「またまた酷くやられたなぁ、スーザク」

そう笑みを浮かべて告げる声にスザクは顔を上げた。
行政特区の式典として広々としたまだ何もない緑の平地に佇む傍らに、大きな影が沈み行く太陽に照らされて長く伸びる。
式典の撤去作業が始まっており、ここにはもうニッポン人を名乗るはずだった人々も、百万のゼロを装った者たちもいない。
真っ青なマントが微風に裾を揺らす。

「・・・・・・また君は僕を怒りにきたのかい?ジノ」

ふいっとすぐにジノから視線を地平線へと戻してしまう。
しかしその声は先日の船団転覆の際に見せていた苛立ちはなく、落ち着いている様子だった。
あの夜も今度の式典もスザクが責任を担っていた。海上戦ではあっぱれなほどの失態を曝してしまい、今度は自らゼロというテロリストを逃してしまった。
その重大さぐらい、スザク自身だってわかっている。
だからジノが怒るのも当然だと思った。
しかしジノは腕を組んで、いいや、と答えた。

「けどギルフォード卿はカンカンだったぜ?あれだけの叛乱分子を見逃すことが許されるはずがないー、とか言ってた」

これは笑える話ではないのに彼は声を弾ませて、楽しげに言う。
スザクはそれに口端を歪めた。ギルフォード卿の憤怒を想像してではない。自嘲だ。

「それはそうだね。言われて当然だ」

遠くを見つめるエメラルドに映るのは、赤色に染まる海。

「それでも僕は、僕が出来る判断をしたつもりだよ。最善の判断だ」

あの時、もしもゼロへの発砲を許していたらまたも繰り返される悲劇に嘆くこととなる。
自分の判断でナナリーを傷付け汚してしまう。
もう二度と、守ろうと決めたものが穢れ失ってしまうことなどしたくなかった。
自分はこれで良いのだと、納得した上での決断。
スザクから零れる言葉にジノはふぅん、と生温い吐息を洩らす。

「スザクの判断が間違ってたなんて、私は思ってないよ。今度はちゃんと自分で責任持てたじゃないか、目の前のことに囚われずにちゃんと見てたから出来たことなんだろ?スザクにしては上出来じゃないか」

「それって褒めてるの慰めてるの?」

スザクがジノを仰ぐ。
その滲んだ碧色は穏やかに笑っていた。
とても綺麗で、うっとりするほどの艶色で。

「さぁ、どっちだろ」

「じゃあ後者で」

「ひどいなスザクは。素直に褒められてるんだ、て喜べばいいのに」

「僕はそういう柄じゃないよ、わかってるだろ?」

なぜだか今のスザクがとても清清しく見える。
何かに気が付いて、何かを得た。
それはきっとスザクにしか分からないことで、スザクにしか見えない真実なんだろう。

「けど、いいの?ゼロ逃しちゃってさ。いつぞやは、譲る気はありません、ゼロは自分が殺しますってはりきってたのに」

腕を組むのをやめて、ジノはスザクの肩を抱き寄せた。ずしりと逞しい腕の感触に、スザクが「重い」といつもの台詞を吐く。

「誰にも譲ったつもりなんてないよ」

遠く彼方を眺めながら、ぼやく。

「ゼロは必ず僕が、」

殺す、とは言えなかった。ただ、僕が、としか。
彼を許そうとしてくれた人がいた。それが今のスザクを突き動かす核となる。
憎むことも恨むことも、あの時はそれを力にして進むと決めたけれど、また守るものが見えてきて形となればやはりその原動力なんて一時的なものなのだと知る。
教えてくれたのは大切な女性と、大切な友達。
その人たちのために、僕はこれからもここですべきことを全うしたいと思う。
応えたくれた彼に対して自分も応えよう。
そうすればきっと、また新しい道が出来る。
明るくて希望に満ちたものだと、信じたい。

「スザク、そろそろ戻ろう。総督がスザクのこと心配してるってさ」

これからのエリア11は忙しくなるだろう。
黒の騎士団は日本を去り、行政特区はまた新たな局面を迎える。どんな些細な変化でもいい、キセキが起こるのなら起してみせよう。

「ジノ」

長い足が芝生を踏んで先に歩き出すのをスザクが引きとめる。

「君は、こんな僕でも傍にいてくれるんだな」

失敗して呆れられてもいいのに。
それでも傍らにいてくれて、何気ない優しさを振舞ってくれる。それは時に厳しかったり、囁く愛のように甘かったりする。
空色の眼がにっこりと孤を描いて、朗らかに笑った。

「決まってるだろ、そんなの。スザクのことが大好きだから傍にいるんだ。私がちゃんと見ていてやらないと、スザク一人で泣いちゃうだろ?」

励ましているつもりなのか、ふざけているのか。
身振り手振りでスザク大好き!とアピールして、さぁ俺の胸に飛び込んでおいでと広げる仕草がおかしくてスザクは肩を竦めた。

「それは君だろ。ジノは僕がいないと寂しいくせに」

「ああそうですとも!スザクがいないと夜も一人で眠れない!だから今晩、貴方のお部屋に忍んでもよろしいですか?」

手を胸に当てて、淑女にご機嫌を伺うようにして囁かれる台詞にスザクは「ばか」、と頬を少しだけ赤色に染めて呟いた。












                               

あぁ、素晴らしき人生