「わっ」
いきなり足の裏が地面から離れて身体が浮いたことにスザクは小さな悲鳴を上げた。
ジノの逞しい腕がスザクの身体をまるで可愛らしいお姫様のように抱き上げて、スザクは泣くのをやめて顔を赤くする。
咄嗟に彼の首に腕を回してしまう。
「ちゃんと掴まってて、スザク」
そうジノはスザクの濡れた頬に唇を寄せて告げた。
自分の体重は軽い方だとしても、らくらくとジノに抱き上げられて恥ずかしくないわけがない。
例えここには自分とジノしかいなくても。
「ジノ、下ろしてくれないか」
すんっ、と鼻を掠める彼の首筋から香るのは懐かしい匂い。汗と清潔感のある香り。香水というものじゃなくて、自然な匂いだ。
それは同性からも好感が持てるものだった。
全身から湧き出る若々しさと清々しさは眩しいほどだ。
いいにおい、とスザクは頬を赤らめる。
それは変わらないジノの良さ。誰からも好かれ、媚びる弱さもなくて孤独の強さではない勇ましい強さを携えて育って青年。
「嫌だよ、せっかくスザクを抱けたのに離したくない」
薄暗くなった部屋から廊下に出るとそのまた奥にある、扉が開いたままの寝室へと足を向ける。
ふわふわと歩くたびにスザクの巻き髪が揺れて、黒いマントは途中で肩からずり落ちてしまった。
久しぶりに触れたスザクの感触は少し痩せたかなと思ってしまうほど細く、軽い。
それでも今でもラウンズだった頃と変わらないしなやかな体躯で軟弱にはなっていない。
美青年になったとは言わないが、歳を経ても童顔でありエメラルドの瞳は丸々と大きくて無臭なのにどこかから香しい甘い花の匂いがしてきそうなほど、可愛らしい。
ゼロという仮面の下に隠してしまうには勿体無い。
「ジノ、」
明りもつけないまま入り込んだ部屋にはダブルサイズのベッドが置いてあるだけだ。
スザクはそこに下ろされるまでぎゅっ、とジノにしがみ付いていた。
「前も、あったなこんなこと」
ふと、記憶の中に沸いてきた小さな思い出。
ジノにこうしてだっこされたのは初めてじゃない。あれは自分のせいでカレンを傷付けて後悔して謝罪のつもりで殴られたときのことだ。
「あったな、そんなこと。けど未遂に終わっちゃったけど」
目蓋を半分下ろして、スザクは笑うとジノもそれを思い出してくすくすと口元を緩めた。
あれはすごく恥ずかしかった。汚い自分を見られて、手当てするよと抱き上げられそうになったのを誰にも見られなかったことが幸いだったが。
けれどとても嬉しかったのと同時に、構わないで欲しいと拒絶したかったのも思い出す。力になりたいという彼を突き放して、傷付けた。
今は違う。
この抱き上げてくれた彼の首から腕を離したくないほど、愛おしく思う。
「あの時のスサクはとってもつらそうだった。私は何もできなくて、すごく私も不安だったんだ」
もう2年も前のことなのに、つい先日だったかのように感じるほど鮮明だ。
スザクとの合わす視線、会話、行動全てが自分にとって衝撃で触れなかった心の距離を現わしているような間隔が空いてしまっていた。
それが今では何も塀なく、温かみを素直に感じている。
スザクもそれは一緒だ。
「けど今は違う。こうして一緒にいて話を聞いてやれる」
ジノはスザクの身体をベッドにゆっくりと下ろしてやると、すぐに圧し掛かり顔を覗き込んだ。
暗い中でもはっきり見える彼の青い青い瞳の色は硝子のビー玉のようにキラキラとしている。
ぎしりとベッドが静かな空間の中で軋む。
「……スザク」
吐息の音から鼓動まで聞こえてしまいそうなほど近くて、スザクは唾を飲んだ。
視線をそらすと食われてしまう。
久しぶりにそんな感覚に全身が震えている。ゆっくりと、睫毛を震わせながら瞳を閉じていくと真っ暗になっていく。
