死にたい、という感情は一体どこから湧き出て、生きていたい、という本能はどこから発揮されるものなのか。

枢木スザクにはわからないことだった。

生と死、隣あわせの戦場で彼がもしどちらか一つを選ばなければならないとなれば、死、を選ぶだろう。
名誉ある死を。誰かを守れるためならば自らの命を惜しまない。
死だけが自分を楽にして救ってくれる。
それが罰なのだと、ひどく悲しい顔でスザクは笑う。
光りのない、闇に沈む深緑の双眸。

本当にそれでいいのか。
よくないわけがない。

ルルーシュにとって、スザクはこれからもずっと共に居てほしいと思う大切な人だ。
ブリタニアを倒せばスザクだって全てから解放されて、もっと自分に心を許してくれる。
スザクのためにも、己は仮面を被り続ける。
そうして手に入れる。居場所も、彼だって。



「ルルーシュ」

ふいに頭から声が振ってくる。
間違えることのない、親しい声。
ルルーシュは手に持っていた雑誌から視線を上げた。
その雑誌の見出しには相変わらず踊る「ZERO」の名前。目にとまってしまったことに、今度は彼が顔が顰めた。

「スザクか」

「またサボりかい?」

さきほど午後の授業のチャイムが鳴ったはず。それなのに図書室の片隅に座っていたルルーシュ。
それを偶然窓の外から見えたスザク。それが彼だとわかると、自然と図書室の扉を開けていた。

「お前は?」

チャイムは鳴ってたぞ、とルルーシュはそっくりそのままスザクに言葉を返す。するとスザクは小さく息を吐いて「さっき学校に着いたばかりだよ」と、零した。
午前中は軍務をこなしていたが、午後からのスケジュールがなくなっため遅くても学校には行こうと思いったのだと言う。
律儀な奴だな、とルルーシュは鼻で笑う。
窓から挿す日差しがスザクに触れて、彼の体が淡く光っている。
まるで、そのまま消えてしまうんじゃないかと、こうしてまたスザクと一緒にいられることが自分の夢だったのではないかと、錯覚した。
そのせいか咄嗟にスザクの腕を掴んでしまった。

「なに?」

小首を傾げて可笑しそうに問う。
細められた目。緩く上がる頬。

「いや、なんでもない」

「変なルルーシュ」

はは、と声を立てて笑い傍らへと腰を下ろした。
授業は?と聞けば首を振って「君が行く、て言うなら」と、あっさりとルルーシュと欠席することを決める。
そして妙に嬉しそうに顔が緩いスザクをルルーシュは頬杖を付いて眺めた。

「変なのはお前の方じゃないか、顔がニヤついてる」

「そう?」

「ああ、気持ち悪いぐらいに笑ってる」

ひどいな、とスザクは肩を竦めてまた笑う。
けれどその笑顔はすっ、と消えて今度はまた別の顔を映し出す。
笑っているけど、それが遠いものに感じた。

「ルルーシュには、いつもこうして幸せでいて欲しい」

静まり返った部屋の中。
零れる言葉は微熱を宿して、紡がれる。
今言わなければ今度いつになるか分からない。
知られてしまった真実。それを隠し包んでくれたルルーシュは、スザクにとって唯一の理解者、というような気がした。
いつもこうして幸せにして欲しい、という言葉に一瞬戸惑った表情を見せて口を開く。
幸せ、なんて言葉はあまりにも許容量が大きい。

「お前には幸せに見えるのか?」

「うん。いつも楽しそうだ」

それは周りがお気楽な連中ばかりだからそう見えるのであって、別に今を幸せだとは思わない。
幸せを掴みたいがために足掻き続けているだけだ。
スザクにはこうして学園生活をルルーシュたちと少しの時間だけでも送れることが、たまらなく嬉しくて幸せなんだろう。
彼の7年間を知らないから、余計にそう思える。
それは、スザクも同様に思っていた。
ルルーシュとナナリーが、終戦後のこのエリア11でどう過ごしてきたのか。
「ブリタニアを倒す」と、幼いままに怒りの焔を灯していた双眸を忘れていない。
今でもルルーシュの心は怒りや哀しみに囚われているのだろうか?
ここは彼らの大切な居場所なんだ。


ふいにこつん、とスザクの頭が肩に触れる。
柔らかい髪が首筋をくすぐった。

「ルルーシュには、生きていて欲しい。僕よりも先に死んで欲しくないな……」

守りたいものがある。守りたい場所がある。
そのためなら死すら厭わない。いや、それが望みなんだ。
死にたがりや、と言われたことをふと思い出して自分を嘲る。
自己満足だろうか。
それでもいい。
そうして得られる罰があるのなら。

「それはこっちの台詞だ、スザク。お前の方が、危ないところにいるんじゃないか」

軍なんてさっさとやめてしまえばいい。
そうしない限り、スザクは死へと縋りそうで怖くなる。

「君や皆を、戦争やテロで失うは絶対に嫌なんだ。もう、何も失いたくない……」

突然翳るスザクの様子に、ルルーシュは眉を寄せる。
何か嫌なニュースでも見たのだろうか。
声が怒りに、悲しみに震えていた。
その手の事件は日に日に多くなる一方だ。これも全て、黒の騎士団発足で反体制派が活発化しているせいだと取れる。
確か昼前のニュースでどこかの学校で立ち篭り事件があったと言っていた。
そこで民間人でも犠牲になったのだろうか、とルルーシュはそこまで考えてやめる。

「大袈裟だな、スザクは」

ぽん、とスザクの肩を叩いて抱く。

「……そうだとしても、」

びろうど色の瞳が水面のように揺れる。

「もしも君が先にいなくなってしまうなんてことがあったら、次の再会は無期限に延長しなきゃいけない」

そんな約束はしたくない。

下を向いたままのスザクを真摯な眼が見下ろす。
他人の心配をする前に自分の心配をして欲しい。
ルルーシュはスザクの髪の毛をくしゃりと撫でる。

「スザク、お前は俺を甘くみすぎなんじゃないのか?そんな風に思っているとー、」

撫でた髪を軽く掴んだスザクの顔を自分へと向かせ、

「痛い目見るぞ」

と、意地悪く告げられてスザクは目を丸くした。

「ルルーシュ、」

声に乗せた名前の語尾は吐息に呑まれ、口付けられる。
突然の触れ合いに驚いたのもつかの間でルルーシュに抱き寄せられて、もう一度キスされる。今度は甘く、噛む優しいキス。

漂う埃が太陽の明かりに照らされてキラキラと光りの粒のように輝いている。
静寂しかない世界に二人だけ。
まるでいけない遊びをしているようだった。
ただ何度も唇を重ねて、笑い合う。
そんな時間ほど愛しくて、苦しくなる。


スザクより先にいなくならない。
ルルーシュより先にいなくならない。



それを破ったら、再会無期限延長だ。君が死ぬまでー
再会無期限延長、君が死ぬまで