アッシュフォード学園にあるクラブハウスの一室である生徒会はいつだって賑やかだ。
授業が終われば生徒会メンバーが集まり憩いの場所ともなり、今後の学園内での行事の取り締まりなど生徒が関わることに関しては常に中心に動いている。
しかし。
楽しむことをモットーとしている会長が仕切っているため、生徒会だけではなく全ての生徒たちがお祭り騒ぎに巻き込まれることになるのはもう、この学園のルールの一環なのかもしれない。
「はーい!集合!」
スザクが生徒会室に遅れて顔を出しにこれば、それを見計らっていたかのように会長であるミレイが手を上げて部屋の中央にあるテーブル付近へとここにいるメンバーの招集を掛ける。
にゃあ、とアーサーが一鳴き掛け声をしてミレイへと猫までもが振り向けた。
「何の騒ぎ?」
いきなり元気な声で集められると、隣にやってきた学校では後輩である背の高い同僚のジノへと問えば、「さあ?」と答えた。
しかし彼は何が始まるんだろう、と好奇心旺盛な眼差しを向けている。そのとは対照的にルルーシュはしぶしぶ座っていた場所から移動して眉を不機嫌です、と言わんばかりに深く眉間に刻んでいる。
ジノの横にいるアーニャがはしゃり、とミレイの嬉しそうな顔を携帯カメラで激写して、「記録」と呟いた。
「はいはい皆いる?」
「いまーす!」
オレンジ色のロングヘアーの女子、シャーリーがミレイに返事をする。その今から何が始まるとも知らない無垢な反応はある意味得策だろう。
すっかりミレイのペースにはまっている彼女は何事も楽しむことにしているようだ。
スザクがちらりとルルーシュを見れば、目が合ってまた不貞腐れる。どうやら彼はミレイが何を言い出すか知っている様子。
「ではでは、今日これからの生徒会の予定を発表します!」
「予定って、今から部活の予算案会議じゃないんですか?」
ルルーシュの隣に寄りそうにして立っている弟のロロが首を傾げてミレイへと聞くと、よくぞ聞いてくれましたと激しく頷く。
「それよりも今日は大切なことがあるのよ、ロロ」
「はあ、」
「何が大切な、ですか。会長のお祭り企画より予算案の方が大事じゃないですか。俺はいいですから、皆でやっててください。予算ぐらい、俺一人で出来ますから」
ロロとミレイの会話に割って入るルルーシュの唸る声は逃げたくて仕方ないという口調だった。
しかしミレイがルルーシュを見逃すわけがなく、
「ルルーシュは去年参加しなかったか強制参加決定なのよ〜、自分だけ逃げようだなんてノンノン!さて、今日が何の日か分かる人いる?」
ルルーシュは仁王立ちをして腕を組むと、唇を尖らせる。ミレイが集まった皆を見回すと、スザクが「あっ」と声を上げた。
「今日は11月11日だ」
部屋の壁に飾られたカレンダーを見て、スザクがそう告げれば「正解!」と褒められる。
「それで、11月11日は何の日かしらスザクくん」
「えーと、あっ犬の日ですか?ワンワンワンワン、で。僕、猫が好きなんですけど猫は僕のことが苦手みたいで……あ、けど犬も好きですよ。犬だとよく僕に懐いてくれるんです」
ふわふわとした巻き毛を揺らして、にっこりと丸い瞳を細めて笑うとソファで寝ているアーサーが金色の目でスザクを睨んだ……ような気がした。
「犬……たぶん、そう」
するとアーニャがぼそりと呟いて、ジノを眺めた。熱視線を感じたジノがアーニャヘと目を落として、「なんだよ、アーニャ」と疑問符を頭を浮かべれば彼女はまた携帯を彼に向けて写真を撮る。
「なんでもない」
「そう?」
「けどスザクが犬にすごく好かれているのは、アーニャも知ってる」
この大きな金色の犬がいつもスザクの周りをうろうろしているから、と口に出さない声で自己解決した。
「確かに犬の日でもあるわね。けど残念ながら違いまーす、今日は何の日それはポッキーの日よ!」
そう高らかに言い放つと、かばんの中から赤い色をした小さな箱を取り出す。
パッケージには細いスナック棒にチョコレートがコーテングされているお菓子が描いてあり、ポッキー、と書いてあった。
「と、いうわけでぇー、企画発案主催者であるミレイ・アッシュフォードが宣言します!今より、ドキドキ食って食われるかポッキーゲームを行いまぁーす!」