触れるジノの手のひら。
ジノの息をする音、身体が二つ重なっていく衣擦れの音。
何もかもに心臓が初恋のようにドキドキしている。
しかしそんな甘い妄想もそこまでで、スザクは急に心の芯が透き通って行くのを感じた。
本当にいいのか、このまま彼に甘えてもいいのか。
何のためのゼロレクイエムだったのか。
押し寄せる疑問に答える人はいない。
だから黙秘する。それでよかった、そうするべきだった。
僕とルルーシュは罪と罰を背負い僕はこれからの世界を託されたのだ。
そんな僕が人としての幸せと熱を求めるのは違うんじゃないか、と暗闇の中で問う影があった。
それは自分ではなく、彼だ。
「っ、」
スザクは途端に強張り、瞳を開けてジノから顔を背けた。
「スザク?」
「やっぱり、だめだ。僕は……」
僕はゼロだ。
スザクではない。
だからこれはおかしいことなのだと、また頑なに閉ざそうとする。ここまで堪えてきたのにここでそれを切ってしまうのか。
そうしたら自分がどうなってしまうのかわからなくて怖い。
「スザク」
彼の音色のいい声に呼ばれて、スザクは首を振った。それでもジノはもう諦めることをしなかった。
二度ともうこの手を掴み損ねないとやっと向き合えたのだ。過去も今もこれからだって、愛していける。
今までだって痛くたって辛くたってそれはスザクと一緒だったからスザクが見せてくれたから価値のあるものになっていった。
もう逃げないと決めた。逃がさないとも。
「嫌だ、ジノ。お願いだ、怖いんだ……」
怯え震え、スザクは悲痛にまたもか細く声を鳴かせた。
愛してる。大好きで、やっぱり欲しいと思うほど彼が好きだ。
だけどこれ以上はいけない。自分から手放したのだ、2年前に。それをまた欲しがるなんて、傲慢にも程がある。
愛してる、と今でも言ってくれただけで十分で僕はまた歩いていける。
これ以上は僕には贅沢だ。
影の中の彼もそう言っているように聞こえる。
退いてくれと訴えるスザクの手首を掴んでシーツに優しく押し付けて、ジノは彼の名前を呼び続け視線を合わせようとしてくれない彼の頬を優しく両手で包み込む。また大きな眼から零れ落ちる涙。
「スザク、お前はスザクだ。たった一人しかいないんだ、大丈夫。私がいる。ずっとスザクの傍にいる。スザクがスザクでいる場所は絶対に必要なんだ、私はスザクのための存在になりたいんだ」
スザクにとって唯一はきっとルルーシュだ。
それは奪えることが出来ない絶対で、けれどジノはそんな絶対はいらなかった。普遍的に続いていく世界の中で永遠になるよりも、最期まで生きて隣にいられる方がいい。
スザクにはそういう場所が必要なのだ。
生きて、我武者羅に命を貰った名前で生きて、幸せになることが。
「大丈夫、怖くなんてないさ。スザクには私がいるんだ、お前が彼の傍にいたように、今度はスザクの傍に私がいる。スザク言ってたじゃないか、もっと名前を呼んで、て」
それはつまりスザクがスザクであることを今でも認めたいということじゃないか、とジノが優しく微笑みながら言葉にした。
ジノはルルーシュのことを排除しようとは思わない。
彼はスザクの中にいた大切な人なのだ。それを押し出してまで手に入れるスザクはきっと自分の知るスザクではない。
形は違えど、ルルーシュもスザクのことを愛していたのだから。スザクの葛藤も後悔だって、今を成す全てだ。
彼がいてスザクがいる。
そしてスザクがいたから今の自分がいるんだと、ジノは浅い色をした青色を滲ませた。
「ジノ、」
そのたった一言、大丈夫というジノの響きにスザクは唇を噛み締める。
救われる。掬い上げられる。
