世界が燃えている。
臙脂色に。
誰がそうさせたのか、どうして世界は崩壊しているのか。
まだ世界は、燃えていないはず。
しかし周りが燃えているだけでなく、自分の体の中もひどく熱を持っていた。
まるでこの熱が原因かのように赤色は飛び火する。
そうしてようやくこれが未来の自分と世界であることを、意識下の中で理解した。
その願望が夢を見せる。
守るために壊し、壊すために世界を真っ赤に染める。
それがこの身に宿した復讐の末路。
生温かい風を肌に感じて、自分がゼロとしての仮面を付けていないことに気が付く。
そして目の前に立つ少年に視線は注がれた。
赤黒い炎を背にして、佇み自分を待っている。それに応えなければならないという衝動に突き動かされて一歩、また一歩進み出た。
自分は丸ごしで相手の少年は、剣を手にしていた。
真っ直ぐに恐れない碧眼が二つ。

(お前は、俺を殺せるのか?)

唇を歪めて問う。
彼は無言のまま、見返すだけ。

(俺は?俺はお前を殺せるんだろうか?)

自分の体なのに、別の自分が語りかけてくる。

「君がゼロだなんて、信じたくなかった。けど、真実だった。罪は、償わなきゃいけない」

(お前がそれを言うのか。罪を償えと)

「だから僕は君を殺さなきゃいけない。それが、僕からのせめてもの救いだよ、ルルーシュ」

(救い?救われたいのは、スザクお前だろう?)

ルルーシュの声はスザクに届かない。
吐き出される空虚の言葉は、風へと攫われていく。

「君は僕を裏切ったんだ。僕は君に嘘を付き続けて、そして君は僕を裏切った。だから僕は、僕自身と君が許せない」

そうなんだろう。
これはスザクに対してへの、裏切りだ。
ゼロであることを隠しスザクもまた犯してしまった罪を隠し続けていた。
偽り続けてきた自分たちが今だけは、正面を向いている気がする。
けれどスザクの言葉がルルーシュの体も心をも抉る。
スザクだけは、失いたくないと心の奥底では思っていた。彼だけは、彼は自分のことを分かってくれるんじゃないかと、浅はかすぎるとはわかっていながらも期待していた。
自分やスザクが死ぬことで世界は変わるんだろうか。
それは違う。
何も変わらない。変えるためにはまだ生きなければならない。これはまだ、発展途上の世界だ。

(スザクだってわかってるんだ。この世界は間違っているんだ、と。)

だから一緒にいなくてはならない。自分の傍で世界を変えていく騎士にならなければならない。

「君は間違ってるんだ。……君は、誰だい?」

スザクの声の語尾が半音上がり、紅色の唇が優しく弧を描く。

「ゼロ?それともルルーシュ・ヴィ・ブリタニア?ルルーシュ・ランペルージ?君は、誰?君はもう、誰でもない。死んでるんだ。そうだろ?」

残酷に笑って、スザクはルルーシュの胸へと剣の切っ先を突き付ける。
死んでいる。
皇帝である父にも、「生きながら死んでいる」と、言われた。
今のスザクにとって、自分はルルーシュではなくてゼロとしてしか見えれない。
もう、名前は必要ないのだ。
スザクはルルーシュを殺すのではない、ゼロを殺すのだ。
ならばゼロとして、ルルーシュもスザクを殺すか利用するか。
なぜならルルーシュはスザクの罪を知っている。
自分が正しいのだと、分からせればいい。
お前の救いは間違いだらけで、己の傍にいることで救われることを知らしめればいい。

「死にたがりやのくせに、よく吠える。誰でもないのなら、また新たな自分を作るまでのこと。スザクこそ、何にもなれないただの自己満足にしかすぎない生だろう」

今度ははっきりの喉を通して声が出た。
優しさなんて含まずに、毒を吐くだけ吐き出す。
これが本音なのかも分からないけど、すらすらと用意していたかのように告げる。

「殉ずることが贖罪か?お前の罪は随分と軽いんだな、死んで償われようなど本当は逃げたいだけの戯言だ。俺は逃げない、自分の罪を受け入れて生きてみせる。父親を殺したのはお前だ。それは変わらない。お前の罪は、救われない。」

スザクの唇がわなわなと震えて、瞳孔が動揺と憤怒に揺れる。
ちがう、と渇いた声で囁く。

「俺ならお前に罪を償う場所を与えてやる。死などではない、生きることによっての場所。お前は俺の差し伸べる手を取らなきゃならないんだ」

白い手を差し出せば迷う瞳は引かないルルーシュの手を、見つめる。


「俺はー、」



スザクが重い口を開いて、ルルーシュの待っていた答えを出す前にそこで映像はストップする。
見えていた景色が一瞬にして薄闇に消えて静まり返った。
何だ、と思えば霞む視界に部屋の天井が見え始める。
はっ、と息を呑めば今自分が見ていたものがなんだったのかを察した。赤い炎も、スザクもここにはもともと存在していない。そして当の本人はベッドで横になっている。
あれは夢だったんだ。
(自虐的な夢だったな……)
最初は夢だとわかっていたが、いつ間にか本当だと思い込んでいた。

「随分と魘されていたようだな」

月明かりが挿すカーテンのソファに腰掛けている少女を見つけると、ルルーシュは上体を起こして長い息を吐く。
夢見が悪い上にC.Cに「魘されていた」と言われてしまうとなんだか気分が悪く、言葉に詰まるが話せないというわけでもなかった。

「……夢を見た」

「……」

「俺のことを、卑怯だと思うか?」

「なんだ急に」

唐突な質問に彼女は首を傾げてみせる。
スザクの心の闇を知った。触れられたくない部分を知ってしまい、それを自分は利用したいと思っている。
あの場で、スザクの真実にを見つけたことを嬉しいと思っている自分がいた。
ルルーシュとしてではなく、ゼロとして。しかし、それはルルーシュ自身の願いであったことは事実だ。
スザクには、自分の傍にナナリーの傍に居て欲しい。
どうしてもこの手を取って欲しい。そのためには、彼の痛む傷をわざと掻き毟って自分がもう一度、塞いでやればー。
もしも、自分がゼロだと知れば彼はどうするだろう。
夢のようにいくら友達と言えども矛先を向けるだろうか。
裏切り者、最低だ、と罵るだろうか。
知られるのが恐いと思うのと同時に、知った上でも傍にいて欲しいと思う。
そのためなら利用しよう。それは同時にスザクを救うのだと思えばいい。

「卑怯でも、それがお前にとっては必要なものなのだろう?」

ルルーシュは黙ったまま握り締めた拳を見つめる。
そうだ。スザクが必要なんだ、俺には。
C.Cが鳴らす靴音が鈍く響き、腰まで伸びた緑色の髪が揺れる。
緩く口元を緩め、彼女は歌うように口ずさむ。

「卑怯なことは、もっとも人間らしい感情だと思わないか、ルルーシュ。だから誰もが、卑怯なのさ」
真実はときに残酷で