「ポイントSにて待機する」

インカム越しに聞こえてきた声に対して作戦本部が了解の合図を出す。それを機にスザクはランスロットのハッチを開けた。降ってくる色はもう群青色で僕はそれを深呼吸と一緒に仰いだ。
暗い森の中で僕は今、ジノと組んで任務中だ。何もなれば無駄足かもしれないが、敵がこの方面に明け方から進軍してくるという情報を掴んでいる。明け方はまだ遠いが、先手を打つ方がよろしいでしょう、と進言したのはスザクだった。人員を割くことが出来ないのなら僕自身が待機するというと、なぜかジノも一緒に行動すると言ったのだ。どうせならラウンズである僕らが別行動で陽動と襲撃で別れた方が早いのだがジノはこの山林から攻めてくる方に賭けたようだ。
「私たち2人で掛かればなんてことないだろ?」と、言って。
確かに、とも思うが本部の人たちはいい顔はしなかった。ラウンズとはいえ僕はイレヴンだ。ブリタニア人からしてみればそんな人間に進言までされてナイト・オブ・スリーのジノまで取られてしまうのは癪なんだろう。
その結果、僕が思っていた通りに敵軍は山中を抜けてブリタニア軍営を衝撃する作戦だった。ジノとスザク、2人のラウンズの手に掛かれば応援など要請することもなく事は片付いてしまう。それからも2人の活躍は遠征の場で目を見張るものがあった。ジノは兎も角、まだナイト・オブ・セブンの名を授かってから日も浅いスザクの名前は恐ろしいほどの広がりを見せている。
それはいい意味でも悪い意味でも。
しかしスザクはそれを苦とはしなかった。
2人が本国に帰国する前に、祝賀会が行われた。そこには今のヨーロッパ遠征の指揮をとシュナイゼルも参加しており盛大なパーティーだ。
華やかな場所には不向きだと思っているが、これもまた仕事の一環と思い不参加にすることはしない。だとしてもここが自分の居場所ではないことはよく知っている。
僕に今まで居場所なんてなかったのだから、ここがそうじゃないことぐらい当たり前だ。作戦に参加していた将校たちは僕の顔を見ると「これも枢木卿のおかげですなぁ」と笑うが、その目は笑っていないし笑みもいびつだった。
楽しもうという気持ちは一切ない。ただこの空気に耐えることぐらい簡単だ。それでも長いはしたくなかった。居場所がなかった僕はいつだって与えられるのではなく、自分で作らなきゃいけなかった。
待っていたって戻ってくる時間も場所もないのだから。
しばらくしてスザクはダンスホールを抜けて庭先へと出る。ブリタニア宮殿のような広さではないが、大きな屋敷だ。外に出ると中の賑やかさが嘘のようだった。僕は深呼吸をすると広い夜空を見上げる。
時折掠める夜風が冷たかったけれど、気持ちよかった。
人気を離れた茂みの中に進んでいくと後ろから自分の名前を呼ぶ声がして足を止めて振り返るとジノがスザクー!と呼びながら駆けてきていた。

「君も抜けてきたの?」

ジノは華やかな舞台が似合う。さっきだってどこかの淑女と楽しそうに会話を弾ませていた。ああいう場所で栄光を称えられることは貴族にとって慣れっこなのだろう。不器用な自分には出来ない話術を彼は持っていることがうらやましい。

「スザクこそどこに行くんだ?私を置いていかないでくれよ」

肩をすくめて怒るジノにスザクは首を傾げて「なんでそうなるんだよ」と苦笑した。

「スザクは本当に苦手なんだな」

「そんなつまりはないよ。けど、君がそういうならそうなんだろうな」

さくっと芝生を踏んで歩いていくとジノが付いてくる。別に付いてくるなと言うつもりもないからそのまま2人で歩いていくと、月明かりがよく届く円形になった芝生を見つけた。
今宵は満月で白く黄金色に月が輝いていて、空気が透き通っている。
ジノは突然にやっ、と笑うとスザクの手首を掴んで引っ張るとそのままその一面緑の絨毯の上に転がり込んだ。どさりと倒れこむと草が舞う。そして土の匂いがした。
スザクがうつ伏せから仰向けになって身体を起こそうとするとそれをジノがのしかかってきて出来なかった。