そんな表現が似合うだろうか。
「ここにいるのはスザク、私とお前だよ。よく見てスザク、今お前の目の前にいるのは私だ」
生きている音がここには二つある。
ルルーシュはもういない。その意味を、スザクだってちゃんとわかっているはずなのだ。
真っ直ぐにジノの視線が降り注いで、スザクは目蓋を伏せた。
「私はスザクと生きたい、これからもずっと、スザクと」
生きていたっていいじゃないかと言ってくれたジノ。
こんな死ねない僕でも生きていることを初めて悪くないと、思ったこの再会をスザクは捨ててしまいたくなかった。
それでもまだ、苦しくて不安で心細くて周りが見えなくなってわからなくなるのが恐ろしい。
けれどジノが温かいからその熱に包まれていれば、僕はまだ立っていられる。そんな勇気がどこかから湧き出る泉のように少しずつ流れてくる気がした。
スザクの手のひらがジノの頬に触れ、耳にうなじに触れて肩から腕を擦った。
ジノはその温かい手の温度にブルーアイズを細めると、彼の熱くなった頬に頬を寄せた。
「スザク、」
鼻先と鼻先がぶつかって、スザクの瞳が霞み蕩けていく。
(ああ、僕はー)
翡翠色の双眸にはもうジノしか映っていない。まるで世界は彼と僕、たった二人のような楽園だ。
もう我慢出来ない。本当は欲しくて欲しくて、たまらない。ずっと我慢してきたんだ、もう求めてもいいよねとスザクはその熱い唇が重なるのを受け入れた。
もう二度と失くすことを繰り返さないために、離すのではなくて傍に置いておけぱいい。
瞳を閉じももうそこに影は出来ない。太陽のように眩しい明りが見えて、温かかった。
そうして久しぶりに触れた互いの唇の薄い柔らかさ。
ジノは身体の芯が急激に熱くなり、触れてすぐに離れたスザクの唇から呼吸を奪うように深く深く、口付ける。
涙のせいかその唇は少ししょっぱかったけれど、それすらもすぐにジノが溶かしてしまう。
触れて離れて何度も愛しく重ねて、ジノはスザクを抱き締めた。
キスをされただけで涙が大粒になって溢れてくる。
これはさっきまでの悲しい雫ではなくて、嬉しい熱さだった。ジノにはそれが枯れかけた花が生き返るように、スザクが輝いていくように思える。
「スザク、好きだ、好きだよ」
吐息を紡ぐ隙に零れる告白にスザクの瞳が恥ずかしそうに彷徨う。
「言わなくてもちゃんと伝わってるよ」
そしてスザクがようやく安らいだ笑みを見せると、ジノもホッと息を零して笑った。
昔はいつでも見慣れていた彼の笑顔は今でも変わらない。
変わらず自分のことを想ってくれていたことにスザクは嬉しさと痛みを感じたけれど、それもまた自分がずっとジノを慕い続けていたからなのだとわかってしまった。
「ふっ、ン」
彼の唇が緩んだ唇に落ちてそれから頬に、顎に喉へと肌を隠しているスカーフを取り除きながら下りていきスザクがゼロとして2年間纏ってきた衣服をも剥がしていく。
スザクもそれを促すために身体を少し浮かせて上着を脱いで中の黒いノースリーブのインナーとズボンの姿になる。
ふう、と大きく息を吐いて仰ぐと前髪を掻き上げられて額にキスをされた。
彼の大きな手のひらが冷えた肌を撫でると、そこから熱が皮膚を伝わって心と身体の芯を震わす。
触れられたのが、心が乱れるのがまるで初めてのような錯覚に陥る。
怖いと思うことと、期待と興奮が入り混じり身体の熱は急激に上昇していく。
スザクのインナーをまくり上げて頭からすっぽりと抜くとココア色の髪があちらこちらにと跳ねてしまい、皮膚がスースーとした。
「ん、ジノ」
ジノの唇がむき出しになったスザクの肩を優しく撫でて、鎖骨の窪みへと辿る。
