スザクは駆け出して、佇む少年に飛びついた。その衝撃で二人そのままベッドへと縺れ込みスプリングが大きく軋んだ。
「君は、君が・・・ッどうして!」
大きく開かれた緑色の瞳は、激しく揺れ動いている。整理されないままの言葉を探して、唇が震えた。
どうして、と何故ばかりが頭の中をぐるぐるとして、ゼロと名乗った友を見下ろす。
怒っている、というより寂しくて悲しくて切なくて、苦しかった。
絶望、というのだろうかこういう感情を。
幾度だって、絶望してきた。
父が成そうとした世界に。
父を殺した自分に。
世界が、自分を弾こうとしていることに。
この世はカオスだ。僕も、君もその混沌という秩序の中にいる。
白いシーツにルルーシュの黒い髪が散らばる。
彼はじっ、とスザクを見上げ唇を緩やかに歪めた。
「俺を殺すか?スザク」
嘲笑を浮かべる男に、スザクは奥歯を噛み締める。
ゼロは捕獲しなければならない。もしくは、抹殺か。それが軍の意思だ。ならば自分は彼が言うように、この細い首を絞めるべきだ。
無防備なもので、まるで殺せるものならそうしてみろ、と言われているようで腹が立った。
ルルーシュがゼロだったという真実を、もう覆すことも否定することも出来ない。
出来ることは、その現実と向き合うという勇気だ。
押さえつけていたルルーシュの肩がくつくつと喉で笑うたびに揺れる。
見上げてくる紅い瞳は、恐ろしいぐらいに自信に満ちていた。
「お前に俺は殺せないよな、出来るわけがない」
「なぜ、」
尖り、唸る声。
そして首周りに手を添える。この手の中にルルーシュの命があるのだ。
「何故?そんなこと、簡単なことだ」
何故ルルーシュ、いやゼロはこの状況にどう有利だと思っているのだろうか。本気を出せば、彼が暴れようとも簡単に押さえつけることが出来るのはスザクの方だ。
ルルーシュはにたり、と笑う。
「お前が俺の配下にあるからだ」
「どういう、意味だ」
「お前はどこの誰だか思い出してみろ。お前はブリタニア軍人か?いや、もう違うな。お前の居場所はここになったんだ。スザク、お前は俺たち黒の騎士団の仲間なんだよ」
途端、スザクは目が眩んだ。眼球が熱を持ち、全身から拒絶の言葉が発せられているようで、両手に力をこめることが出来なくなった。
今まで殺さなければならない許してはならない、ゼロを捕えなければならないという自己の正義が薄れて行きその代わりに「自分はゼロの仲間である」という不思議な命令が全身を巡る血のように行き渡っていく。
それまでされるがままだったルルーシュは弱まったスザクの腕を掴み、今度は反対に組み敷いてやった。
小さな悲鳴を洩らして、スザクは翳るルルーシュの顔をきつく睨んだ。
それでも力は入らない。意識さえも、霧が掛かったかのように滲む。
「僕が、仲間?ゼロ、の?いや・・・違う、ぼくは、」
耳の奥で鋭い音が鳴り響いている。
「違う、僕は、君を」
「違わない」
「ちがうッ、ルルーシュ?違う、ゼロだ。ゼロを掴まえるのが、」
「スザク」
「いやだ、ッ」
かみ合わない会話、ルルーシュはぽつぽつと独り言を零していく。
「スザク、一度でいいからお前をこうして組み敷いてみたかった」
「ルルーシュ、いやだ、違う」
「お前はいつも何食わぬ顔して被害者面もしないで淡々としていて、純粋で真っ直ぐだ。そんなお前の醜態が見たくてたまらなかった。どうしたらお前が俺のものになってくれるか、散々考えたよ」
「僕は、そんなつもりなんて、それにこんなこと、違う。僕は仲間なんかじゃない、僕はー」
「うるさい」
うわ言で現実を確かめようとするスザクの口を手のひらで塞ぐ。ルルーシュとの距離が縮まって、間近で見つめられる。
「お前に俺は殺せない。ゼロは黒の騎士団のなんだ?頭領だ。ならばゼロが死んだら騎士団はどうなる?全滅だ。お前はもう仲間なんだ、俺たちの。だからお前にはもう俺は殺せない。お前に与えられた、新しい場所だ。俺が与えた」
仲間。
その言葉に、ひどく安心する自分がいる。
そうだ。僕は黒の騎士団。ゼロを守るために、僕がいる。
しかしルルーシュがゼロであることには、まだ困惑していた。
「君が、僕を必要とするのか?」
必要とされることが、大切だった。必要とされる場所にいることで、救われたかった。
ルルーシュが、僕を救うのか。
ゼロなのに。
また頭の中で二つり意識がぶつかり合い、顔を顰めた。
ゼロは敵だ。いや、守らなければならない相手だ。
わからないわからない!
対処しきれない自分の心に怯えるスザクに、ルルーシュは優しく囁く。
「そうだスザク。お前が必要だったから、仲間にしたんだよ」
深呼吸をする。
身体に入り込み酸素とルルーシュの吐息。
魔法のようにそれは、身体と心を満たしていく。
目蓋を閉じて、次に開いた時に、スザクの世界は色を変えたー。