「ジノ、」

僕は唇を曲げてけん制するように声をかけてもジノは甘くて美味しい青い飴玉の瞳をじっ、と注いでくる。思わずどきりとする瞳の力と昼間とは違った秘めた力強さ。
魅入ってしまえばこのまま蕩けてしまいそうで怖くなる。
瞳を逸らしてスザクはきゅっ、と茶色い眉を顰めた。

「だめだよ、ジノ。仕事中だろ?」

「仕事はもう終わったじゃないか」

「僕にとっては祝賀会も仕事だよ。遊びに来てるわけじゃないし」

相変わらず固いことばかり言うスザクに対してジノは頬を膨らませて「ケチだな」と文句をつける。スザクに拒まれてジノは仕方なく身体を退かし自分も彼の横に仰向けに転がる。そうすると広がる視界は太陽ではない月の光で眩しかった。
じっと空を眺めているスザクを横目でちらりと見て、ジノはその先を探す。同じものを見ているはずなのにスザクだけには何か別のものが見えている気がしてならない寂しさを少しだけ感じてしまったが、それを口にすることはしなかった。
ジノが黙っているとスザクがぽつりと声を洩らした。

「昔ね、よく友達とこうして一緒に星とか眺めたんだ。町からはよく見えなくても山に行くとよく見えて、星座の名前を教えてもらった」

とても懐かしい記憶で、幼い僕らは仲良く寝そべって星を見ていた。彼はあれがオリオン座とかあれが北極星だといろいろと教えてくれたけれど、もう僕はその星座がどこにあってどんな形をしていたのか忘れてしまった。
なんて白状なんだろうかと、笑いたくなる。

「ふーん、懐かしい?」

月明かりで星の明かりはよく見えなかったけれど簡単な星座ぐらいはジノにもわかった。

「うん、ちょっとね。昔は……まだ子供でいられたから」

それは寂しい声でジノは急に胸が熱くなった。じっとしていることに耐えられなくなるような衝動なのに、とっさに身体は動いてスザクを抱き締めることが出来ない。
スザクは身体を起こすと膝を抱える。
何を考えているのかわからない瞳の先はほの暗い。ジノはスザクから夜空に視線を流し目を細めた。こんな月明かりでもスザクにとっては辛いものなのだろうかと。
小さな背中が丸くなっているのを見て、ジノも身体を起こすとスザクの肩を抱き寄せて埋めている顔を掘り起こす。本当のこの顔にキスの雨を降らして「私以外のことは考えないでよ」と独占してしまいたい。それが出来ない歯痒さをスザクはわかってくれているだろうか。

「子供じゃなくったって星見てても楽しいよ。スザクと一緒ならいつも楽しいし」

短い睫毛が色気を滲ませて伏せると、スザクはそうかなと笑った。間近に吹きかけられるジノの吐息がくすぐったくて顎を引くと掴まれる。
青い視線が僕と出会ってきて、僕は息を詰めた。このまま許してしまいそうな距離をスザクは守りたくて彼の手を掴んだ。

「……キスとかしたくならないの?」

甘い雰囲気が続かないことに苛立ちながらもジノはからかう声でそう聞く。スザクは頬を染めて、ジノからの熱い視線から逃げようとした。

「別にそんなことないけど、」

「気持ちいいよ、キス」

「へー、そうなんだ」

絶対に折れようとはしないスザクにジノは溜息を混ぜて笑うと、「ケチ」と零した。そこでようやくスザクのエメラルド色の瞳がジノを見つめ返してくる。けれど熱のあるような色っぽさはない。

「ジノ、今は仕事中って言っただろ?」

「スザクは意地悪だな!じゃあ仕事が終わったらいいってことなんだな」

子供がおもちゃをねだるような甘え方にスザクはそこでよあやく素直に笑った。
たったそんな少しだけでもスザクが笑ってくれるとジノは嬉しかった。自分はスザクに必要とされている、そんな気がするからだ。

「さぁ、どうだろうな」

 最後にそう彼は呟いてジノの頬に優しいキスをした。







                                  

星は知らない