僕は薄暗い廊下をまっすぐ歩いていた。報告書も無事提出できたし、明日はひさしぶりのオフだ。何をしようか、と頭の中で考えても大した案が出てこない。たとえばアーサーを病院に連れて行くことぐらいだ。病気はしない自分と似た丈夫な猫だが、もしものために定期的メディカルチェックはしておきたい。特にラウンズになってからは財布の中にも余裕が出来るようになった。
アーニャが今度、屋敷の方に招待してくれると言ってくれた。彼女も家に猫を飼っているらしく、この前携帯の写真を見せてもらったばかりだ。
しかし彼女は明日、仕事真っ最中でこの宮殿にはいなかった。もし空いていれば連れていってもらえたかもしれないチャンスが逃げてしまったことに僕は小さな嘆息を吐く。
すると後ろからたたたたっ、と走ってくる音がだんだんと近づいてきて僕は咄嗟に振り返った。が、それより早く自分に大きなものが体当たりしてきて僕は吹っ飛ぶんじゃないかと思うぐらい驚いて身体が揺れた。
「スザクー!会いたかったよ!!」と、夜中にもかかわらず大声で喜びを伝えてくるこの大きな騎士に、僕は今力いっぱい抱きしめられている。

「ジノ、苦しいから離して」

僕がそう圧迫される彼の胸の中でそううんざりしたように呟くと、「ああごめんごめん」と言ってようやく解放してくれた。ほっと一息つくまもなく、ジノはいきなり僕の両肩を掴むと壁際に寄せ付けてまた広い両腕で抱きしめてきた。今度は優しく。

「久しぶりのスザクのにおいだ」

くんくん、と犬みたいにうなじのにおいを嗅がれて、僕は眉間にしわを寄せる。

「僕まだシャワーも浴びてないんだけど」

「スザクはくさくないよ」と、言われて嬉しいとも思わないがくさい、といわれるよりはましだろう。それよりもいい加減離してもらわないと、いつ誰がここを通るかわからなくてスザクはジノの腕を強く引き剥がした。ふわ、とチョコレート色の髪が揺れ動いてジノの頬を掠める。

「誰かきたらどうすー」

る、と最後までスザクは言わせてもらえなかった。
なぜならジノの緑色のマントが頭までをすっぽり包むように抱きしめてきて、その上無防備だった唇を塞がれてしまったからだ。
スザクが驚いて固まってしまうことをいいことに、ジノは離した唇に自分の唇をもう一度押し当てた。逃げないようにスザクの股に自分の長い足を差し入れて押さえ込み、マントのカーテンの中では熱いおかえりなさいのキス。スザクが艶の吐息を零すと、ジノはにやりと笑って頬にキスをする。顎を掴まれ強引の口付けは甘くて痺れる毒薬に似ていて、僕はくらっと眩暈がした。

「スザクの部屋行きたい」

額と額がくっつくと、夜だというのに真っ青に空が僕を見下ろしてくる。ただの空色じゃなくて、熱を含んだ優しくも凶暴な青色。けどスザクにとっては恐ろしいというより、うっとりする美しい獣の瞳だった。
ふるふると僕は体の中からいけない熱が沸きあがってくるのを感じて、太い眉を顰める。半分開いた唇からは吐息が洩れ落ちて、ジノの首元に吹きかかる。
「それとも、スザクはここがいい?」
こそこそとマントの中に隠れて話しているとそこがまるで二人だけの世界で、ひどくエッチな気分にさせる。それはベッドではない場所での限られた空間の暗さと近さがそうさせるのか僕にはわからなかったが。
彼の手が僕の頬を包んで髪を掻き上げる。もうマントのカーテンはなくて、冷たい空気が肌を刺してきた。はぁ、と吹きかけられる彼の熱い息に、僕は「待って」とストップをかける。このままでは本当にここで犯される、と危険を感じたからだ。彼の熱い手、吐息、棘のない声色全てが僕を誘惑し、それに自分も惑わされている。
この腕に身包み剥がされて唇が全身を愛撫して、指先が僕の全てを暴くのだ。そのときに得られる快感に僕は吸い込まれていき、身を絶頂に焦がす。
そんなことを想像して僕は顔を真っ赤にしてジノの広い胸を両手で押して圧迫される空間から這い出ると、「君の部屋がいい」と、慌てて返答した。すると彼は嬉しそうに笑うと僕の腕を掴んで「早く」と急かして大きな歩幅で歩き出す。どうして部屋に行くのか行って何をするのかわかっているから、そんなウキウキされるとこちらは恥ずかしくてたまらない。「そんなに僕とセックスしたいの?」と小声で聞いてみると、ジノはにっこりと微笑んで、「うん」と答えた。

「私はスザクのことが好きだ。いつだってそう思っているよ」

なんてことを今度は言い出して、僕はざわざわと全身から悪寒に似たものが上ってきて慌てて周りを気にする。今の話誰かに聞かれていたらと思うと死にたくなる。けれどそう思われるのは悪くない。ひどく嬉しい、と心が鮮やかな色に満たされる気分だ。
「スザクは違うの?」と今度は聞かれ、僕は顔を上げた。きょとんとした瞳をジノに向けて。僕は答えに困って視線をさまよわせて、足を止める。先を歩くジノとするりと指先が抜けて少し冷たかった。
ジノも足を止めるとスザクと向き合って、「スザク?」と首を傾げる。スザクは短い睫毛を震わせて、白い息を吐いた。

「……たぶん、一緒だよ」

僕の持つ君への感情が何なのか言葉ではわからないけれど、たぶん気持ちは一緒なんだと思う。抱きたい抱きしめたいキスしたいされたい、繋がっていたい。そう思うのは、悪いことじゃない。
僕はジノの手を握り返して、そう照れながら笑った。











                                 


青い春