スザクと初めて出会ってから何度も会話して触れて、一緒に戦場だって駆け抜けきた。
ジノはスザクのことをよく知らないけれど、それでも一つどうしても知りたいことがあった。
もちろん、「私のことが好き?」ということは知りたい前提ではあったが、そうでなければ私たちの関係はもうプツンと切れてしまっているだろう。
彼は誰とも距離を置きたがる。
だからそう思う。
私はいつでも好きということを聞いて確かめたいが、スザクはそうではないようだ。
「スザクは私のことが好き?」
と、聞けばいつでも頬を赤くして「しつこいよ」と言われ、毎回確かめないと君は安心できないのかと怒られる。
別にそうじゃないよ、好きだからどうしても聴きたいんだ、と言葉を返せばまたスザクが恥ずかしそうに俯いて「君は少し恥ずかしさ、というものを覚えた方がいいと思う」とも言われた。
日本人とは消極的なんだなとジノはそこで初めてそう思った。
けれど、スザクの言葉は合っている。
聴かないと、彼の場合なかったことにされてしまうんじゃないかという不安があったのは本当だ。
スザクを幸せにするにはどうすればいいんだろう、といつしかその方法を知りたくなっていた。
スザクが幸せだと感じるのはどんな時なのか。恋人といるときか、それとも過去だったか。
エリア11に赴任してからのスザクは酷く窮屈そうだった。
昔の友たちとの再会を喜んでいたと思ったが、ふいに影を見せるその表情をジノは度々見るようになる。
落ちる視線の先になにを見ているのか、握り締めた手のひらにはどれだけの熱が篭っているのか。
ただジノは、それがスザクの幸せを掴むためのものか知りたかった。
太陽が落ち始め、空が真っ赤に染っていくのを校舎の中でジノは眺め歩いていた。
二度目の行政特区で本来は忙しくなり学業はまたしばらく休むつもりでいたが、予想外の展開に転がったためスザクも総督補佐として多忙ではあるが、こうして学園に行けるときにはジノたちと一緒に登校している。
ゼロが国外追放となったが、それからすぐ中華連邦での一件もあり帰国してからも不穏な空気は増しており、まだまだ落ち着けそうにない。
学友であったシャーリーが亡くなったものまだ響いており、生徒会メンバーの空気は重い。
スザクと政庁へと帰ろうと思って教室を覗きに行ったがそこにはもう誰もおらず、生徒会室にも行ってみてもそこにはスザクの姿はなかった。
知らないか、と聞けば屋上にいくのを見たわよ、とミレイが教えてくれた。
階段を昇りきり、屋上の扉を開ける。
風の抵抗を受けて少し重く、吹き抜けてきた風に髪が慌しく舞い上がった。
ジノは青い瞳を細めるとすぐに視線の先に立つ影を見つける。一瞬口が開きかけるがそのスザクの細く薄い背中があまりにも孤独だったため声を掛けるのを躊躇ってしまった。
太陽の赤と夜空の群青に溶けて行ってしまうような、そんな儚さだった。
一人にして欲しい、と訴えている背中をジノは見つめたまま深呼吸をすると一歩を歩んだ。
「スザク!」
張り上げた声は明朗で、空気を気持ちよく震わせる。その声にスザクの鼓膜も震え彼の存在に気付く。
鷲色の髪が乱れるのを抑えながら振り向いた。
「ジノ、」
大股でゆらゆらとチャームポイントの三つ編みを揺らしながら近寄ってくる。
「探したよ。スザクどこにもいないからあっちにも行ってこっちにも行ってさ」
歩きながら指を下に指したり左にしてみたりして、微笑む。スザクは肩から力を抜いてそれに答えるように口元を緩めた。
「ごめん、もう帰らなきゃいけない時間だったね」
もうそんな時間か、とまったく時計を気にしていなかった素振りにジノは肩を竦める。
時間を忘れるぐらいここにいて、今を忘れるぐらいに無心だったとスザクは自分自身に内心で笑った。
「よくね、友達がここでさぼっていたんだ。意外に見付かりそうで見付からない、て言っていた」
くるりとジノに背中を向けるとまた沈んでいく空を見つめた。翡翠色の瞳も練色の肌も真っ赤に滲んでいく。それは美しいというより残酷にジノには思えた。
「ふぅん、だから探しても見付からなかったんだな」
この会話の意図などスザクにはなかった。
ただなんとなく、口から出たのはそれだっただけで。しかしジノには違っていた。
「スザクは隠れるのが上手いんだな、きっと。かくれんぼしたらきっと私は負けるな」
その友達が誰なのかは問わない。問わないでいた方がきっといいのだろう、と簡単に思った。しかしそうやっていると太陽も月も、そしてスザクが想う人もが彼を隠して閉ざして連れ去ってしまう。
この人は強いようで強くない。だが脆いようで崩れることはない。
不透明で不揃いだからこそ欲しくなる。