他人に触れられることがゼロってからはなくなり、誰かの体温を感じることすらもなくなっていた。
触れる彼の手からの温度はとても懐かしい。けれどちゃんと身体は覚えている。
ちゅっ、と音を立てて練色の肌を吸われるとスザクの身体が微かに揺れた。
「ん、……あ」
呼吸に織り交ぜられる声は久しぶりに聴くスザクの甘い味をさせだ声。ほんの少し肌に触れて吸い付いただけなのに彼は身体を捩り、声を潜ませる。
今すぐに前戯もなしに突っ込みたいと思うほど、汗をしっとりと浮かせ目蓋を伏せているスザクはやはり扇情的だ。
しかし隅々まで触れて、これが本当にスザクなのだということを確認して愛したい。
「スザク、緊張してる?」
くすっ、と笑って胸の浅く色づいた飾りを指先で突く。するとスザクは頬を薔薇色に染めて眉を顰めた。
薄い胸板に唇を寄せて、ジノの手のひらが痩せた腹を撫でて脇のラインをなぞる。
「あっ、や……」
柔らかかったスザクの乳首がジノの指にきゅっ、きゅっ、と何度も摘まれていると芯を持ち始め小さく勃ち上がる。その小さくて敏感な性感帯を刺激し続けると、頭の中が霧がかったようにぼんやりと霞んで正しい判断を出来なくさせる。
指の腹で揉まれて、さらに肌に熱を植え付けていた口が心臓のある左胸の突起を含ませて舌で舐めた。
ざらついた感触が胸から背筋に貫通して、脳髄へと信号を走らせる。大きく上下する胸を撫でてジノは白い歯を立てて噛み付くと、スザクが痛いと呻く。
「あっ、あぅ」
噛み付いた痛みはすぐに舐められ吸い付かれると、別の痒みになりスザクは襲われる快感に目を細めて潤ませた。
彼の三つ編みされた髪が胸へと落ちてくると、彼が顔を動かすたびにその細い髪が擦れてくすぐったかった。唾液を擦り付けて弄り続けると、スザクは息を乱して切れ切れに喘ぐ姿はいつもジノの脳裏にあって夢見たものだ。
またこうして抱き締め感じることが出来ていることが、本当に幸せだった。
「あっ、う……は、んっん」
強く吸い、それから舌で押し潰し指の間にある肉の突起は赤みを増してスザクの可愛らしい悲鳴を上げるスイッチになってくれている。
「スザク、」
ジノも息を荒らし、獣のような研ぎ澄ました青色でスザクを見つめていた。
ぎらぎらと獰猛で、強く欲情を宿した瞳は刺激的な官能でスザクは疼く熱を膨らませる。
こんなにも熱く滾っているのは久しぶりで戸惑うけれど、ジノにそれを無茶苦茶にして引き裂いて欲しいと息苦しくなった胸の中で思う。
「ジノ、っあ」
太陽が暮れてまだ間もない暗闇はまだどこか赤さを残していて羞恥に蝕まれる身体を隠せない。
高めの場所にくり抜かれた円形の窓からは星明りが少しずつ降り注いでいる。
ジノの手のひらが臍まで下りてくると、スザクは立てた膝を閉じようとした。
だがジノの身体が両脚の間に割り込んでいて、閉じようとしても邪魔で出来なかった。
「うっ、あ」
自分でもはっきりと身体に起こっている変化はわかっているが、彼が自分と同じように熱くなった箇所を押し付けてきたことに驚いて、スザクは身体を弾ませる。
「ジノ、の……あたってるんだけど」
興奮しているのは僕だけじゃない。彼もまた、この逢瀬の行為に歓喜している。
するとジノはスザクの頬に唇を当てて、
「違うよ、スザクのが当ってるんだ。ほら」
と言って更に自分の滾りをスザクの股間へとすり寄せた。互いの硬くなった場所がそうして間接的に触れ合うと曖昧な痺れが下肢から這い上がってくる。
「っや、めて……ぅンッ」
スザクは固く目蓋を閉じてジノの腕を掴む。嫌だと言っても身体とは素直なものでこれからどうして欲しいのかを言葉はない形で訴えてくる。
