「誕生日、おめでとう」

思わず彼からのその台詞にいつも目まぐるしく回転している思考がピタリと止まった。
生徒会室には他に誰も居ない。
ルルーシュとスザクの気まずい二人きりだ。
もうすぐ陽が暮れて、スザクは政庁へと帰らなければならない。たぶん、学園内のどこかで探索と言ってアーニャと出かけていったジノを連れて。
今のスザクとルルーシュは会長から任されて明日各学年に配られるプリントに生徒会の捺印を押して確認のチェックをしている。
任された、というか面倒なことを押し付けられたと言った方が正しい。
だがこの後、ミレイたちによってルルーシュの誕生日パーティーが行われる。彼らはその準備をするために、何かと理由を付けてこの部屋を出て後をスザクに任せて引留めておきようにという目的があった。
本当はサプライズ、という形で祝いたかったのだが先にスザクは口走ってしまう。おめでとう、と。
そのパーティーにスザクも残っていけばいいのに、とリヴァルは言ったが仕事があるからとスザクは断っていた。

「……あの、僕の顔に何か付いてる?」

何の反応もないことにスザクは逆に恥ずかしいやら複雑やらで太めの眉を下げた。
ルルーシュと僕は偽りだ。
そうしてまた迎えた誕生日。あの一年前も、僕らは偽ったままだった。いいや、今回は僕だけが偽りなんだろう。彼の記憶は弄られてはいるが、彼にとってはこの時間が真実なはずだ。
またこうして彼の誕生日に会っていることが、スザクにとっては喜ぶべきものではないのかもしれないと躊躇う。
だって彼はユフィを殺したゼロなのだ。僕やナナリーまで裏切って、酷いことをした男なのだ。そんな男が生まれた日を心から祝うなど、今のスザクにはどうも素直になれない部分があった。
それでもつい出てしまったのは、嘘を付かなければならないという責任かそれとも隠している気持ちの芯なのか。

「あ、いや……少し驚いただけだ」

ルルーシュはやっと深いライラック色をした眼を動かして、ぎこちなく笑った。

「覚えていたんだな、ありがとう」

本当はただ先日ロロからのルルーシュに関する報告書を読んでいる時に、プロフィールも手元にあったため生年月日に目が行った思い出しただけで、覚えていたわけではない。だから思わず、何かしなくてはと焦った。
今の僕らの関係は友達だ。ならば祝うのも必然となる。

「プレゼントはないけど。本当は用意しようと思ってたんだ、けど君が欲しいものが何なのかこういうことに疎い僕にはわからなくて」

よくそんなことが口から出るなと、自分でも感心してしまう。
それはルルーシュも同じだった。
本当はそんな気持ち一つもないくせに、とスザクを心の中では冷静に見つめている。
驚いたのは本当だ。まさか今のスザクから祝ってもらえるなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。
憎んで憎んで殺しても殺し足りないほど大嫌いなはずなのに、偽って笑うスザクが憎たらしい。
それでもルルーシュも演技を続ける。甘い夢の続きを見ているかのようだが、それは一瞬でまた現実が舞い戻ってくる。
スザクは敵だと。
そんな奴に祝われても、嬉しくなんか無いと意地を張りたいところだがルルーシュは唇に孤を描いて微笑む。

「いいさ、そんなものよりお前の言葉が嬉しい」

「そうかな」

スザクもつられて笑う。
ふわっ、とくせ毛が揺れて翡翠の瞳が滲んだ。
嬉しくなんか無い、とも思いながら胸は熱くなる。その笑顔も言葉も嘘ばかりなのに、どうしても痛くて歯がゆくて恋しくなる。
だから少しだけ昔のように戻ってもいいだろうかと、思った。

「本当だよ、スザクや大切な人からおめでとう、て言ってもらえるだけで俺は十分なんだ」

低くて余韻が残る声がスザクの耳から頭の中へと浸透していく。
気持ちの良い、真っ直ぐで温かい言葉だった。

「大切な人って?」

スザクが瞬きをするとその裏に、盲目の少女が笑っていた。
だがルルーシュはスザクが何を思い描いているのかを避けるように、そして当然のようにその名前を出した。

「ロロだよ。俺の大切な弟だ、それに会長やリヴァルだって大切な仲間だよ、毎年毎年うるさい誕生日会を開いてくれるのを少し控えめにして欲しいところだな」

「いいじゃないか、賑やかで」

そうだよね、とどこかで安堵する。
ルルーシュには妹なんていない。弟のロロが、彼にとってたった一人の身内なのだから。

「今年はお前もいてくれると思ったんだがな」

「ごめん、仕事なんだ」

「いつもそれだな」

「……うん、ごめん」

「謝るなよ。今日は俺の誕生日だ、ごめんは聞きたくない」

「うん」

淡白に零れる言葉のキャッチボールはそこでとまり、沈黙が流れる。
やっぱり言うんじゃなかったとスザクは後悔した。
こんな懐かしくて苛立つ気持ちになるのなら、知らないフリをしておけば良かった。
だんだんと顔色が落ちて行くスザクを見てルルーシュは短く息を吐いた。そしてスザクの柔らかい髪の毛を撫でると、突然のことにスザクの大きな目が丸くなる。

「もっと笑え。俺の誕生日なんだ、そんな浮かない顔されてたらテンションが下がる」

「ひどいな、君がごめんなんて聞きたくないとか話をそらすから気まずくなったんじゃないか」

スザクはムッ、と唇を尖らせて文句を言った。またルルーシュがくつくつと口元に手を当てて綺麗に笑う。細い黒髪は首をかしげると白い頬へと掛かり、整った柳眉が困ったように寄っている。
憎いのにどうしてもこの美しい人に絆されてしまう。

「ルルーシュ」

濁りの無い甘い呼び声が部屋に響く。

「ハッピーバースディ」

ああ、僕は彼のことが憎くて憎くてそして好きなんだと気付いてしまうのが怖かった。












                                  
盲目であるが故の感情