屋上にたくさんの緑と花で埋めよう、なんていきなり言い始めたのは言うまでもないだろう。
「今月はアッシュフォード学園美化期間よ!」と、名を打って園芸部から借りてきた道具とどこから落とした経費なのかと探りたくなるほどの花の苗にルルーシュは項垂れる。
今やらなくてもいいことを、この生徒会長はしたがるのだ。
スザクの復学記念パーティーだって身内だけでやればいいものを学校全体を巻き込んでしまうのだから器が大きいのか、それとも破天荒なだけなのか。
そんなもの、今更である。
もちろん、ガーデニングの土作りなどの重労働は男子に任されスザクはせっせと土を桑で耕してふわふわにしていく。傍らでルルーシュも同様の作業をしているのだが、どうもスザクと並んでしまうと自分の非力さがよくわかるから憎い。
ちらり、とスザクを横目で見やる。
制服の上着を脱いで、ワイシャツの袖を肘まで捲り上げて健康的な肌色を曝していた。ミレイから喋りかけられれば、口元を緩く上げて笑いながら答える。
和気藹々とした空気の中での彼の態度は、何も変わっていないように見えた。
友達として取り繕う笑顔を浮かべているけれど、たまに引き攣る頬を見逃さない。
スザクはわかってしまっているのだろうか。
それがルルーシュにはまだ核心がもてない。
スザクだってそうだろう。記憶を取り戻したのかそうでないのか、決定的なチャンスをだめにしてしまったのだ。
カレンの話とナナリーの話が出ると、すぐに顔に出る不安定な気持ちの揺れ。
そしてこちらを見る。
その中途半端な笑みで。
だからルルーシュもその嘘くさい演技に付き合ってやる。

「あれ、もう肥料なくなっちゃったの?」

耕した土に混ぜているたい肥がなくなってしまったようで、ミレイがしょうがないわねと腰に手を当ててリヴァルに持ってくるように指示をする。
だがそれを割って、ルルーシュが「俺が行くよ」と珍しく買って出た。
こんなところでボロ出すような真似はしないが、この会話の中から抜け出したかった。
するとそれに続いてスザクが「僕も一緒に行くよ」と答えてしまう。

「いや、いいよ俺一人でー」

「君一人じゃ持てないだろ?大丈夫、体力勝負なら任せてよ」

ね?と小首をかしげて微笑むスザクに偽りなんてあるだろうかと、こたらが疑ってしまう。スザクのその一言にミレイも頷いて、二人でいってらっしゃいと送り出されてしまった。
スザクの言葉に一理ある。
自分一人で何キロもある肥料の袋を抱えてくることなど、出来るわけがない。ルルーシュなんかよりスザクの方がこの場合は役に立つ。
肥料は園芸部が使っている体育館裏の倉庫にある。
そこまで二人並んで歩くほどキケンなものはなかった。ゆっくりめなルルーシュの歩幅にあわせて、スザクが長い脚を左右交互に出す。
真っ直ぐ前を見ている瞳は、今何を考えているのだろうかと勘ぐりたくなる。
スザクが何を考えているかなんて、知ったことか。
自分はこのスザクを騙し通さなければいけないということだけを考えていればいい。
そう頭の中でのスイッチを切り替えてるとルルーシュの表情は透き通った刺々しさをなくして、丸く優しいものとなる。

「せっかく復学したのに、また休学なんて寂しいな」

最初に口火を切ったのはルルーシュだ。残念そうに吐き出した息とともに、スザクの多忙さを憂う。
スザクは隣のルルーシュを流し目で見ると、苦笑した。

「残念だけど、ちゃんと学校には戻ってくるから」

「そうしろよ。一年ぶりなんだ、もっと本当は話したいことがたくさんあったりするんだ、スザクとも」

柔らかめのトーンの声は親しみが篭っている。
けれどスザクにはそれがどうしても、真として全てを受け入れることがまだできそうになかった。全てに偽りを見てそれを欺こうとしている。だが人を疑うことには慣れていないから、どうすれば気付かれないのかわからなかった。
そんな自分、いやだった。
これはルルーシュだ。自分が望んだ、ただのルルーシュだ。ゼロなんかじゃない。
そうだと思っていても、望んだはずだっただったのに、心に突き刺さる痛みと不安はなんだろう。
ルルーシュであってルルーシュでない人を見ていて苛立つ。
また笑っている、僕に向って。
僕のことを懐かしんでくれて、僕の中にある何かの気持ちを高ぶらせてくれる。
どうしてそんな風にしていられるんだ。
僕と君がいったいどういう終末を迎えたのか、わかっているのか。
どうして僕だけが知っている、と気が狂いそうだ。
こんなルルーシュと一緒いることが、気持ち悪いようで怖くて腹が立つ。
どうして僕だけがこんなにも気を病まなければならないんだろうか。
スザクの太い眉がきゅっと中心へと寄って、心臓の音が速くなってくる。

「あそこだ」

ルルーシュが指を差した方に目的地である灰色の倉庫が見えてきた。鍵はなく、重い扉を開けると薄暗く、乾いた空気が喉まで入り込んできて思わず口元を押さえる。この倉庫には園芸部が使う様々な肥料に土、道具と整頓されないまま散らばっておかれている。
それを見てもっと整頓しておけないものかとルルーシュは飽きれた溜息を吐いた。