それを汲み取って、ジノはスザクのズボンの金具を指で外しまうと下着と一緒に足から抜き取ってしまった。
全てを脱がされて裸にされてしまったスザクの中心は外気に震えながら、屹立していた。
また覆いかぶさってくるジノの身体がスザクを隠し、彼の勃ちあがった雄を直接握りこんだ。
「あっ、あぅ」
スザクは息を吸い込んで、シーツを手繰り寄せ「だめ」と嬌声を上げた。
恥ずかしい場所を晒されて、気持ちよくなるためにされるこれからのことに理性は耐えられない。
だからそれを手放してしまうのが一番楽なことだ。しかしそれを今すぐしろと言われても、そこまで器用ではなく見られたくなかった。
勃起した雄の先端からはいやらしい雫が少量ずつ垂れ始めていて、それをジノの指が弄るとスザクの細い身体が大きく跳ねてまただめ、と弱い声で呟いて首をふるふると振った。
「あ、あっ……くっ、ん」
息を吐くのは熱く、吸い込むと冷たい。その繰り返しの中で洩れる喘ぎは必死で苦しそうで、それでも気持ち良さそうでジノは口元を緩める。
「スザク、ずっとしてなかった?それとも、一人で弄ってた?」
滴る先端の孔を親指の腹で抉りながら肉茎を緩く撫で下ろし、そう意地悪に囁いた。
熱いジノの吐息が頬に掛かり、スザクは乱した呼吸で視線をそらした。そんなことを聞かれても恥ずかしくて答えたくないと意地をはる理性がそう言っている。
しかしそのだんまりは、一人でしてた、ということを認めるということだ。
「ッ、あぁ」
強く茎の根元を握られ擦られると甘い声で彼へと囀り、膨張した熱が今にも弾けてしまいそうなほどに震えている。
「私も同じだよ、スザク。スザクのこと考えて、スザクの声を思い出して、どこにいってもスザクのことを想って一人エッチしてたよ」
スザクも同じなんだね、嬉しいと微笑み鼻先をぺろりと舐めて、キスをする。
熱があるかのように身体はどんどんと高熱に魘されて、ジノが触れた全て箇所が膿んだ熱を孕んでじりじりと焼かれる痛さがあって、もう身体の自由はなかった。
(どうしてそこまでして僕のことを好きでいてくれるんだ、)
それを聞いてもきっと彼は「好きなものはしょうがない。嫌いになれないんだ」と、何度でもそう答えるに違いなかった。
自分も彼もバカだな、とスザクは笑う。
唇から零れ落ちる愛らしい呻き声に部屋の空気は肌に浮かぶ汗とともにすっかりと湿り、乱れた呼吸が二人の鼓動をもっと早くする。
「っあ、う……ジノ、まっ」
彼の手が中途半端に肉茎を弄ったままに放置して、次に向った先はスザクの秘処だ。
足を押し広げ、その雄より下にある小さな窄まりに指を押し当てるとスザクはひゅっ、と息を吸った。
まだ達することが出来ていないのに後ろの孔を指先で浅く穿られると、スザクは噛み締めた唇から苦しそうな吐息を洩らす。
窄まりのしわを伸ばすようにして優しく内部に入っていくジノの指の異物感に、背中が弓なりに反った。
「う、ぁ……はっ、やだっ」
自慰をすることはあっても、自分で後ろを弄ることは一度もしなかった。
玩具も突っ込んだことだって、他人を受け入れたことなんてない。それは指を押し込んだジノもわかってしまう。指一本だけでもスザクの身体が緊張して怯えている。
ジノはそれでもやめることはなく、狭い襞の間に埋めた指でまた最初から拡げ解していく。
「ふ、あ……あぁっ」
そして一度引き抜くと指先にスザクの先走りの液を掬い、また狭い場所に愛撫を施す。
指一本だったけれど、それを二本にして襞を擦り刺激を加えて指をばらばらに動かせばスザクの声が甘い声を鳴かせ、じれったそうに腰を揺らした。
自主的に潤うはずのない場所がジノの愛撫と自分の先走りのせいでいやらしい水音を掻き立てて聴覚を犯してくる。
