ふわりふわり、はらり、はらり。
頭上の木々たちから落ちてくる葉が芝生にどんどんと落ちていくのをどれぐらい眺めていただろうか。庭園の真ん中には金色の装飾がされた噴水がある。二段になったその一番上には女神の像が壷から水をさらさらと流し続けていた。
水面には太陽の光が反射して星のように輝いている。
僕は手元にある書類を見下ろして、仮面の中で幾度目かの息を吐いた。そこに文面で書き起こされていることはブリタニア語だ。ちょうど一年前になる、ゼロレクイエムのこと。
たった一年前のことと思う日もあればなんだかとても遠い日にも感じるときがあった。これから毎年この日を迎えて僕は何を思うんだろうか。
彼は今でも世界の敵で、悪逆皇帝だったと憎しみの矛先になっている。それはまだ歴史の中で薄れていくことはなく、真新しい記憶で人々を縛っていた。ブリタニアの新政権も他国との連盟を得て、地盤がやっと安定してきたところだ。外交はシュナイゼルがよく根回しをしてくれていて僕よりとても役に立つ。
ナナリーは新しい国の代表として忙しい毎日を送っている。その中で足のリハビリも行っているが、まだ車椅子は必要だった。それでもいつかまた両脚で立つことを夢見ている。
僕はそんな幼い彼女の支えになりたくて、いや、ならなきゃいけなかった。きっとそうしないと彼に怒られてしまうからだ。彼女は大事な大事な友達の妹なのだから。
悪逆皇帝を討った僕は英雄ゼロとして今を生きている。英雄なんて名ばかりで僕はただ愛していた友人を殺しただけだ。全部彼の計画で僕はそのとおりに動いて自分の罪と罰に決着をつけさせてくれた。
僕はちゃんと彼が望んだものになれているだろうか、と静かな中に溜息をこぼす。
あれから一年。世界は少しずつ変わり始め、前進も後退もしながらそれでも明日に繋がる希望を探してみんなが生きている。
僕もそうなれているといいな、と苦笑いをした。
彼の墓は海がよく見える丘の墓地にある。ひっそりと、小さく皇族の墓とは思えないほど小さく。ナナリーがどうしても、と言うからここに彼を埋めた。ここからならいつでも海が見える、お兄様がずっと暮らしてきた日本の海と繋がっているからと話してくれた。
誰も花をもって訪れることはない。僕も、一度行っただけでそれ以来訪れたことはない。そうする必要がないからだ。
ここにきて彼に会いにきて、何を話そう。ただ眺めるだけで、終わってしまうそうだった。
いつかは彼のことなんて忘れさられてしまい、きっと僕がいたことだって過去に消えていくんだ。
僕はまた手の中にある書類に目を落とす。そこに書かれていることはゼロレクイエムでの出来事だが、それと同時に代表であるナナリーが悪逆皇帝であるルルーシュの墓に公務として訪れる案が記されてあった。これはナナリー自身が提案したものだったが、誰もが首を縦に振ることはなかった。
公務としてもプライベートでもたとえ兄であったとしてもナナリーが行くべきではない、と。そうすれば必ずメディアが騒ぎ立てる。悪逆皇帝を許すのか、やはり兄であることは変わらない悲劇の妹姫、と次々に彼女をバッシングすることも考えられるためだという。
彼女ももちろんそんなことはわかっている。私情を挟むつもりではなく、今の国の代表としてすべきことの一つだと考えているからだ。いくらやり方が間違っていたとしても彼は国のために力を尽くしたはずでは、とナナリーはあきらめなかった。
だがこの提案はやはり賛成を得ることは出来ず、実現できなかった。
僕はそんな彼女に何をしてやれるだろうか。そして僕自身、ゼロとしての意見は彼女と一緒だった。周りはもちろんそれも許してくれなかったけれど。最初はそんな必要ないと思っていたけれど、ナナリーを見ていると行くべきなんだと思えてくる。
だから僕は彼女を連れてここに来ようと思った。黙ってくることはいけないかもしれないけれど、極秘にしておけば何も問題もない。幸い、ここの地区は政府管轄地であるため一般人はそう簡単には入ってこれないだろう。
シュナイゼルにそう相談すれば、彼は仕方ないですね、と人員や車を手配してくれた。
その甲斐あって、僕らは今日と言う日にこの丘に来ている。墓地のすぐ横には小さな教会があり、庭園がある。僕はそこでナナリーが到着するのを待っていた。
しばらくして彼女が両手いっぱいに白いゆりの花を抱えて現れると、僕は車椅子を引いて墓地の中に入っていく。
