ロシアに到着してからもう数日が経過している。ラウンズ二人を投入後のブリタニア軍は予定より早く侵攻出来ているがそう簡単に相手が思い通りには動いてくれない。
敵側にも優れたパイロットと指揮官があるのか、押しては引いてまた押してはの繰り返しだ。
白ロシア戦線はわが軍であるブリニアが勝利を収めたが、ロシアはとにかく国土が広いため一箇所を制圧したとしてもまだ一番届きたい場所までは手が届いていない。
しかしEU方面は飽和化されておりよくやく今、ロシアへと軍が力を入れることが出来るようにはなった。
スザクはこの二度目になるロシアでの任務をジノと共に行動している。
この国の冬は自分が育った日本や本国であるブリタニアよりも極寒であり、外に出る時は何枚も厚着をして出なければならない。
どこまでも白銀の世界でも特に、今回の任務地であるシベリアのオムスク基地では吹雪続きの毎日である。
厚い窓ガラスの向こうは真っ白で一向に天候は回復しない。そのため出兵は見送られ、二人のラウンズは温かい部屋の中での待機を言い渡されていた。
基本、ナイトメアは気候に関係はないがあまりの寒さにサクラダイトが上手く起動しないというアクシデントが起こったらしく、そこまでもまたブリタニア軍は一歩で遅れていた。
昼も夜もずっとこの天気ではいくらなんでもつらない、とジノが欠伸をしながら言うのをスザクは「仕方ないだろ」と溜息を交えて返した。

「僕たちはバカンスに来ているわけじゃないし」

床暖房は基地の全室に備わっており、それだけではなくエアコンから暖炉までと防寒対策は完璧である。
その基地内にある寄宿舎の客室が今の二人の部屋だった。
窓の外の景色が真っ白なことに飽き飽きしているのはジノだけではない。

「私は早く本国に帰りたいよ。いくらなんでもロシアは寒すぎる!」

ジノは唇を尖らせて、紅茶のカップをテーブルに置くと寒そうに腕を擦った。部屋の中だから暖かいというのに大袈裟にそう言う彼にスザクは苦笑する。
雪に埋もれてばかりだと視覚的に寒い、と感じてしまうのもわかる。
スザクはジノと向かい合うようにして対面になっているソファに足を組んで座った。そこから見える掛け時計はちょうど午後4時を指している。

「じゃあ早くこの吹雪が晴れてくれるといいね、そうしたら僕らもようやく本来の目的が達成できる」

このまま待機ではどこが具合でも悪くなりそうだった。何のためにここにいるんだと考えて、小さく翡翠色の灯火を瞳の中で揺らした。

「スザクの頭の中はいつも仕事のことばかりだなぁ」

砕けた息を零してジノは肘掛けに肘を付いて、スカイブルーの双眸でスザクを見つめた。
するとジノはにやり、と企んだ笑みを浮かべてソファから立つとスザクの傍らに立った。

「異国の地で仕事もなくてずっと暇でこうして密室で二人っきり、とかそういうのちょっとはいいかも、とか思ってくれないの?スザクは」

腰を屈めてスザクを覗き込む言葉と瞳の色に、スザクは一瞬頬を赤らめる。
仕事を二人で遂行することは珍しくない。ブリタニア宮殿でだって二人で過ごすことも多いが、そうしてはっきりと意図をもって言われると急にこの状況が恥ずかしくていやらしく感じてしまった。

「何考えてんるだ、君は」

「スザクが思っているとおりのだけど?」

そう言って腕を掴むと、ベッドへと誘い込む。足がもつれて倒れそうになるのをジノに抱き締められてその勢いでベッドになだれ込んでしまうとスザクは慌ててその胸を押し返す。

「だめだよ、ジノ。今は待機中なんだ、もしものことがあったらどうするんだよ」

いくら暇だからと言ってやってていいこともいけないことぐらい、わかるだろうとスザクが頬を膨らませるとジノがそれを愛しそうに見ながら笑う。

「もしもがあっても別に変わらないよ、行けと言われたら行くし待機してろと言われたらここにいてスザクとエッチなことするだけだ」

「ジノ……」

任務中だ、とまた刺々しく言えば今度はジノが不満そうに頬を膨らませて「スザクもまたそういうことを言う」と呟いて、決して柔らかいとは言えないスザクの腰手のひらで撫でた。