一番いいところをジノの指が掠めると、スザクの雄がまた新しい雫を垂らした。それが後ろの孔まで零れ落ちてきて掬わなくても、窄まりを濡らす。
スザクは足先でシーツを蹴散らして、重たい艶の息継ぎをしてジノの腕を掴んだ。
「ジノ、もぅ……いい、から」
耳鳴りがするほど心臓がうるさくて、唸りを上げているこの灼熱をジノにどうにかして欲しいと哀願する。
ここには自分とジノだけ。
それを繋がることで確かめたかった。
濡れたスザクの瞳に色濃く見つめられてジノは唾を飲み込んだ。変わらないと思っていても、彼の色っぽさは増している。
健康的な肌の色は晒されていなかったせいか少し白くなっていたが、しなやかな筋肉の感触と弾力は触り心地が良い。また、短い睫毛が涙に濡れて伏せられ震えているのもまた、自分の中に灯る官能を刺激する。
大人になったスザクの美しい肢体と甘い砂糖菓子のような鳴き声。
触れられることをされなかった身体の熱は溜まりに溜まり、それが一気に今溢れ出ているから醸し出せる艶なのだ。
ジノはスザクの蕩けたエメラルドの瞳と言葉に口端を上げて、内部から指を抜いた。
息を整える暇もなく、ジノは自分の上着も脱ぎズボンをもベッド下に捨ててスザクへと圧し掛かりベッドを軋ませる。
「ん、っ」
彼の手が足の膝裏を抱えると、腰が軽く浮いた。ぐっ、と前へと身体を折り曲げられてスザクの赤く熟れた秘所が大胆に晒される。
「射れるよ、スザク」
わざわざそう言われると反対に身体が強張ったけれど、スザクは頷いてジノの背中に腕を回し目蓋をきつく閉じた。まるで自分は処女のように怖がり心拍を上げていることが恥ずかしいが感情は嘘を言っていない。
彼との最初だってこんなに優しいものではなかったと。
「あぁ、っあー」
隘路へと突き上げてくるその熱量はさきほどの指とは比らならないほど大きくて火傷してしまうほどに熱く滾っている。
指で慣らしたとしてもそこの中はきつくジノを締め付けてきて、彼は眉を顰めた。
何もなかった場所がゆっくりとジノに埋められていく。ぞくぞくと下肢から伝わってくる熱に身体が中から焼かれる。
「やっ……、はっ、あう」
襞が突いてくる雄に擦れて痛い。ぎゅ、とジノへと力いっぱいにしがみ付いて足のつま先まで力む。背中が弓なりにしなり、身体腰が逃げようとくねるがジノはしっかりと腰を掴み灼熱の塊を穿った。
「あ、あっ……い、たい」
息を吐こうとしても臓器を押し上げる圧迫に耐えられなくて、すぐに呼吸を止めてしまうとそれをジノが「息吐いて、スザク」と促して痛みを和らげようとしてくれた。
初めてではないのに初めてセックスをするような苦痛。ジノもまたスザクと同様に、初めてスザクを抱いているような感覚を持つ。
それでも初めてスザクを抱いた時はもっと彼は慣れていた。だからあの頃は恋人がいるんだと思っていた。
けれど今のスザクは本当に一人だった。誰に頼ることもなく、たった一人で英雄を演じている。
人に恋し愛されることを一度はやめて閉ざした身体は、酷く怖がっていた。
「んっ、んッ……はっ、ぁ」
太いジノの雄がスザクの呼吸に合わせて全てをその中にようやく埋めると、目の裏に小さな光が爆ぜているような眩暈がする。
それでも意識ははっきりとしていて、息を吸って吐けば彼が中にいることがわかる。
滲んだ視界のジノを見つけて、スザクは汗ばんだ両手で頬を包み自分から口付けた。途切れる苦しそうに息遣いにジノが顔を顰め、スザクの湿った肌に唇を当てて落ち着くのを待った。
次第にそれがじれったくなった充溢された内部が蠢いて、ジノをさらに深くに攫おうと淫らに誘う。それに触発さけてジノは腰を押し付けるとスザクの身体が痙攣する。
