外に出るとほんの少し肌寒い。
しかしそれがスザクには心地良くて深呼吸をすると長い廊下を歩き出した。
ゆっくりとした歩幅で横目に宮殿の庭を眺める。
とても静かなもので耳を澄ませば虫の鳴き声と風の音。それからせせらぎの音がする。
ゆらゆらとマントが風を受けて揺れ、長い影を真ん丸い月が作り出していた。
一年間、ここでラウンズとして過ごしていたというのにあの日々と何も変わらない景色なのにスザクの目にはまったく別物のように映っていた。
誰もない。
自分だけ。
そんな気がするほど大きくて静寂だった。
白いラウンズの騎士服でここを颯爽と歩いていたことが懐かしい。あの時はジノやアーニャが隣にいて彼らの笑う声が僕の耳をくすぐっていたというのに。

「いやだな、」

スザクはぽつりとそう零して頭を振って過去を振り払う。
あの頃はもう帰ってこないのだ。
月明かりを浴びながら廊下の先にある石段の階段を下り、芝生の上へ足場を移す。踏む音が鋭いものから軽い音になり、スザクは柔らかい足の裏の感触に足を止めた。
細い風がココア色の髪を掻き混ぜる。
注ぐ白い明りは眩しい。大きなエメラルドグリーンの瞳が月の光を受けてきらきらと輝いて宝石のようだった。
庭園の中央には小さな湖があり、そこに白い柱で作られた屋根付きのサロンがある。茶会も開けるように置かれたテーブルとベンチには薔薇を形取った装飾が施されていて一品もののアンティークらしい。
そこを目指してまた歩き始めると、ふとその視界に人影が見えてくるのがわかった。
こんな時間に一人で宮殿内を抜け出しているのは見過ごせない、と足を速める。
スザクは皇帝の騎士であるナイト・オブ・ゼロだ。皇帝の身辺はもちろん、宮殿内の警備の責任も任されている。皇帝暗殺を企てる者や不審者などのもしものことがないとは限らない。
スザクが目を鋭くして見つめていれば、ようやくそのベンチに座っている人物が誰なのか把握する。
緊張が解れると、また足取りを軽くしてさくさくと音を立ててサロンに向かった。

「ルルーシュ」

円形になっているサロンのベンチに一人物思いに座っているのは現ブリタニア皇帝でもありスザクの唯一の友になったルルーシュだ。
彼はスザクに呼ばれると頬杖を付いていた顔を上げた。

「なんだ、スザクか」

ベルフラワー色の瞳が闇夜によって更に深みを増す色を滲ませている。襟元を少開けて、ルルーシュはリラックスした様子でスザクへと微笑む。

「こんなところで何しているんだい?君一人?」

あたりを見回してもここにはルルーシュと自分一人だ。ルルーシュもその事実はわかっているため、「他に誰かいるか?」と鼻で笑った。
するとスザクはきゅっ、と太めの眉尻をあげる。

「一人で行動するのはよくないよ、せめて僕を連れてくるか誰と一緒にいた方がいい」

「俺が皇帝だからか?」

「そうだよ」

あきれた、と言わんばかりにスザクは溜めて言葉にいる。そんな彼に向かってルルーシュは足を組みかえると、「そんなことわかってるさ」とあしらった。
スザクが言いたいことはわかっている。自分の立場もスザクのことだって今後のことも全てが今のルルーシュの生きている意味だ。

「スザクこそどうしたんだ?こんな時間に散歩か?」

挑発的に見上げてくるルルーシュの瞳をスザクは覗きこむと、「巡回だよ」と嘘を付く。
確かにその意味もあったがここに寄ったのは、ただなんとなく、だ。
眠れないから透明な空気を吸い込めば胸に溜まった息苦しさも解消するかもしれないと思った。どうしてこんなにも胸が重いのか原因はわかっていてももうそれは変えられない痛みだとわかっている。
それでも眠ればまた明日、新しい一歩が踏み出せる。それはずっとスザクが唱えてきている言葉だった。

「スザク」

ルルーシュはベンチから立ち上がると俯いたスザクへと手を伸ばした。

「せっかくなんだ、月夜の下でダンスの一興ぐらいどうだ?」

黒いルルーシュの髪が首を傾げるとさらりと頬を流れる。

「ダンス?」

「明日、夜会があるだろ?お前も俺の騎士ならダンスの一つぐらい踊れるようにしておけ」

教えてやるから手を取れ、と言うルルーシュにスザクは「いいよ」と苦笑い。
しかしルルーシュはずるいことに「皇帝の命令だぞ」と口元を緩めながら言うものだからスザクは迷った挙句にその手を取った。
その手は冷たくても二人の体温が重なると温かくて心地良いものになる。
自分はまだこの手に取れるもの、触れるものがあるのだと安心出来る気がした。

「たまにはいいだろ、こういう余興も」

間近で見る互いの瞳の色は色濃く焦がれている。少しでも多く、スザクと触れている時間が欲しいと願うのは悪いことではないはずだと、ルルーシュは隠した気持ちの中で呟いた。

「前もあったよね、君が僕にダンスに誘ったの」

「あったな」

「あの時、君は嘘を付いていた」

「お前もだろ」

「うん、お互い様だね」

スザクが笑って、ルルーシュの手を握り返す。そして額がこつりとぶつかり合うと吐息が零れた。
短い睫毛が震えてルルーシュを見上げる。
誰かに見られたら困るのはきっとルルーシュの方だ。僕は何も悪くない。
だって君に命じられたんだからと、頬を赤らめながら心の中でごちた。けれど、悪くない気分だ。
くるくると足がルルーシュのステップに合わせて前へ後ろへ、左右へと舞う。
馬鹿みたいに今の僕らの心は恋をしていてすごく楽しかった。

「スザク、」

頬の膨らみを撫でる手のひらと見つめるワインレッドの双眸はいつまでも綺麗なままで吸い込まれてしまいそう。
ルルーシュが足を止めるとスザクの頬を両手で包んで、そっとキスをした。
触れた唇の柔らかさは夢から覚めることが出来なほど熱くて、夢を見させてくれるような愛しさがあってスザクは目蓋を閉じる。

「もう少し踊ろうよ、今日は月明かりが気持ちいい」

スザクはルルーシュの手を微笑みながら握り返し、今度は自分がリードするように一歩踏み込んだ。
澄んだ空気、肌を柔らかく撫でる涼しい風と互いの体温が唯一の熱に感じる。

「お前に俺がリードできるのか?」

ダンスの腕は俺の方が上だろ、とルルーシュが喉で笑う。

「大丈夫、僕に任せて」

何度も何度も聞いた台詞。その一言はまるで魔法のようだった。
この手はきっと死ぬまで繋がってる。
例え遠くに行っても、温かさを忘れない。
ひらひら、ゆらゆらとスザクの黒いマントが身体の周りを舞う中に月明かりに白く透けてみえるルルーシュの色はとても綺麗でスザクは恍惚に淡い緑色を滲ませた。





願わくは、ラストダンスを君と。









                                  


ラストダンスは君と