人の傷つけ方は知っているけれど癒し方なんて、僕は知らなかった。そんな僕に彼を愛すことが出来るでしょうか?



時折激しく窓を打つ雨の音は僕の音を掻き消してはくれなかった。シングルベッドが二人の重さにぎしぎしと何度も嘆いている。くしゃくしゃになったマントの色が二つ折り重なってベッドの下に投げ出され、その上にズボンやインナーも脱ぎ散らかしてあった。そのままでは皺になってしまう。だから終わった後、丁寧に伸ばしてハンガーにかけておくことを一度も忘れたことはない。
今夜は雨のため月明かりもなく、部屋のランプも一つだけ灯されているだけの暗さだった。それでも目は闇に慣れてくると、その中でもはっきりとお互いの熟れた熱を映し出す。
赤く染まった頬、火照る身体、噴出す玉の汗―。絡めた手をぎゅっ、と僕は握り返して掠れ枯れる声で彼の名前を何度も嬌声と共に呼んだ。

「あっ、ぅ……やっ」

熱と艶をたっぶりと含んだ吐息を混ぜて、僕はジノへとしがみついた。身体の最奥を彼の灼熱の塊に貫かれる衝動はあまりにも気持ちが良くて眩暈がする。肉が裂かれる痛さはあるけれどそれを凌駕できる快楽が僕には眠っていた。一度その蓋を開けて知ってしまい、溺れていくと理性などないに等しかった。
身体の隅々まで犯されてジノに染まっていく。そのぞくぞくする感触に僕は浸っている。
目蓋をうっすらと開けるとジノの真っ青な瞳が僕の一つの表情も逃すまいと見つめていた。目が出会うと、僕は恥ずかしくって睫毛のカーテンで恥辱に染まった色を隠した。
解けたジノの金色の三つ編みがゆるいウェーブを描いて肩口から零れ落ちてきている。身体が揺れるたび、揺すられるたびに細いその黄金はゆらゆらと視界の端で漂っていた。

「ジノ、ぁ……だめっ、また出ちゃ、う」

強くて激しい律動に僕は我慢することが出来ず、そう哀願するとジノは口元をこんなときでも優雅に緩め微笑んだ。いい男というのはいつでもその形を崩さないのだ。むしろセックスのときこそ、色艶やかな表情を見せてくれてますます魅惑に惹かれていく。

「いいよ、スザクが好きなときにイッて」

ジノは甘くそう耳元で囁いて、耳たぶを食んだ。熱い舌がずるりと舐めてきて僕は背中をしならせて喘いだ。彼の舌がそのまま顔のラインをたどり顎までくると、首元へと降りていく。もどかしいその肌へのキスに僕は腹の中心に溜まる熱の行き場所を見失った。

「あっ、やっあー」

そして僕は促され、今夜二度目になる射精を迎えた。腹の上に飛び散る白い液体はびゅるびゅると何度も吐き出されていて勢いがよかった。訪れた開放と快楽の瞬間に僕が恍惚としているとジノは整った金色の眉をぎゅっ、と中央に寄せて息を詰めた。
僕が達することで彼の肉が押し込まれている小さな孔が食い千切らんばかりに彼を締め付けたのだ。
ぬるぬるとした襞に擦り上げられた僕の中身は赤く腫れ上がっていて、ジノを深みまで嵌めていた。そこがきゅう、と絞るように締められるとジノも我慢などできずにそのまま数回腰を打ち付けると僕の中に熱情を流し込んだ。

「あっ、あぁ」

その熱さに僕は目を瞑り、身体を痙攣させる。足のつま先、脳天までその熱が広がり満たされるようで僕は蕩けた瞳でジノを見つめていた。






「このまま眠れたらいいのに」

突然スザクがそう私の腕の中で掠れた声で零した。珍しい、と私は彼の髪を梳く手を止めて目を丸める。情事の後のシャワーを済まし、綺麗になったからだでもう一度二人でベッドにもぐりこんでからすぐの台詞。
窓の外の雨は朝まで止む気はないらしく、ずっと音を静かな部屋に響かせている。寒くないよう、スザクを抱きしめてジノは「寝てるじゃないか、いつも」と笑った。
いつもならシャワーを浴びた後、ピロートークもしないでスザクは目蓋を閉じてしまう。そして私より早くに起きて身支度を済ませていることが多い。「それじゃあまた後で」と、おはようのキスもなく、素っ気無い。
唇じゃなくても頬でもいいからしてくれたらいいのに、と期待を込めて見上げたらキスではなくされたことは照れくさそうにしたスザクの手によって頬を抓られることだった。

「そうじゃなくてー」

スザクはそう難しい顔をして首を捻る。そしてもういいや、と伝えたいことを諦めて今度は肩を竦めた。ジノはスザクをぎゅっと抱きしめて「変なスザク」と楽しげにまた笑った。笑うと揺れる肩。そこから垂れている金色の長い髪。いつもは三つ編み結っているのだが就寝のときは解いている。ゆるいそのウェーブにスザクは触れると指に絡めて遊んだ。練色の指先にカナリア色がくるくると巻くと髪の艶がよくわかった。そこからすっ、と首筋に触れてそのままシャツの襟に添って留めてあるボタンの位置まで指で彼の白い肌をなぞる。

