朝の天気予報でトウキョウ租界のお天気マークは白い綿飴みたいなマークと傘が開いたものだった。
降水確率は50%だったから気にすることはないか、と傘を持たずに政庁を長身の同僚と一緒に出てしまったことを今更になって後悔する。
私服に身を包んだ彼は学園祭で着ていた青いロングカーディガンと、ふりふりのブラウスとサングラス。
スザクは白のロングTシャツに短めのベストを羽織り、ジーパンというラフなスタイル。
一見どちらもセンスが端と端すぎて中間がなく妙な組み合わせにも思えるが、二人共気にすることはない。
金髪の彼、ジノはどちらかと言えば庶民には理解しがたいファッションセンスではあるが。
午前中に政庁での会議を済まし、愛機のナイトメアの整備も終わって珍しく何もない平和な休日だ。中華連邦から帰ってきても、まかせっきりだった仕事がデスクの上に山積みにされており総督補佐官としての付き添いにも追われ毎日が忙しかった。
その中、ジノとアーニャはどういうわけだかアッシュフォード学園に入学すると言い始めるため公私共にスザクは汗ばかり掻いていた。
やっとのことで手に入れた休日にジノに出かけようと誘われる。すっかりエリア11に慣れ親しんでしまい、美味しいパスタの店があるんだと言って笑う。
せっかくだし、ジノとデートするのもいいかと思い頷いた。
梅雨に入ったトウキョウはじめじめして蒸し暑い。ジノが暑い暑いと煩いから余計に体感温度が高くなってしまっているような気がして、「次暑いと言ったら口効かないから」と怒られれば、ぐっと暑さを堪えスザクに嫌われたくないと健気なジノがいた。



空を見上げれば曇天。
風は温くて肌が湿る感じがする。
雨マーク、そういえばあったなと気にしたが政庁に戻るまでは大丈夫だろうと思っていた。
ジノに連れられた入ったパスタの店は美味しかった。ジノはツナとキャベツのクリームソースを、スザクは温泉たまごのカルボナーラを頬張った。
もちもちとしたパスタの食感と、くどすぎないソースが口の中に広がってまた食べたくなる味をしている。
店の中でも際立つジノに、食事をしに来ていた客達もちらりと彼を見る。
カナリア色の髪は艶やかで、シャープな顔つきにしてはくりくりと大きな青い宝石が二つ。そして大きく笑う口から覗く白い歯に、女性はうっとりと惚ける。
しかしその美形に残念な点を上げるとしたら、服装なんだろうなとスザクは膝を付いて苦笑した。
「何笑ってるんだ?」と聞かれて、「別になんでもないよ」と目を細めて笑い返す。

それからしばらくして、外に出ると少し薄暗いと思えた。
雨が降るかもしれないなと、スザクは急いで帰ることにするがほんの少しそう思うのが遅かったらしい。
路上を歩いている時に、厚い灰色の雲からぽつりぽつりと雫が降ってくる。その前には雨が降ると暗示するかのように、空は鈍く響く音を鳴らして雲の上で微かに光を走らせていた。

「スザク、急ごう」

ジノもそれに気付いて、早足になる。
頷いて駆け足になると、降り出した雨の量が瞬く間に激しくなった。
周りの人々もかばんを頭の上に乗せ走り、傘を持っていた人は慌ててそれを差す。
スザクとジノはどちらも傘も持っていないため、どしゃぶりの中でどこか屋根があるところを探して公園へと入った。するとちょうど休憩所に屋根が付いておりしのげそうだ。
髪も服もびしょ濡れにしながらようやく辿り着くと、走ったせいで呼吸が忙しいのを落ち着かせる。

