ここ、生徒会が使っているプライベートクラブハウスにはたくさんの部屋がある。ルルーシュとナナリー、咲世子が使っている部屋以外にリビングやキッチン。それにプールにだってつながっている通路まであった。3人で住むには広すぎたが実に過ごしやすい空間だ。客人1人ぐらい家人であるルルーシュから許可をもらえば簡単に泊まれる。だが学生寮だとこうも自由に広々とは使えないだろうと思うと、とても贅沢な生活だ。身分を偽っているとしても。
夕暮れが近づいて大きな長方形の窓ガラスから挿し込む明かりは橙色で部屋の中での影が濃くなっていく。
ぎしり、とベッドのスプリングが軽く鳴り、衣擦れの音。
ベッドサイドのテーブルからの淡いランプの明かりだけが煌々としている。冬になると日が暮れてしまうのが早い。
そしてベッドの中では睦み合う二人がいた。
ちゅっ、と音を立てて唇を離すとルルーシュはスザクの制服の襟のホックヘと指を掛ける。
スザクは何故かそれに良い顔はせずにじっ、とその指を見下ろしていた。別に彼のことが嫌いだからというわけではない。

「夕飯を食べて行かないか?」

と、誘いをしてきたのは彼の方だ。
最初は迷ったが、別に断ることもなかったし素直に嬉しかった。
今までもルルーシュからはそういった誘いを受けている。
そうして必ず、「今夜は泊まっていけ」と言われる。
スザクは学園の向かえにある軍の寄宿舎で寝泊りをしているため、ここに泊まっていこうがそうでなかろうがあまり関係がないと言ったらないがやはり自分は軍人だ。
その軍人がいざとなる時にその場にいなければ意味がない、ということもあり嬉しくても生真面目なスザク自身が渋っていた。
だから泊まることなんてことは、ほとんどしたことがない。
ただ少し、夜遅くに帰る。そうしていた。
今夜もそのつもりで、この部屋に招かれた。
ここはルルーシュの私室ではなく、客人のための部屋だ。
だからとても簡素で、ベッドとクローゼット。それぐらいしかない。
けれど二人にはベッドさえあれば十分だった。
何をするにも、大概はこの部屋だ。
ルルーシュは滅多と自分の部屋に人を入れない。一度訪ねたことがあるが彼は珍しく挙動不審だったしノックをしろとしつこく念を押してきた。
ルルーシュは秘密主義なのだろう。それは仕方がないことだ、今までの彼の事情を考えれば。いくら友達だからと言って自分の身辺を見せてしまうのは抵抗があるんだとスザクはスザクなりに理解しているつもりだった。

「ルルーシュ、」

か細く震えた声で名前を呼んで、目蓋を伏せ彼の手首を掴む。
まだ中のシャツのボタンは外されてない中途半端なままで。
「なんだ?」
顔を寄せて、口端を緩めて囁かれる言葉はどんなに短くても色っぽかった。耳に掛けたさらさらとした黒髪が落ちてきて頬をくすぐる。
スザクは圧し掛かっているルルーシュを見上げて、何かに対して不服そうにその熱視線から翡翠の瞳をそらす。

「スザク?」

ルルーシュはどうせ時間が早いとか照ているから視線を合わさないのだろうと勝手に決め付けていつもりことだ、と思い早く続きをさせて欲しいとばかりに空いている手でスザクの細腰を撫でた。
伝わってくる感触は女性のような丸みを帯びたものではないがそれでも弾力のある触り心地だった。
スザクはそのルルーシュの手のひらを気にすることなく、少しからだをずらして丸々とした瞳で彼ほ見つめる。

「一つ、聞きたいことがあるんだけど」

「質問なんて後でいくらでも聞いてやる」

今ここで、この雰囲気で質問するなんて野暮天なことをするなとばかりに早口でそう告げて、スザクの言いたいことを無視してキスをしようとするがスザクは体を引いてそれを避ける。
その小さな拒絶が気に入らなくて、ルルーシュは肩を掴んでシーツへしっかりと押し付けた。
体力は自分より劣るくせに強引になるところがルルーシュの悪いくせだ。いつもそうやって流されてしまう自分も自分かもしれないがとスザクは一人ごちなかせらも抵抗を見せる。