「ごめんスザク、動くよ」
スザクの身体を気遣ってしばらくは動かないでいようと思ったが、逆に食われてしまうそうでジノは堪らず腰を少し引いて押し戻すことを始めた。
逞しいジノにゆっくりとしたリズムで揺すられると、痛みを伴った快感の刺激が身体の奥へと浸透していく。
「あっ、あん」
気持ちよくて痛くて苦しくて、それでもやっぱり貫かれる感触にうっとりしてしまうほど気持ちいい。甘く切なくスザクは鳴いて、久しぶりの快楽に溺れる。
ジノの楔が出たり入ったりと淫猥な音を立てる律動に合わさる互いの呼吸。
「は、はあ……くぅ、ん」
優しい突き上げだったのが次に身体が壊れてしまうほどに激しく揺すられて、ベッドが大きく軋んだ。
眦からはぼろぼろと涙を零し、唇からはとめどなく嬌声が溢れ出る。
目蓋を薄っすらと開けば獣になったジノが腰を振って、自分を犯しているのが見えた。
そんな彼に支配されて、スザクは頭も身体もこのまま狂ってしまうんじゃないかと思ったがそれでもいいかもしれない、と今ある目の前の愛情だけにいっぱいになる。
「う、ン……ふ、あ」
全身が疼いてもっともっとと激しくジノを求め、スザクは縋りつき胸が熱く震えるままに声を枯らして鳴いた。
溶けて行く熱が自分の中で交じり合って、肉と肉が淫靡な音を響かせる。
ジノに貫かれるたびにスザクの屹立したままの雄はまだ達することが出来ず、ずっと蜜を垂らし続けている。しかし彼が襞の一番いいところを雄が擦ると、ひくひくと我慢苦しそうにしていた。
「じの、ぅ……、やだっ、ん、んん」
背中を掻き抱いていた手が宙を彷徨い、手の甲を口元を当てて喘ぎ声を押さえ込む。
「だめだスザク、ちゃんと私に声を聞かせて」
くぐもる声に不満を漏らしてジノはその汗ばんだ手を退かせ指と指を絡ませるとシーツに貼り付け、握り返してくるスザクの強い力に微笑む。
「あっ、あ、ジノ……ッ、ぅ」
もうだめ、とスザクが泣きじゃくりジノへと限界を訴え、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる粘膜も絶頂を望んで咥え込む。
ジノもそんなに締められると慌てて達しそうになるのを堪え、柔らかい襞を一際激しく擦りあげた。
「いく、い……っ、ああっ」
それに応えてスザクはようやく達することが出来ると、力んでいた力がふっ、と軽くなり吐き出した白濁の精は勢いよく飛沫して胸元まで散る。しかしその脱力の一瞬で、スザクが達したその衝動を受けて、ジノの雄も深いところを突くと彼の中にどろどろとした熱が叩きつけられるのを感じた。
他人の熱が流し込まれてスザクは言葉を詰まらせる。
「う、はっ……あ、」
握り締めていた手のひらは汗で滑り、生温かくそして自分の腹の中も酷く熱くて噎せそうになるほどだ。最後の一滴までスザクへと打ち付けると、ジノも長い息を吐いて力を抜いた。
ぽたりとジノかの額から汗の玉で落ちてくる。
とても息を崩していて、青い双眸を魅惑色に潤ませて一言涙声で呟いた。
「すごく、きれいだよスザク」
男同士で汗まみれになって情けなく泣いてぐしゃぐしゃで、吐き出した精の濃い匂いが充満しているのにそれを見て綺麗だと言われるなんて誰が思うだろうか。
「スザクー、」
いつもは芯の強く眩しい声がか弱く、唸るように響く。二本の力強い腕に抱き締められてスザクは瞬きをする。
「スザクはずっとスザクだ。こうして私が抱き締めたいのはスザクしかいない。ゼロになると決めたことも過去に決めてきたことも、これからだってスザクであることは変わらないんだ、だからそれを忘れないで欲しいー」
スザクはいつもで自分に従って生きてきた。