拍手を促せば、シャーリーとリヴァルが素直にそれに乗っかるとロロも流されて一応わけがわからないなりに拍手をし、ジノはもっと盛大な拍手して一人盛り上がっていた。
それを冷ややかルルーシュの視線が一蹴する。
「こんなことだろうと思ったから俺は嫌なんだっ」
「ポッキーゲームってなんだ?スザク」
あれだけ騒いでおきながら肝心なところを知らないジノにスザクは飽きれた息を吐く。
説明はスザクがするより先に主催者であるミレイがしてくれた。
「一本のポッキーをまず一人が咥えます、それからもう一人の相手がその先を咥えて徐々に二人で食べて行きどこまでポッキーを短く出来るかという勝負よ。負けたら罰ゲームを受けてもらいますからねん!」
「へぇー、面白そうだな!な、スザク?」
「……君はこれ危険性をわかっていないんだね」
「わかってないの、ジノだけ」
スザクとアーニャはつまりそれがとても美味しくも食べれるかれしないのと、迫る危機を察知して声を低くした。だがジノは勝つ気満々な陽気な態度でミレイに賛同しているから性質が悪い、とさすがのスザクもこのゲームを嫌がるルルーシュに同意してしまう。
「ふっふっふっ、今年こそは誰がルルちゃんの唇を奪うのかしら〜去年は上手いこと逃げられてしまったのが惜しかったわぁ」
「あれ?キスをするゲームなのか?スザク」
「違うよジノ、あれは会長の言葉遊び」
まだこの会長のハイテンションなペースと遊びと本気の違いをわかっていないと、本当にジノみたいなお坊ちゃまなんて真に受けてしまうかもしれないから怖い。
「か、会長!そんなふしだらなこと、兄さんにさせるわけにはいきません!」
ロロはポッキーゲームに仕掛けられたルルーシュの唇争奪戦に、顔を真っ赤させて声を張り上げて兄へと抱きついて、「だめだよ兄さん!」と必死になって止めている。
止めなくてもルルーシュにそのつもりなんてなかったが兄想いすぎるロロは少々過剰であるということだ。
シャーリーはシャーリーで、今年こそはルルとキスするわよ!と拳を作りながら妄想している様子で、リヴァルはミレイとの急接近を想定してポッキーを見つめている。
スザクは相変わらずというか、生徒会メンバーの自由さに肩を竦めて思わず笑ってしまった。新しく加わったジノもアーニャもこのときばかりは学生の身分として周りに親しまれ、楽しそうにしている。
足りないものはあるけれど、ここはいつでも優しくて温かい場所だ。
「スーザク、見てないでホラッ」
ジノはそう言ってスザクの口の中にポッキーを一本押し込むと、向かい合わせにして自分もチョコレートの先からかぷりと食べ始めた。
「ちょっ、じのっ」
咥えているため上手くしゃべれず、焦せるがジノの口がもう一口もう一噛みとポッキーを食べているのを至近距離で眺めてしまえば傍でじぃー、とアーニャがカメラを構えていることに気がついて、ジノが迫ってくるのと撮られるという恐怖に頬を朱に染めてポッキーをその場で噛み砕いて離してしまった。
「あーあ、スザクが照れるから」
「照れるとかそういう問題じゃなくて、誰だってこれは恥ずかしいだろ!」
残ったチョコレートの部分をジノが一人で食べきりながら文句を言うと、スザクも眉を釣り上げて唇を曲げる。
彼らの近くではルルーシュとのキスを争ってばたばたとテーブルの周りを走っていて、それを睡眠の邪魔だと思ったアーサーがスザクの足元に擦り寄ってきていた。
「アーサーとだったら誰にも負けないのにな、っいてっ」
スザクがにゃあ、と鳴く飼い猫を抱き上げれば鋭い牙で腕に噛みつかれて小さな悲鳴を上げたー。
「今日は散々だったな……」
政庁へと帰ればぐったりと身体が疲れていた。あれから暴れるルルーシュを取り押さえることになったり、やっぱりジノが諦めてくれずにポッキーを咥えて迫ってきたりそれをどうしてもカメラに収めたいアーニャがずっと後ろに付いてきたりと大変賑やかな一日だった。
結局いつの間にかポッキーが一本もなくなってしまい、誰が勝ったのかも負けたかもわからず、そして今年もルルーシュは自分の唇を守れたらしい。
スザクは帰ってきて制服の上着を脱いで、ソファに座り報告書へと目を通し必要な書類にサインを記す。