「ちょ、ルルーシュ!」

抗議の声を上げて彼の胸を押して跳ね除ければ、今度はルルーシュが不機嫌な顔になった。
せっかくの甘い一時だというのに当の本人に突然拒まれてしまえばそうもなりたくなる。
それでもスザクは太めの眉根を寄せて苦言した。

「今、聞きたいんだ」

ふぅ、と息を吐いてスザクはルルーシュを見つめる。降ってくる紫水晶は深い色合いで自分を映していることに思わず身体が熱くなってしまった。
しかし流されてはいけない、とスザクは唇を結ぶ。
この前の時から気になり始めていたこと。
確かに後でも聞けることなんだろうが、今ちゃんと聞いてみたかった。そうしないといつまで経っても僕らはこのままだ。

「……しょうがないヤツだな。言ってみろ」

このままではその質問に答えなければ、今宵はこれで終了だ。そうはしたくないルルーシュは渋々その聞きたいこと、とやらに耳を貸すことにした。
了承が取れると、スザクは改まった様子で辺りを見回して視線を彼へと戻す。
スザクの碧色の瞳がいつになく真剣なのと不安げに見ていることに、何か大切なことなんだろうかとルルーシュも一瞬不安を混ぜて心拍を速くさせる。

「早い言え」

「えっ、と……あのさ、ルルーシュ」

「ん?」

「どうして、君の部屋じゃないんだ?」

「部屋?」

スザクの問いに問いで返す。

「部屋だよ。君の部屋じゃないここで、いつも会うのはどうしてなのかなと」

逢瀬はいつだってこの部屋。
睦言を交わすのも、いつだってここ。
どうしてルルーシュの部屋ではないのかと。
最初は気にしていなかったが、そうでもなくなってきた。
しかしルルーシュの方はどうしてそんなことを聞くのかとまだ分からないようで小首を傾げる。
それにスザクは苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。

「君の部屋には、やっぱり一番大切な人しか入れないのかなー、とか思ったんだ」

「どういう意味だ?」

自分のことをよく「天然」だの「鈍感」などと言うくせに、こういった手の質問となるとルルーシュはしれっとした顔になる。まるで欺かれているようでそれが妙に勘に触った。

「だから、ちゃんとした恋人しか自分の部屋に入れないのかなと思ったんだ」

どう言えばいいのかを試行錯誤しながら話し、出た言葉はそれ。自分でもよくわからない。僕は何を言っているんだと思わず笑ってしまいそうになる。
そんなことを考えてしまった自分もバカバカしいと思ったが、一度気になると気になって仕方なかった。
ルルーシュは極度に部屋に入られるのを嫌がることは仕方がないことだと自分でも納得した。
先日、数学のノートを返しに行ったときだって突然の訪問だったけれど、あの慌てようは少し不自然だったような気がしていた。
他人には入られたくない理由がある。
それがただの秘密主義だからという警戒心ではなく自分にも言えない、何かを彼は抱えているんじゃないだろうか。
絶対に知られたくないこと。
それが何かを考えて行き着いた答えは「ちゃんとした恋人」だった。つまり、男のスザクではなく女性の誰か、ということが言いたかった。だがスザクはそれでいいと思っている。自分なんかよりルルーシュにはちゃんとした付き合いをして欲しいと。
それなのに。もしかしたらルルーシュには自分がそう願う前から真剣に付き合っている女性がいるんじゃないかという憶測をしてほんの少しだけ……気分が悪くなった。
ルルーシュが悪いわけじゃない。
ルルーシュは勘違いをしているのだ。僕がいるから僕がルルーシュのことを好きだから彼は僕と一線を越えてくれる。
僕のわがままら付き合ってくれているのはルルーシュの方だと思っている。ルルーシュは優しいから。
これは嫉妬なんだろうか、とスザクは自身でも理解できない心のあり方に戸惑う。

「ちゃんとした恋人、てお前……」

何を言い出すかと思えばルルーシュの予想を超えたことで、思わず目を丸める。
スザクはそれにどこかこじつけの理由をとって付けたような言い方で返す。

「だってそうだろ?よく言うじゃないか。愛人とかなんていつもホテルとか、そういう場所だろ?」

「あ、愛人ってお前な!」

何を勘違いしているんだこの馬鹿!と、ルルーシュは心中で怒鳴る。それにスザクの口から飛び出して言葉に頬を朱色に染めた。

「いつ俺がお前のことをそう思った!」

「だって僕は男だ、君に女性の彼女がいるなら敵わないだろうし、それならもうこんなことやめた方がいいだろうし……」

一体何が話しの主題だったのかもよくわからなくなってきて、スザクはいつも以上に舌を動かしてしゃべる。突然スザクがおかしなことを言い始めたとルルーシュは困惑し、飽きれた息を零す。

