「なんでそうなるんだ」
娯楽室から連れ出されたロイドとセシルとは別の部屋に案内されたジノの腕は後ろに拘束されていた。上着を脱がしたのは、何も隠し持つものがないかの確認だ。
スザクは皇帝直属の騎士であるナイト・オブ・ラウンズだ。
それを覆すさきほどの発言に、ジノはどうしても納得が行かなかった。
スザクが皇帝に反旗を翻そうとするシュナイゼルに取り入るなんて、何かの間違いだと思いたかった。
そこまでスザクがしなくてはいけない理由がジノには見付からない。
ナイト・オブ・ワンが欲しいと言っていたスザクを知っている。
けれど、その地位に執着するスザクは知らない。
たった一年間のスザクしか見てきていないのだ。
自分はスザクを何も知らないのだということを突きつけられているようで、歯がゆい。
しかしこんなのスザクじゃないと頭を振って、どうしてなんだともう残り少ない時間の間に問うた。
「なぁ、スザク答えろよ」
案内された部屋のソファに座らされて、スザクが目の前に立つ。
まだこの部屋には二人きり。もうすぐすればシュナイゼルや見張りの者がやってくるだろう。
スザクの緑の視線が床へと落ちて、薄暗い影に包まれている。
「ごめん。ジノ」
それがせいいっぱい、スザクからいえる台詞だった。
けどそれは逆にジノを苛立たせ、悲しくさせる。滾る瞳の青色は濃くなりスザクを見上げる。
何か言わなければと口を開くが喉まで出かかった言葉が出てこない。
それはスザクが今にも泣きそうな顔をしているからだ。娯楽室では見た事がないほどに冷淡として、シュナイゼルに噛み付いて功績を手に入れたがっていたのに。
まるでそれらを後悔してそれでももう遅いと懺悔でもしているようだった。
(そんな顔をするぐらいなら言わなきゃいいのに)
本当にスザクという少年は不器用の塊だ。
皇帝の騎士でありながら皇帝に刃を向いて、それがもし成功したとしても失敗したとしても結局はスザクが一番望まない結果になるんじゃないだろうか。
人を殺めることがスザクの業だなんて、勘違いにも程がある。
たった一人の業などではないのだ。それを認めたからと言って、それを背負ってどこに飛び立つというのだ。
そんなものは愚者の自慰。
「お前、必要なのは結果だと言ったな。なら、お前が今までしたきたことはなんだよ・・・自分を否定するのと一緒だぞ、スザク」
「うん、そうだね。僕はもう、僕として生きることを認めたくないんだろうな」
からっとした声で笑ってスザクはジノと目線を合わせるためにしゃがんだ。
僕じゃないのなら、一体今の僕は誰なんだろう。
引き返せない修羅の道を自ら開いて理想なんてものは本当に夢物語だったということを認めることはスザクにとっても簡単なことじゃなかった。
一人で考えて考えて、そうして見つけたもう一つの答えなんだ。
「けどもう今更引き返せないんだ。僕は、フレイヤを撃ってしまった。そこにどんな理由があろうとも、僕がしてしまったことには変わりないんだ。ならそれを転じて進むしか今の僕にはないんだよ。これも僕なんだよ」
潤いを浮かべたエメラルド色はじんな感情に揺らいでいても綺麗だった。
「僕は裏切り者だからね」
誰からもどこからも自分すらも裏切っている。
そんな僕にとっては、この選択も宿命だったんだろう。
ジノの頬を両手で包んでスザクは眉根を寄せて、苦く笑った。
「ごめん、ジノ。もう行かなきゃ」
扉の外から複数の足音が近づいてくる。
それに気付いてスザクが立ち上がると、ジノが「待てよ」と声を荒げた。
「俺はスザクを裏切らない、スザクも俺を裏切ってなんかいない。だからー」
今からでも遅くないからそんな悲しい決意はするなと、ジノは魂を震わせてスザクに伝える。
まだ何も知らないのに。
まだ何も聞いていないのに。
まだ伝えなきゃいけない気持ちがたくさんある。
その前にスザクがいなくなってしまうのは、堪えられない。
スザクは足を止めるとジノへと視線だけで振り返った。
「・・・・・・ごめんね、ジノ。そしてありがとう、いつも僕の事見ていてくれて」
君だけが今の僕を見ていてくれて知ってくれて愛してくれた。
そんな君を裏切ったのに、それでも引き止めてくれるのが嬉しくて嬉しくてスザクは唇を噛み締めてこみ上げてくるものを噛み砕いた。
もうジノに好きだと言ってもらえることはないんだろう。
出来ることならずっと隣にいたかった。
「・・・そんなこと、今のお前に言われたくない」
悲憤に震えた声が絞り出される。
謝るぐらいならそのまま黙って行ってしまえばいいのに。
最後まで甘えているのはスザクの方だった。
スザクの短い睫毛が細い影を目の下に作り、唇の端を薄らを自嘲のために上げた。
好きでいてくれてありがとう。好きになれてよかったと今ある慈愛を詰めて、最後に零れた言葉。
「ごめんね、ジノ」
シュン、と扉が開いた音と同時に何度目になるスザクの台詞と助けてと悲鳴を上げているスザクの体を抱き締めてあげられないことに、ジノは目蓋をきつく閉じた。
もう会えないなんて、そんなのはうそだ。
お前が行ってしまうなんて、きっとこれは悪い夢だ。
けど、やっぱりこの腕にお前はいない。掴まえることが出来ない。
消えたスザクを追いかける翼はもがれてしまった。
←