「それに寒いから二人でくっついていた方が暖かいだろ?」

「そうだけど今しなきゃいけないことなのかな」

スザクはこげ茶色の眉尻を下げて、息を吐く。

「私は今したいんだ、スザクと」

見上げてくるスザクの視線は迷惑そうだったが、嫌がるような素振りを見せなかった。
大きな犬がふさふさのしっぽを振りながら懐いてくることは悪くない。むしろ可愛いとさえ思う。
そういう感覚に近いのだろうか、この彼との関係は。
ちらりと窓の外の荒れる雪を見てスザクは肩を竦めた。手を伸ばし、ジノのカナリア色の髪に指を絡ませた。
手触りのいい優しくて細い髪と輝く色。近づく彼の顔にスザクは目蓋を伏せて、短い睫毛揺らす。

「ジノ、」

黒のインナーの襟元から覗く練色の項に口付けると、スザクが重たくて熱の篭った吐息をジノの耳に吹きかけた。

「なあスザク、この任務が終わった二人でオフをもらってどこかに行こう」

ふと思いつきでそんなことを告げれば、スザクが瞳を丸めた。

「どこへ?」

指と指を絡ませて、ぎゅっと握り締める。額と額をこつりとすり寄せて、ジノが口元を大きく緩めた。

「そうだな、暖かいところ。カリブ海とかどうだ?私の別荘があるからそこでバカンス、ていうのもいいな。しばらく寒いのはごめんだ」

そのジノの発言にスザクがくつくつと喉で笑う。

「単純だなジノは」

「素直と言って欲しいぞ」

瞳の中の小さな青い波がゆらゆらと自分を映す。そうとも言うねとスザクがまた笑うと、鼻先を齧られて最後にぺろりと舐められる。
するとスザクは少し視線をそらして、ジノの言うバカンスというものを考えてみた。
青い海と空。白い砂浜におしよせるさざなみの音。それはとても開放的になれて心躍るような気持ちのよい安らぎだ。
しかしスザクの中ではそんなバカンスよりももっと違ったものを浮かべていた。

「カリブ海もいいけれど、このまま北極に行くのもいいな」

聞いた途端にジノは不機嫌と驚きを素直に表情へと表す。

「ええっ、スザクって寒い方が好きなの?」

声を裏返してジノは北極の極寒を想像して身に鳥肌を立たせて眉根を寄せた。

「そうかも。だって寒い方がこうしてくっついていられるからいいだろ?」

今度はそうスザクに台詞を返されると、ジノの心臓がキュンと小さく音を立てて縮んでまた大量の血液を全身へと送り込んだ。

「それかオーロラを見に行きたいな。あと、ブリタニアの一番北の地にも」

ジノのそんな愛しくなってしまった気持ちなどスザクはまったく色気もなくスルーして自分の話を続けると、意外な言葉にジノが「へぇ」と声を出す。
アラスカよりももっと北へ北へ、何もない場所を何千キロも越えて見えてくるのは地球の最果ての景色。
そこには何もない、ただ平たんな陸地から連なる氷の海と空。地平線の大地よりももっと大きくて何もない、寂しい地球の果てだ。

「一度見て見たい、世界の果てがどんなものなのか」

何もないそこはまるで自分のようだ。世界とはいくらでも大きく自分で広げることが出来るけれどそこには必ず終わりがくる。僕はいつでもその終わりの先で立っている。
大地と海と空の境で。
大きなからっぽの中は寂しさがいっぱいで、それでも生きているということを実感しなくてはならない。
ここで生きているということを、知ってみたかった。
スザクはエメラルドの瞳を伏せてその情景を浮かべた。
僕はそれを見て、何を思えるだろうか。たった独りで佇んでいることを嘆くのか、それともー

「じゃあそうしよう」

ジノはスザクの望みを返事一つで決める。理由なんてない、スザクが行きたいというのなら連れて行こう。
二人で行けばきっとどんな景色でも素晴らしいものへと変わる。
それが世界の終わりの地だとしても、ここから始まる一歩だってある。

「オーロラも見て、地球の最果ても見てそれから二人でまたあったまろう?私はスザクとだったらどこへでも行くよ」

前髪を掻き上げてそっとキスをする。
優しくてくすぐったいキスにスザクは口元を微かに緩め、ゆっくりと目蓋を落とした。









                                   


裸足の冬