「ありがとうございます、このように話をつけてくださって」と、ナナリーは後ろのゼロに礼を告げた。
僕は「いいえ」と答えてまっすぐに前を見る。広がる青空は海と繋がっているようだ。一番奥のスペーイに第99代目ブリタニア皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアここに眠ると記された真っ白な墓石が見えてくる。他に人は誰もいない。
ナナリーは黙ったまましばらく墓を見つめていた。僕も同じでナナリーにもルルーシュにもかける言葉が見つからなかった。
海の音と鳥の声だけが聞こえ、風が強くナナリーの亜麻色をした髪をなびかせる。それからナナリーは振り返ると、「行きましょう」と微笑みかけてくれた。僕はそれにうなずいて、そこから離れる。
ナナリーは教会の中まで連れて行くと、彼女は教会の人と話がしたいと言った。まだ時間には余裕があったため、僕はナナリーを他の護衛に任せてまた外に出るともう一度ルルーシュの名前が刻まれた墓の前まで歩いていく。さくっと芝生が気持ちのいい音を鳴らした。
「ナナリーは君に何か言っていたかい?」
墓に向かってそう話しかけも答えが返ってくるわけではない。それでも、なんだか答えてくれるような気がして僕は仮面の中で苦く笑った。
「もうあれから一年だ。とても早いようで昔のようにも感じる。けど、まだまだ人々は君のことも僕のことも許してないよ。けど、これからどんどん薄れていくんだろうな。そして僕もいらなくなる。そうしたら…、君の横で眠りたいな」
枢木スザクの墓は日本にある。何も入っていないけれど。けれどいつか、ここに僕も眠れたらと思う。
石に触れてみると冷たかった。もう二度との彼の温度は味わえない。
僕もいつか彼の体温を忘れてしまうんだろうか。こうして触れても、ただ冷たいとしかいえなくなる。
「来年もこうして会いにこれたらなと思うよ。僕は、君の思い描く英雄にはなれていないかもしれないけどね」
肩をすくめ、僕は目を伏せる。
生きるということは僕にとって重過ぎている。けれど、それが彼が最後に僕にくれた罰だったから僕はゼロとして生きることを受け入れた。
僕はもうスザクじゃない。それはまるで夢から覚めたくない呪文のようだった。
「みんなが忘れても、憎まなくなっても僕だけは君を憎むよ。そうした方が、きっと君も楽だろ?」独り言は続き、風にさらわれる。無駄だとわかっていても、なんだかこうしてしゃべっているとルルーシュが答えてくれるような気がする。
死んだ人間が生き返ることもしゃべることもないというのに、滑稽だ。
そのとき誰かから呼ばれる声がして振り向いた。すると少し離れたところからゼロを呼ぶ金髪の青年がいる。
僕はそれがジノだと気がつくと驚いた。きっと彼がナナリーをここまで連れてきた者なんだろう。信用があって内情をよく知っていて秘密が守れる者。
「それじゃあ、行くよルルーシュ、また」
名残惜しいのか少しためらって、もう一度墓を見下ろして僕は背を向ける。その瞬間、聞こえるわけがない声が風に混じって聞こえた気がした。
「またな」と、低い彼の声が。
思わず僕はルルーシュの墓へと触り向いたが、まさかそんなわけはなかった。ただ風の音でそう聞こえてしまっただけだろう、とすぐに歩き始めた。
それでももしかしたら本当に彼の声だったかもしれない、と不思議と納得できてしまう。彼は死んだけれど、彼の意思はこの世界で息をしている。だからそう思えるのかもしれない。
ジノは近づいてくる僕の横に並ぶと、「なんだか今日は機嫌がよさそうだ」と笑いながら言った。僕はそれに「さぁ」とだけ答えて芝生の上を歩く。
来てよかった、と僕は思う。無言の向き合いだったとしても会いにくることで忘れない。忘れるはずなんてないけれど、それでももう一度教えられる気がする。
僕らが何をしたのか彼が何をして、僕がどうしたかったのか。
ジノはゼロの正体を知っている。けれどそれを口にすることは一度もないし、スザクとして見ることは一度だってしなかった。それがジノの優しさなんだと、甘えてしまう。
「また来年も?」軽くそう聞くと、僕はうなずいた。
「ああ、来年もまたその次の年も彼に会いにいけるよう、私はゼロであり続けるさ」
その声はまっすぐに未来に向かって伸びていた。
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