「だからなんでそんな方向に話が向くんだこの馬鹿!」

誰も別れ話を切り出しているわけでも女性の存在があるわけでもない。ありもしないことからどんどん出てくるスザクの想像力に、ある意味ルルーシュは脱帽だ。
ルルーシュがなんと言おうと、スザクは「隠さなくてもいいよ」と、悲しそうに笑うだけで。
それが本心にすらも見えてきて、本当のスザクはこんなこと望んでいない。自分に合わせてくれている偽りの恋だったのかと、内心では悲しくも怒りもする。

「だってそうなんだろ?」

「だから違うと何度言えば分かる!」

声を張り上げて誤解を解こうとするが、「じゃあなんで?」と言われたらその答えを用意していない。
部屋が汚いとか、そういうことでは納得させられるわけがない。
ルルーシュは全ての思考回路を駆使してこの危機を切り抜ける方法を考える。
元はと言えばあの女がいけないのだ。
部屋ならここでなくても別のところに根付けばいいものを、
「ここが気に入ったから私はここに住む」
と、言って断固として動こうとしない。
そのせいで誰も部屋には入れらなくなってしまったのだ。
しかしそれをスザクに話すわけにもいかない。こればかりはどんなことがあっても、絶対には言えない。
ギリギリと唇を噛み締めてスザクの勝手な妄想への怒りをC.Cに対しての怒りを募らせる。
こうなったのも全てのあの魔女のせいだ。俺のせいじゃない。
しかしC.Cのせいだろうと今ここでスザクを懐柔させなければ終わりだ。
長い溜息を吐いてから、ルルーシュは顔を上げる。

「お前がそんなことを考えていたとは思いもしなかったことに関しては、素直に謝る。が、本当に誤解だぞ大きな誤解だそれは。100%、いや120%でありえないことだ」

背中にいやな汗が流れて、頭の中ではどういえばスザクに潔白が証明されるのかと、いく通りもある答えを用意しようとする。が、こういうときに限って、口から出てくるのは情けなくて言い訳に聞こえるものばかり。
ルルーシュに手をぎゅっと握られると、俯いていたスザクが顔を上げた。

「いつ俺がお前のことを軽く見た。俺のことが信じられないのか?スザク」

「ルルーシュ……」

覗き込まれた瞳が酷く真摯でスザクは自分が口を滑らせてしまったことに対して自責の念が募り始める。

「どこで吹き込まれたことか知らないが、俺が違うと言っているんだ。お前はそれを信じればいい、もし信じられないっていうのならー、」

語尾を濁せばスザクが慌ててルルーシュの手を握り返し、「ごめん!」と大きく頭を下げた。
その表情はすまなさそうに眉が下がっており頬もほんのりと赤くなっている。

「だって、そういうものだとリヴァルが言ってたんだ」

事の発端をスザクは振り返ってみることにした。最初にルルーシュの部屋の話になったのはリヴァルとの話の中だった。
リヴァルもルルーシュの部屋には入ったことがないらしく、最近ではますます頑ななだから彼女でも出来たんじゃないかと言っていたことからスザクの疑問が始まった。
言うなら肉体関係を結んでいる僕らは恋人だ。しかしルルーシュの部屋に入ったことない。そうなると、自分はルルーシュとの関係はひどく乾いたうすっぺらいものになると。
じゃあ一体、僕とルルーシュとはどういう繋がりなんだろうかと考えてみるとわからなくなった。
考えてみても考えてみても答えは数式のようにイコールになって出てこない。
精一杯考えて、僕はルルーシュに相応しいとは思えない。とスザクは導き出してしまう。けれどルルーシュの傍でまだこうしていたいと思ってしまう自分もいる。イコールにもマイナスにもプラスにもならない、複雑な数式だ。
一体どうすれば解決するんだろうかと、その矛盾にスザクは悩んでいたのだ。
もし頭に犬のような耳があればしゅんと垂らして反省する姿勢のスザクにルルーシュは唖然とする。
スザクの悩みがルルーシュにはよくわからないのだ。たかが学友にそう冗談で言われて考え込むようなことではないと。
馬鹿正直というのかなんと言うべきなのか。
ルルーシュは何度目になるかわからない溜息を吐いた。