「なぁスザク、もし一年前のブラックリベリオンなんてなかったら俺たちずっと一緒にいられたのかな」

ふいに佇んだルルーシュが振り返り、スザクに問う。
見つめ返す翡翠にはルルーシュの黒髪と、紫色の瞳が色濃く映し出される。
姿かたち何も変わらないはずのルルーシュがいるのに、世界をズラして生きている君。
ルルーシュの顔をしてそんなことを言うのか。
ルルーシュの声をして、自分で断ち切った僕たちの絆に縋るのか。
ぴりぴりと肌が粟立ってきて、今にも泣き出しそうに瞳を滲ませてスザクは唇を噛んだ。
ずるいずるいずるい。
なんで僕ばかりがこんなにも苦しくなきゃいけないんだ。
僕だけが君を知っているのに君は僕を知らない。
いっそのこと、僕にも君の記憶がなければよかったのに。
スザクは拳を握り締めると、ルルーシュを睨んだ。強く刹那に煌いたエメラルドの色に、心奪われそうになる。
さっきから黙ったままのスザクが気になって、ルルーシュが怪訝な顔をして一歩彼へと歩み寄る。その時だった。

「スザー」

ルルーシュの唇が声を最後まで発する前に突然スザクの唇によって、塞がれた。
それは一瞬の出来事。
襟元を掴まれて、手繰り寄せられた後の衝撃。
噛み付くような乱暴なキスとも言えない、ただぶつかっただけな触れ合い。
驚いて丸くなった彼の瞳にスザクが映る。尖る氷結の美しさに紛れた激しく後悔し、嘆く声にはならない叫びに息が詰まった。

「ほんとうに、」

絞りだ出された声が震えている。

「ほんとうに君は何も覚えていないのか」

縋り付く瞳には怯えと期待、それと憎しみの欠片を投影しているようだ。
あんなにも愛し合って憎しみあったのに、今の君は全部忘れて楽になっている。
そうして欲しいと願ったのは、紛れもなく自分だ。
記憶がない方が、いい。忘れて幸せにルルーシュとして暮らしていて欲しい。
そのはずなのにまるで今の僕は記憶がないルルーシュなんてルルーシュなんかじゃない。思い出せと、決めたルールに反したことをしている。
答えて欲しい。
ゼロだったルルーシュではなく、僕の知っているルルーシュとして。
そんな我儘勝手を振り撒いてスザクはルルーシュの腕を掴む。ほんの少し、見下ろす形でルルーシュはスザクを見つめた。
スザクが何を言って欲しいと思っているのかわかっている。
しかしそれに答えるつもりなどルルーシュにはなかった。

「何も、て……何を言ってるんだスザク。一年前お前は勝手にいなくなって、勝手にナイトオブラウンズなんかになって今帰ってきた。俺たちずっと一緒にいよう、て約束はちゃんと覚えているさ。けどそっちが先に破ったんじゃないか」

おかしなことを言うなスザクはと、困った顔で笑ってスザクを諌める。彼からの台詞にスザク腹の中が冷えていく。重たい石でも飲み込んでしまったかのように、痛い。
スザクの眉は情けなく下がり唇がきゅっと固く結ばれる。
力強かったスザクの手が離れ短い睫毛が伏せられて目元に細い影を作る。

「ごめん、そうだったね。僕が……君から離れたんだよね。覚えてないの、僕の方だったな」

何をしているんだろう。
なんでこんなにも悔しくて恥ずかしくて愚かなんだろう。
スザクにとってのルルーシュとは、もう心揺らす存在ではなくなったはずなのに。
今でも大きく水面を波打って乱される。
変わらない、ということなんだろうか?
これ以上の我儘を、誰も聞いてはくれない。二度と、僕は願ってはいけないのだ。罪に濡れ溺れて沈んでしまう時までもうー。

「肥料見つかったんだろ?なら、もう戻らないと皆に怒られちゃうよ」

帰らないと決めた日々がある。帰れないと思ったから。
スザクは笑ってルルーシュにそう告げると、背中を向ける。
小さくて狭い肩。襟足までのびたチョコレート色のくせ毛。後ろ姿だって、ルルーシュの記憶の中ではずっと変わらない。
どうして、そんなにもスザクが悲しんでいるのか。憎いはずじゃなかったのか。憎めばいい、と言ったじゃないか。
ルルーシュは偽れない気持ちの爆発を止め切れず、手を伸ばした。
ふわり、とスザクの髪が舞ってルルーシュの頬を撫でる。せいいっぱいに広げた腕で後ろからスザクを抱き締められたことに身体は直立した。

「また、スザクに会えなくなるのが、寂しいよ」

スザクが心を決めているように、ルルーシュも自分が見つめている道の先を譲る気はない。
またそこで対立しあうことになっても。

「けど、また一緒にいられるよ。これからだって、きっと」

だからこれは本心だ。
会えたことによって呼び戻れるあの日に憤怒すると同時に、愛しくもなることを避けられそうになかった。
回されたルルーシュの腕に触れて、スザクは目蓋を半分下ろす。
身体の芯がふるふると震える。食い縛った歯から零れる息は、熱を孕む。
二度と味わうことなんてないだろうと思っていた優しい鼓動と体温。それらがいつだって包んでいてくれて、幸せだったことが今では寂しさだけが取り残されてしまっていて空っぽだ。
だからこんなにも、満たされてしまうのだろうか。

「そう、だね」

少しの間を空けてから溢れ出てしまいそうになる弱音と戦って、胸の奥へと押し戻す。
違う。これはルルーシュであってルルーシュではない。しかし本当はルルーシュでなくてルルーシュなのかもしれない。
この腕はいったい誰のものなんだろうか。
握り返しはしたものの、スザクは直線に伸びた迷路を歩き続ける。
いつだってそれは交わることなく、平行線に伸びた僕らの道しるべのようでスザクは少しだけ、切なくなってしまった。










                                


地平線の果てにある愛し方