「酷い目にあったなぁ」

そう言いながら、額に張り付く金色の前髪を掻き上げる仕草になぜかドキリとしてしまった。自分より広くて逞しい肩幅も雨に濡れていたが、その艶から雄の匂いがしているようで色っぽい。
スザクは視線をそらして、「ああ」と俯いた。
(なに意識してるんだろ、僕)
ジノがかっこよくてモテて、それなのに自分をいつも抱くことが好きな変わった男だと分かっているのに。
ふるふると首を振ると、鳶色の毛先から冷たい雫が散る。
白いシャツだからよけいに濡れた服が肌に張り付いて色濃くしているのが見えていていやらしい。頬を伝うのは雨なのに、涙に見えて抱き締めたくなる。
「あははっ、スザクもすごい濡れてるな。なんかやらしー」
地面を叩く雨の音と雷が鳴る中で、濡れているにも関わらず抱き寄せられてそう囁かれるとスザクは耳まで真っ赤にする。
幸い、ここでは誰も雨宿りをしていない。

「それはお互い様じゃないか。ジノだってほら、肌が透けてる」

雨の紛れたスザクの匂いをすん、と嗅いだ。
シャンプーの香りや、汗のにおいもあって決して女性のようないい香り、ではなく自分と同じ雄のにおい。
それがとても好きだった。
同じなんだと思えて。
雨と汗に濡れて水分を含んで湿った服が気持ち悪い。しかしこのまま雨が止むのをただ待つしか出来ない。
スザクの滲んだグリーンが空を見上げる。忌々しそうに。
ジノはこういう日も悪くないな、と思った。

「なんだよ、ジノ」

スザクがじっと見られていることを不快に思ったのか、唇を曲げてこちらを向く。

「なんでもなーい。ただ、濡れスザクも悪くないと思ってただけさ」

じとっ、と湿気よりも陰湿な視線がジノへつ突き刺さるが、それを苦ともしないジノは雨だというのにそこに太陽が燦々と照り付けているような微笑みを浮かべる。

「ただでさえ気持ち悪いのにそんな目で見るな」

「今すぐここでスザクを押し倒したいぐらい悪くない」

「ジノ」

唸り響くスザクの声と、釣り上がった太い眉。ほんの少し朱色に染めた柔らかい頬。
すべてが可愛くて愛しくて本当にそうしたっていい。
スザクは私のものだと知らしめてやりたい。
口端を緩めて、含み笑いをしながらジノは続ける。

「帰ったら一緒に熱いシャワーを浴びよう」

「いい。君とは別に浴びるから」

「つれないなぁスザクは」

肩を強引に掴み寄せて、ジノもまだ止みそうにない雨空を見上げた。
空が号泣している。
何に対してはわからない。
けど、いつかその涙は太陽によって癒され乾くものだ。
ごろごろと空が鳴く。
ここにいるよと知って欲しそうに。
ジノは雲に隠れてしまって見えない空色と同じ瞳を滲ませて、濡れて萎んだスザクの髪を大きな手のひらで撫でるとスザクの双眸が睨み上げてくる。
最近のスザクが遠く感じる。
変わらないはずなのに、知らないスザクがいる気がする。いや、自分が知らなかっただけなのだ。
それが悔しい。
アッシュフォード学園の生徒会の生徒たちが羨ましい。そんな時間をこんな時間をスザクと過ごしていた時があったなんて。
そう言ったら、自分と過ごしたスザクの時間は二人だけのものだから優越でもある。
けどもっとスザクをこの腕に抱き留めておきたい。

「ジノ、重い」

払おうとした腕を囚われて、スザクは怒った色を碧に浮かべてジノを見上げればその瞳を硬直させた。
スザクを見るジノの眼があまりにも真剣でぞっとするほどの美しい青だったからだ。
はっと気が付けば頬を包まれて、顔が近づく。
それから額と額、鼻先と鼻先が擦れ合って温かい体温を感じる。

「まるでスザクが泣いてるみたいだ」

つっ、と流れる雫を指で拭う。

「僕が?泣いてないよ、それは雨だから」

「それでもだよ。スザクが泣かないから、お天道様が怒ったのさ」


泣いて喚いて全部出してしまえばいい。弱い部分も強がる切なさも、全部抱き締めてあげるから。
怖くなんてない。いなくなんてならない。
だから曇った空なんてその綺麗な珠に映してないで俺を見てよ、スザク。

「そう言って口説いたの、僕で何人目だい?」

抱き締められた腕を解いて、スザクが肩を竦めくすりと笑った。











                                


雨、鳴る音に微かな愛を