて、スザクを見下す。

「そんな調子じゃセブンの席も長くないかなぁ、スザクは」

からかわれているのか本気なのか。
ジノの言葉の節の脅しに似たものに、スザクの瞳が静かに燃える。
言い返してやりたくて、腹の中にぐるぐると渦巻く不満不安に押し潰されないように、虚勢を張って奮い立たせる。

「これは君の失敗じゃない、僕だ。なのに分かっていることを君からも言われたくない、君なんて僕の何を知っているっているんだ。君に僕の今後を心配されても困るし、してもらう必要だってない」

震える声に込められたスザクの苛立ちにジノの唇がゆっくりと閉じる。綺麗な青色はいつもより低い温度で燃えていて、冷たく思えた。
何度目だろうか、スザクに「何も知らないくせに」と言われるのは。

「あのなぁスザク、ラウンズだからって何でもしていいとか思ってない?」

「思ってない」

ジノは不敵に笑って小首をかしげた。この憎たらしい仕草にスザクの眉尻が吊り上がり、即答したがもう話すことはないと部屋から出ようとジノの横をすり抜けようとする。
が、それを許さないジノはスザクの手首を掴む。
離せと声を上げようとする前に掴まれた力強さに痛い、と喉から潰れた声が洩れてそのまま背中を壁に強打した。

「なにすー、」

「たった一年ラウンズやっただけでもう一人前気取り?どれだけ頭が弱いんだ、スザクって。ラウンズならもっとラウンズらしく振舞え、たった一人の男に私念を燃やして今までやってきたこと台無しにしていいの?よくないだろ?お前がやってきたこと、ここで潰れちゃっていいの?」

自分をすっぽりと覆ってしまうジノの影に、怯えた。
エメラルドの瞳が行方を彷徨い、それでも気丈にしていようと関係ないと跳ねつけようと足掻いている。
ジノは一年間、枢木スザクという男を見てきた。
何をそんなに必死になっているのか。何をそんなに遠ざけて、貫こうとしているのか。
何も話してくれないけれど、それなりにわかってやりたい力になってやりたいと思った。
彼がしてきたことはこんなことで失ってしまうような儚いものではないはずなのに、それをスザク自身が盲目でいるから許せない。
今回は降ろされることもなく、エリア11での任務を任されてるからいいもののもし、スザクがラウンズでもなくなってしまったらジノにとってはそんな至極残念なことだ。
スザクがしようとしていることを見てやりたい。
押し付けたスザクの肩をちからいっぱいに掴むと、彼の表情が痛みに堪える色を浮かべた。

「僕はっ、僕はゼロを殺さなきゃいけない。またここで悲劇が起こらないように、目指すもののために僕はラウンズになったんだ、どんなことをしてでもーっ」

過ぎる記憶に鳥肌が立つ。
何を対価に手に入れた過程と結果か。
しかしそれでいいんだ、とスザクは決めた。決めたから、ここにいる。

「勝手だな。それならいっそのこと、私がお前の失敗談を美談として伝えて外してもらえるように言ってやろうか?そうしたら私がお前を一生大切に鳥かごの中で飼ってやるよ」

くつくつと酷薄に笑って、指先を服越しに食い込ませるとスザクがうっ、と呻いたがジノを見つめる碧色の濃さは変わらない。眩しい笑顔も彼には似合うけど、ふいに見せる不機嫌そうでクールな顔もよく似合っていた。
ゆらゆらと視界の端で揺れているカナリア色の三つ編みされた髪。

「そんなの、冗談じゃない。ジノに飼われるほど、僕は弱くない」

いくらでも戦ってやる。そうしないと、僕は生きられない。
似合わない指揮官だってやってやる。やれるんだ。
それなのに、やっぱり上手くいかない。ジノの前でも、上手く自分が偽れない。
悔しくて涙が零れ落ちそうになるのを堪える。
ジノの言う通り、失敗がすごく怖かった。これで僕はもうお終いなんだろうかとも思った。
それでもラウンズでいられることへの期待と罪悪感に、膝が崩れ落ちそうだ。
そんなスザクを見ていて、ジノは大きな溜息を吐いて手を離すと抱き締めてやった。

「悪かったよ、冗談だって」

本気で言ったつもりはなかったけれど、それもいいかもしれないとも思う。こんな危なっかしい少年が自分と同じラウンズでいることは、自分のためにもスザクのためにもならないのかもしれない、なんて。
ただ少し、気付いて欲しかった。
何でも1人で抱えないで言って欲しい。
力になってやれる自信はあるのに、それをさせてくれないスザクにジレンマ。
握り締めたスザクの手のひらはいつの間にか開かれて、ジノの胸に預けた身体の力は緩んでいた。

「ごめん」

たった一言、スザクは呟いて目蓋を下ろす。
そしてまた、ごめんとくぐもった声。
泣いているのかな、と思ったけれどジノはスザクを抱き締めたままよしよし、とココア色の髪を撫でた。
こんなに愛くるしくて脆く儚くて頑張ったって空回りしているスザクが世界で七番目に強い騎士をやっているなんて、ほんとつくづく信じられない。


いつか彼が素直に自分の胸で泣いてくれる日がくるといいのに、なんて思うことは身勝手な恋なんだろうかとジノは苦笑した。










                              

身勝手な君と僕