そしてジノもようやく、向き合うことへ一歩見踏み出した。
「ジノ、」
広い背中に触れて、スザクは深呼吸をする。
最初からこの背中は広くて逞しかった。自ら抱き締めるのが怖かったけれど、今は怖くない。
抱き締めてやりたいとさえ思う。そんな力などないと思っていたのに想ってもいなかったはずなのに。
(ああ、僕はなんて幸せ者なんだろうか)
ルルーシュから与えられた罰という生命。
ジノが見つけてくれた愛情。
そしてユフィからも大切なものをもらった。それからもっとたくさんの人たちからもらった形のない繋がりがある。
愛しんで憎んで、そうやって人間は人間を知っていく。それが僕らの道になって明日になっていくんだ。
スザクという人間が繋げてきて繋げていく、希望と幸せ。
「ジノ、僕はゼロだ。けれど、君が僕のことをスザクとして呼んでくれるのなら僕はきっと僕でいられる」
さらさらと金色の髪を梳いて掻き上げるとスザクはくしゃりと顔を崩して笑った。
濡れた睫毛の涙が小さな真珠のようにきらきらとした露になっている。本当に綺麗な人だと、ジノは胸を震わせて焦がす。もっとスザク伝えなくてはと思っていても、喉から言葉が引っかかり、音にならない。鼻の奥がツン、と尖った刺激を湿らせて呼吸を吸い込むのが精一杯だった。
「スザクが嫌だ、と言っても私は呼ぶよ。けれど過去の私は、悔しかったんだ、情けなくて……、臆病だった」
そのあとに洩れるものは嗚咽だけ。
私が泣いてどうするんだ、とジノは俯いた。
ゼロレクイエムが二人の秘密の約束で果たされたとき、ジノはそこにいた。全てを見ていて、そこにスザクがいるのに手を伸ばすことも名を呼んでやることも出来なかったことが悔しかった。
ここにスザクいるのに誰もスザクとは知らない。そんなことが許されていいのだろうか。
私にとってスザクとはなんだったのだろう。スザクにとっての私はなんだったのだろう。
そう、初めて人との繋がりに疑問を思い愛しくなった。
私にはスザクが必要であるように、スザクにとって必要な人間になりたい。
もっと早くに出逢いたかった。もっと早くに手を掴むべきだった。ここまでくるのに遠回りをして、今更になって押し寄せる後悔と嫉妬に潰されてしまいそうだ。言葉を詰まらせて、ジノは手の甲で情けない涙を拭う。
私が泣いてどうする、と唇を噛み締めて。
それをスザクは優しく見つめ、首を振る。もう何も言わなくてもいいよ、と。
今度は僕からジノへ、返す言葉がある。
「ありがとう、ジノ」
僕のために泣いて笑って怒ってくれて。
そう、スザクは彼の胸の中で囁くと辛抱たまらずジノからたくさんのキスが降ってくるのを喜んで受け止めた。
これからは二人傍らにいることを誓って生きていく。
そのための新しいスタートラインに二人で立てたことを祝福して何度も何度も、名前を呼ぶ。
重なる影は二つで一つかのように、温かい彩だ。
彼の長く整った睫毛の奥にはめられたスカイブルーの瞳に見つめられ、その美しさと凛々しさにスザクは恍惚と見つめ返し、心から笑った。
「ジノ、君はいつでもストレートに言えばいい。それが一番、君らしいよ」




僕の世界がやっと美しく希望に輝き始めた、そんな気がした。




















                                        


Twilight of HOPE

※この話はオフ本で発行した「Fly to me」のこぼれ話(18禁)になっております。
のでネタバレ的に同人誌のラストに続いているので、ご注意ください。
それでも大丈夫、という方はスクロールしてください。