冗談で負ける、なんて言ったが本当は負ける気なんてしない。どこに隠れていたって見つけ出して手を掴んでみせる。その自信はあった。けれどスザクが訴えてこなければしっかりと握ることは出来ない。
「君は目立つからきっとすぐ見付かっちゃうんだろうね。アーニャは小さいから最後まで見つけられない気がするよ」
スザクはくすくすと口元に手を当てて二人の特徴を考えてその楽しそうな遊びの結果を想像してみせたが、またすぐに瞳の色は鈍く輝くエメラルドを浮かべる。
いくらスザクの視線を追っても、ジノにはそこにあるものが見えない。
虚空なのか、それとも誰かいるのか。
「なぁ、スザク」
「ん?」
彼の横に並ぶとジノは真摯な眼を二つ、スザクへと注いだ。
「スザクは今、幸せ?」
そんな漠然とした言葉を浴びせる。
スザクはきょとんと大きな瞳を丸めて、眉を少しだけ顰めた。不愉快、というわけではなく答えづらかったのと、今問われる意味がわからなかったからだ。
それでもジノは聞きたいことだった。
「わからないよ、そんな余裕ないから」
完全に太陽が沈んでしまうと、世界から煌々と明りが消え小さな星明りだけが残される。
ラウンズになってエリア11に戻り、理想に描いていた国を作る支えになりたいという願望がゆっくりとでも形になりつつある今が幸せだというのならそうかもしれない。
けれどスザクにはそれが自分の幸せとは一致しなかった。
望めば望むほど、食い違っていく。悲しみが増えるばかりだ。
幸せとはなんだろう、と自嘲してくもなる。
「私は幸せじゃないよ」
急にジノはそう言い放つ。その台詞が意外で、スザクは首をかしげながらジノへと視線を移した。
自分のようなどんなことにも楽しく快活に挑み、充溢した生活や精神を持っているというのに幸せではないというのは贅沢だという人もいるだろう。
それでもジノの幸せとは物や事象で満足できるものではなく、もっと人が恋しがるとてもありきたりで誰もが思うことだった。
彼は彼だけの世界で生きているのだ。それでいいと決めたのは彼自身であるが、その息苦しさに気付いていない。
狭い中で溺れ死にそうになっている。
私にそんなスザクを見殺しにしろというのか。
もしスザクに断られたとしても、ジノには出来ないことだった。
「私の幸せはスザクが笑ってくれないといけないんだ。私はそんな幸せが欲しいな」
彼の手が伸びてくると、さらりと指先に髪を絡めて撫でた。スザクの瞳にジノの笑顔が映り込んで、それは脳裏にまで反映しているようだった。
「スザクには私といて幸せだと想ってもらいたい」
それはまるでプロポーズにも聞こえて、スザクは急に顔に熱が集まってくるのを感じる。
「なに、言ってるんだよ君は」
二本の腕がスザクを包むと、顔だけでなく全身が強張り熱くなる。
どうしてこんなことになっているのかわからなくて、頭の中が沸騰する。自分がジノに何かしただろうか、何か不安にでもさせるようなことを言ってしまっただろうか。
ぐるぐると考えても、ジノの突然の行動と発言がわからない。
「ジノ?」
ぎゅっ、と抱き締められた腕をスザクが優しく擦る。
(私はスザクを幸せにしたい。それは傲慢だろうか、)
カナリア色の髪が頬をくすぐり、スザクは目蓋を半分下ろす。この腕の中はいつだって心地良い匂いがする。
「嘘でもいいから言って、スザク」
なにを、とは続けない。けれどスザクはその台詞に胸が押し潰されたように痛くなって唇から冷たい息をひゅっ、と吸い込んだ。
傍にいて、一人にしないで。
好きだと言ってー。
私はそれが嘘だとしても本当にするから、嘘でも言って。とジノはスザクに聞こえることなくともそう心の中で唱えた。
甘えて抱き締めてと言って。それらの心をジノは欲しているのだ。
知らなくてもスザクの抱える孤独と闇をジノは一緒にしてもう悲しまないよう、新しい未来を描こうとしてくれる。
きっとどんな僕の淀んだ部分を見ても知っても後悔しないというのだろう。
だから辛い。
急にそんなことを言われ想われても、スザクには対処できるほどの器はなかった。
ただ黙って、ごめんと謝ることしか出来ない。
「―……嘘なんて、ないよ」
少し黙ったあとにスザクは微笑を交えてそう答えた。
だってこの不安になる気持ちも君への愛情も本物だから、言えない。
嘘だったら言えるのに。
いつしか本当のことが言えなくて嘘を付くのが上手くなってしまった。
ジノのライオンのような立派な鬣の色をした髪を冷たい風が撫でている。それをスザクはそっと触れ、彼の胸の中で静かな呼吸を繰り返す。
(滑稽だな、嘘なんて大嫌いなのに)
スザクは短い睫毛を震わせて目蓋を伏せて、そう情けなく呟いた。
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