「なんだスザク、今日は本当に寝れないみたいだな」

頭の上から声が降ってきて、ジノはスザクの額にキスをした。温かくて優しくて、いいにおいがするキスだ。そんなキスを額だけじゃなくて鼻先や頬、首、手、指、腹、足、それからー。
そんなことを一瞬で巡り考えて僕は頬をほんのりと赤く染めた。
本当はそういうことが言いたいんじゃない。
このままこの腕の中でずっと目を覚ますことなく温かい眠りに落ちていき、帰ってこれなくなってしまえばいいのにということだ。そんなこと許されないことだけれど。
そうあれたらいいのに、とうっかりぼやいてしまった。
僕は苦しんでもがいて、世界のためになるような自己満足で死んでいかなくてはならない。死とはスザクに未知なる幸せを与えてくれる唯一求めるものだった。
ジノの青い視線が間近に迫ってくると、スザクは目を伏せた。そんなまっすぐに見つめないで、と声に出したかったけれどその綺麗な青色が甘く気持ちよくて黙ってしまった。
逆に眠らなければこの心地よさを独り占めできてしまうかもしれない。
雨の音、ジノの吐息、僕の呼吸、心臓の焦がれる音。
全ての音が一つに混ざり合って音楽になっているようだ。
「もし、」僕はひゅっと息を吸い込むとこんなことを口にする。

「もし君ともっとずっと早く出会っていたらー」

しかしそこまで言ってスザクは口を噤んでしまう。そんなことを言ってもどんなに早くても結局は変わらないのかもしれない。いつ出会おうがこの運命は覆ることはないのだ。早すぎても遅すぎても、ジノとの関係は一緒でありルルーシュと僕も一緒だ。
何も変わらない。
変わっていたなんて、絶対にない。
自分で聞こうとしたことを、自分で片付けてしまうとスザクは俯いた。ジノは続きの言葉を待っているのかじっと見つめてくるスカイブルーが、僕にちくちくと刺さる。

「何かあったのか?」

ごめん、となんでもないと謝ろうとした時にジノの方が先に口を開いた。どきっ、とするほど優しくて胸を貫く声だった。年下なのにうっかり油断すると甘えたくなる蜜をたっぷりと含んだ無邪気な声と瞳。
どきどきと胸にジグザグな信号が走ってくる。日本に戻ってきてからはますますそれがひどくなってきた。何かあったと言われたらあったかもしれないしなかったかもしれない。
確かなのはとても渇望しているということ。何に、と問われたらよくわからないけれど、ジノに求めてしまっていることだ。

「スザク?」

反応が返ってこないことにジノが心配そうに覗き込んでくる。あわてて僕は「ううん、なんでもない」と答えた。
また明日、学園に行ってルルーシュにおはようと言う。また明日と言って別れて、毎日異常なしと報告を受ける。異常がない?そんなの嘘だ。これは異常だ、すべてが何もかもがおかしい。
嘘をつく。繰り返し、繰り返し、手遅れになるほどに。
嘘なんて大嫌いだ。けれどもう嘘なしでは生きられない。いや、生きられなかったんだ。僕のこの人生は嘘から始まったものだから。きっと僕は死ぬときも嘘に塗れて死んでいく。「生きろ」という呪いがある限り、生きたいと言いながら世界に、この彼にも。

「ジノ」

スザクはジノに身を寄せて美しく整った顔を見上げた。そしてゆっくりと瞬きをしながらこう言った。

「キスして欲しい、て言ったらしてくれる?」

その突拍子なかれからの台詞にジノの澄んだ大空のような瞳が大きく開いて「いいの?」と半信半疑の声で聞いてくる。それでも期待を膨らませて爛々とする瞳と声の弾みに僕は思わずかわいい、と内心でくすぐったくなった。
「冗談だよ」と、僕がくすくすと声を立てて笑うとからかわれたことにジノは頬を膨らませる。一瞬だけでも期待してしまったことが恥ずかしいのと腹立たしくて、ジノは突然起き上がった。

「そんな冗談を平気で言う奴はお仕置きだ!」

ジノはそう言うとブランケットを剥がすとスザクより立派で逞しい身体が飛び乗ってくる。僕は大きな図体が抱きついてきて身体をまさぐってくることに足をばたつかせて「ジノ、くすぐったいよ」と小さな抵抗をした。金色の髪がスザクの頬を掠めるととてもいい香りがする。まるで大型犬にじゃれつかれているようで楽しかった。
ジノがあーんと口を開けてスザクの僕の鼻を齧る。にかっと白い歯を出して笑う彼は誰よりもハンサムだ。僕には今でもどうしてそんな彼とこんなふうな関係を築けているのか不思議だった。

「ジノ、キスよりもっといいことがしたい」

狭いベッドの上で転がっていて、僕がジノの上になったときにそう耳元で囁いた。
ドキッと心臓が高まる言葉にジノは「なに?」と問う。
スザクは短い睫毛を震わせて影を目元に落とすと、細く儚げに微笑んだ。それでもジノには彼が精一杯笑ってくれていように見えて、嬉しかった。
もっと囁いて、もっと触って、もっと名前を呼んで。声に出して言わないけれど、ジノだってもっとたくさんのスザクを見て知って愛したかった。

「君の体温が、もっと知りたい」

スザクはジノの腕の中に潜り込むとそう、遠慮がちに呟いた。
それは特別な体温。
僕しか知らない、僕にしか教えてくれないジノの体温だ。
彼の腕がスザクを優しく抱いて前髪をかきあげると額に口付けた。

「いいよ、スザクが満足するまで教えてあげるよ」

雨の音が、ぴたりと止んだけれど僕らはもう一度溶け合う時間に身を焦がす。触れてくる彼指先に指を絡めて握り締める。手のひらから伝わる熱は二人ともとても温かかった。
ジノの吐息、僕の呼吸、心臓が熱く蕩けていく音。
(ああ、いつまでもこうして彼の腕の中で眠れたらいいのに。)


これはきっと、嘘じゃない。













                               


幸せになれない