するとドアが開いた音がして振り返った。やあ、と明朗に手を振ってくる金髪の彼にスザクは長いため息を零した。
「ジノ、また君は勝手にー」
ロックはしたはずなのに自分の部屋のように当たり前に入ってくる少年に、スザクは眉根を寄せて叱ろうとするが、ジノはにこにこと笑みを浮かべながらスザクに何かを差し出した。
「……ジノ」
それは見飽きたと言ってもいい、赤い箱に詰められたお菓子のポッキーだ。
青い双眸が嬉しそうにそれを箱から出して一本取り出す。
「ポッキーゲームの続き、どうしてもスザクとしたくて買ってきたんだ。けどどこに売ってるのかよくわからなくて探したよ」
「……まさかとは思うけど、某有名洋菓子店とか某高級ホテルとか行ってないよね」
「行ったよ、けどそんなものはないです、て言うんだ。で、どこに売っているのか教えてもらったんだ」
この貴族のぼんぼんめ!、とラウンズがそんなところに行ってポッキーください、と言ったのか想像できてしまいスザクは恥ずかしさに眩暈がしそうだった。
「お願いだから租界を一人で歩くのはやめてくれ、せめて僕かアーニャ連れて行って欲しい」
「おっ?スザクがトウキョウを案内してくれるのか?それは是非お願いしたいな、今日見てきて実に楽しい街だとわかった」
「そうだね、いつかね」
任務よりとてつもなく疲れそうだな、と重く息を吐いてみればジノはそんな話より大切なことがしたくて真っ直ぐにスサクを見つめて横に座った。
「ジノ、もうそれはいいだろ……」
ポッキーを咥えて、チョコレートの先をスザクの方へと向ける。早く、とジノが咥えたまましゃべるとポッキーがゆらゆらと揺れた。
ここにはアーニャもいないし、二人きり。なら別に恥ずかしがることじゃないか、とも思ったがやはりこうして見詰め合って一本のポッキーを両端から食べる、というのは異様なものだとスザクの羞恥が邪魔をして困りは果てる。
ちらっ、とジノの大きなスカイブルーを見れば色を滲ませて、綺麗に微笑む。
「―……」
早く食べてあげないといつまでもポッキーを咥えて待っているかもしれないな、と諦めてスザクはチョコレートの先をぱくりと咥えて齧る。
ジノがそれに合わせて口を進めて、スナックの部分からチョコレートの部分へとたどり着く。
口の中で折れるポッキーの軽い音。
スザクは目蓋を伏せながらもう一口。
そこで目が合ってしまい、急に身体が熱くなってくるのを感じて生唾を飲み込んでしまう。
何こんなことでドキドキしているんだろう、とまたチョコレートの甘い味を口腔に満たす。
あともう少し齧れば、ジノの唇に触れてしまうかもしれなくて動けないでいれば、ジノももう食べることをせずにじっとスザクから進み食べてくれるのほ求めていた。
スザクは太い眉を戸惑いに下げる。
唇に食んでいるチョコレーとも溶け出してしまっている。ジノはスザクから食べ切ってくれるのを待っているのだ。
その意地悪さにスザクは頬を膨らませて、その寸でのところでまたぽきっと折ってしまった。
ジノが、「あっ!」と大きな声を漏らして残念そうに煌々とした顔色の明かりを落す。
「君の遊びに付き合っているほど僕は暇じゃないよ」
まだ手に持っていた残りのポッキーを取り上げると、スザクはそう言って唇に付いているチョコレートを舌で舐め取った。
「それに回りくどいのは嫌いだ、」
と、小さな声で呟くとスザクは隙だらけのジノの頬を両手で包んでちゅっ、と唇を軽く重ねた。
突然のキスにジノは何が起こったのかわからず、ただ目を丸めてスザクのエメラルドの瞳を見つめ返す。
照れくさいのかスザクはそっぽを向いて、一人でポッキーを勢いよく食べ始めるのが急に愛しく見えてジノはふるふると身を震わせて「スザク!」と抱き付いてそのまま押し倒してしまった。
大きな犬にじゃれつかれたスザクは頬を紅潮させて、覆いかぶさってくる彼を潤ませた瞳の中に映した。
そしてその犬は尻尾を振り心底嬉しそうな声でこう吠えるのだ。
「スザクのキス、チョコレートの味がした!」
それはとても甘い甘い、お菓子のような甘い君だからきっとこんな味がしたんだろうな。
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