「あのなスザク、お人好しも大概にしろよ。人を信じるのはいいことだが、嘘と真実ぐらいは見分けがつくようにしておけ」

がっくりと肩を落としてルルーシュはスザクの額へと額を強く擦り付ける。
きゅっ、と瞑ったスザクの瞳がゆっくりと開いて「ごめんなさい」と小さな唇が謝る。薄らと開いた唇がまた一つ、ルルーシュには気に入らない発言を呟く。

「けど、僕はルルーシュに相応しくないと思うのは本当だ」

そう少しでも思っていなければ、こういう解釈は生まれないとスザクは苦笑する。
ルルーシュはひくりと柳眉を微動させると、スザクの唇に噛み付いた。いきなり舌を差し入れられて驚きに声が呻く。蠢く彼の舌がスザクの怯えた舌を捕えると唾液を塗り付けてからめとる。
苦しい、と鼻からの息だけで訴えると歯列をなぞっていた舌がようやく唇と一緒に離れていく。
蕩けた視線が交じり合って、短い睫毛がふるふると震えていた。

「俺はスザクが好きだ。だからキスもするしそれ以上のこともしたい。そう思う奴はお前だけだ。他に誰もいない。俺は、スザクにまた逢えてそしてこうしていられるだけで……」

俯いたルルーシュの表情は恥ずかしそうだったが、それでも一生懸命スザクに今の気持ちに応え惹きたいために言葉と態度で伝える。
そのルルーシュに対して応えられる術をスザクは知らない。戸惑いと嬉しさを隠しきれないままルルーシュの熱くなった頬へ手を伸ばした。

「お前は相応しくないと思っていても俺は違う。俺がいいんだと言うんだ。だからスザクはここにいるべきなんだ」

その冷たい手先を掴んでルルーシュはスザクを力いっぱいに抱き締めた。苦しいよ、とスザクが笑ってもその腕は強くなるばかりだった。

「……君、傲慢だね」

「誰だってそうだ。スザクだって変な理由で勝手に俺と別れようと思っていたことだって傲慢じゃないか。それと何も変わらない。本当はスザクだって別れたくないくせに」

「ホラ、そういうのが傲慢なんだよ、ルルーシュは」

そう思うことがだよ、とスザクがくすくすと声を立てれば手の平で頬を挟まれる。見つめられると心臓がばくばくと恋する音を鳴らした。

「そうかもしれないな」

こんなに近くにいるのに隠し事はたくさんある。
言えないのにスザクに傍に居ることを強要させるのは、確かに強欲なことなんだろう。
けれど手放したくなんかなかった。

「で、スザクは俺とリヴァルのどっちを信じてくれるんだ?」

ちゅっ、と唇の端を吸ってルルーシュが美しい孤を唇に描いて微笑む。
スザクはエメラルド色の瞳を滲ませて、

「仕方がないから君を信じてあげるよ」

と、からかいまじり告げた。
するとまたルルーシュの口付けが降ってきて、スザクはそっと彼の肩に手を置く。
きっとこれはどうでも良かったことなんだ。ただ、少しルルーシュを困らせてみたくて僕を捕まえていて欲しくて意地悪をしただけなんだと、スザクは忘れることにした。
もう一度聞いたってルルーシュは答えてくれない。なら聞かないでこのままでいればいいと盲目になる。
もう少しだけ、この幸せな時間が続きますようにスザクは毎日祈る。あと一日、あと一日。
それがどんどん欲張りになってずっと続けばいいのにと思うようになってしまう。
そうならないよう、スザクは自分で他人との距離を遠すぎず近すぎないようにする。
ルルーシュともそうしないと、飲み込まれてしまう。
まだ引き返せる。
だからもう少しだけ、とスザクは目蓋を閉じる。
もう少しもう少しと甘い果実をゆっくりと味わうように全てを咀嚼してしまわなければ僕らはまだ僕らのままでいられると。













                                   


いつかその日が来るとしても