裏切り者。
そんな言葉を何度僕は浴びただろうか。
僕は裏切り者だ。けど、君だってそうじゃないか。信じたかったのに信じていたのに、それをさせてくれなかったのはルルーシュ、君じゃないか。
項垂れたスザクは虚ろを瞳の中に宿しながら、最後になってしまっただろうルルーシュとの逢瀬を何度もフラッシュバックさせていた。
僕じゃない。僕は本当に君と話がしたくて知りたくて、嘘なんてもうやめようとしただけなのに。それもいけなかったと言うのだろうか。やることすべてが裏返しになって、悪い方向へと向う。
そうじゃないのに。
握り締めた手のひらは汗ばんで、頭の中は何を考えたらいいのかさえもう分からない。
なら僕はどうすればよかったんだ!
ルルーシュの邂逅は最悪なすれ違いを生み出したままで政庁へと戻れば黒の騎士団がトウキョウ湾から攻め入って来ていることを知り、そして租界は大停電に見舞われておりパニック状態だ。市民の安全を第一とし避難勧告も出され街の大半は無人となりつつあるが、それでも全ての人を誘導する時間もなく逃げ惑う人々が多い。
これを機に暴動を起そうとするナンバーズである日本人だっているだろう。
スザクが枢木神社に赴いているうちに自体は急速に悪化し軍は総出で黒の騎士団を迎え討つつもりだ。それはまるで、一年前のブラックリベリオンを沸騰させる。
やっとのことで治安を維持することが出来、衛星エリアに昇格した日本がまた戦火に包まれる。
誰のせいでもない。招いてしまったのはスザク自身でもあるのだと絶望した。
世界は貴方だけに優しいわけじゃないと、シュナイゼル宰相の参謀であるカノンは言った。そんなこと、思ってなんかない。世界はいつでも僕を嫌っている。
しかしスザクにはもう悠長にしていられる時間なんてなかった。すぐにでも黒の騎士団はトウキョウ租界へと進撃してくるはずだ。キュウシュウ沿岸で中華連邦と開戦したブリタニア軍も、ナイトオブテンをトウキョウ租界へと向わせているとの通信も入っている。
スザクも慌ててキャメロットへ向おうと忙くし廊下を歩いていれば、大きな声で名前を呼ばれた。
「スザク!どこに行ってたんだ?探したんだぞ、あちこち行って」
足を止めて振り返れば、これから戦闘に出るというのににこにこと笑っているジノが駆け寄ってきた。彼にももちろん出撃の命令が下っているだろう。
お互いこれからパイロットスーツに着替え、自分の機体に乗らなければならない。
スザクはフレイアを搭載したランスロットに。
「ジノ、ごめん。ちょっと出かけてたんだ」
「こんな非常事態に?」
「だからごめん。総督補佐としては失格、と言われても仕方ないな」
無理に笑みを作ってジノを見上げると、彼はそれを眉を顰めて見返した。スザクがどこに行っていたかは知らなくても、何かあったということぐらいは読み取れた。
そんな顔をジノは何度か見てきた。息苦しそうで、本当は泣いて喚いて叫びたいことがあるんじゃないか、て思える寂しいスザクの笑顔。
ジノは腕に抱えたアルバムをスザクの前へと差し出した。
「そんなこと思ってないさ。ちゃんとこうしてスザクはここにいるんだ。それとこれ、渡そうと思って探してたんだ」
金色の跳ねた髪が小首を傾げて微笑むと、小さく揺れる。
「アルバム?どうしてそんなもの」
手渡されたアムバムに目を落せば、ジノの青い瞳が孤を描いて笑う。
「最近のスザク、元気なさそうだったから。これみたら少しは元気でるかなと思って持ってきたんだ」
周りの喧騒が遠巻きに聞こえ、今はジノの柔らかい声だけが耳の中に残った。
青いカバーがされアッシュフォードと書かれたA4サイズのアルバムの中にはいくつのも思い出が詰まっている。懐かしくて温かくて、もう二度と帰ってこない日々。
スザクはその表紙を手のひらで撫でると、唇を噛んだ。
こんなものを今更見せられても虚しくなるだけだというのに、ひどく嬉しかった。ジノに心配されてしまったことを恥じなければならないのにその小さな思いやりが今のスザクには縋ってしまいたいほどの優しさだ。
「ありがとう、ジノ。けど今はこれを見ている時間もないよ」
震える声。止まらない溢れる気持ちが何なのかわからない。
ジノなら僕がどうすればいいのかを知っているだろうか。
「うん、そうだな。じゃあこれはこの戦いが終わったら見よう。そしてスザクから色んな楽しかった話が聞きたいなぁ、この写真にあったようなスザクの笑顔が私は見たい。それまで死にたくないな」
ジノの広い手がスザクの額を隠した前髪を掻き揚げて、身を屈めるとそっとそこへキスを落とした。さっきまで忙しく行きかっていた人の影はなくいつの間にか取り残されたように二人きり。
「ジノ、僕は……僕は、」
どうしたらいい、と喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
誰かにこうしろと言われなければ動けないような情けない人間になったつもりはない。ジノは言ってくれたじゃないか、お前が判断しろと新しい行政特区の式典で。
その言葉で気が付いたことがあった。それは正しかったと思える行動となった。
そして背中にジノの手のひらの温度を感じながら、独り言のように呟く。
「僕は友達失格だ。いや、そもそも最初からそうだったのかな、よく分からない。けど、もうその彼は僕のことを友達ではなく裏切り者だと、言い続けるんだろうな」
けど、確かに僕は彼の友達でいたかったんだ、と消え入る声。
自分で決めるべき心の罪がある。僕は僕の意思でここにいる。それが間違いだったなんて言わせない。
それは決して、悪いことではない。正しいと思ったことをするのに理由なんてない。
スザクは滲んだ眼をジノへと注いで、彼の胸へと額を摺り寄せた。この中は温かくて、光がある。いつでも自分を見て導いてくれるような灯火が。
「スザク、そんなになんでも背負いこんでたら自分がぺっしゃんこになっちゃうぞ」
強がる背中は小さく細くて、ジノは抱き込んでやる。
このままスザクを連れ去ってしまいたい。そうすれば、スザクは楽しいことだけを考えて笑っていてくれるだろうか。
痛々しくて自分の知らないところでぼろぼろになっていくスザクが本当はたまらなく辛くて苦しくて、同時に愛しさは募るばかり。
「スザク、私は無理に聞かないよ。スザクが話したくなったら、いつでも聞くから。これからもそれからだって、私はスザクの傍にいるから」
だからスザクが逃げないでと、抱き締めて掴まえておく。
スザクの笑顔が見たい。心から大輪の花が咲いたように、太陽に向かって輝く色を付けた花のように真っ直ぐで眩しいほどの笑顔に会いたい。
「……僕はー、」
本当は世界は優しかったんだ。
いつだって、誰かが何かがどうすればいいかを教えてくれていた。
もうそれを教えてくれるものは何もない。国でも理想でも自分の信念でもない。
全ての引き金を引いてしまったのが僕ならば、背負わなければならない罪と罰はどこにあるのか。誰かもういいよ、と言ってくれる人がいてくれたら僕はもっと上手な生き方が出来たのかもしれない。
被害妄想だけがだんだんと膨らんでいく。
「ジノ、僕は」
ただその言葉を繰り返し先に進めない。
それでも彼だけが自分を好きだと言って抱き締めてくれるから愛しくて、この手にもう掴むことが出来ないものがあるから掴んだ腕を離さないで欲しかった。
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