季節はずれの転校生はクールでかっこいい、という噂はすぐにアッシュフォード学園内に広まった。
 中等部から高等部、大学までエスカレート式の学園であるアッシュフォードはブリタニア人が多く在籍し、中にはブリタニア人ではない出身でありながらブリタニアの市民権を取得している者である名誉ブリタニア人が学べるような、珍しい学校だった。
 ルルーシュはそこで大学までを卒業することを目標とし、高校三年生が佳境に入る冬にやってきた。ただ、ここの理事長と孫娘であるミレイだけはルルーシュが何者かを知っている。
 しかし彼らは知っていたとしても、この学園に来たからにはアッシュフォードの学生として接しますから、と言われており逆に彼にとっては気持ちが楽になった。
 学生寮に住むものよかったが、ルルーシュはどこか一人で借りられるアパートを探していた。高くなくていい、自分が気に入る場所が見つけられたらと。
 エリア11の治安は悪くない方だが、未だに過激な反ブリタニア勢力が根強くある国だ。到着早々、空港で耳にしたニュースは爆弾テロのニュースだったことに眉を顰めてしまった。
 全部ブリタニアのせいだ、と思わず自分までもが呟いてしまいそうだと、ルルーシュは自分の国を批判する。
 ルルーシュは皇族ではあるが、生活感のある少年だった。ただのわがままで高飛車な典型的な貴族ではなく、生活は真面目でなんでもする。宮殿ではメイドが困ってしまうほど家庭な一面もあったという。
 だから一人暮らしをすることに不安は一切なかった。



 数週間してトウキョウ租界学園地区から少し離れた場所に、とてもいい二階建てアパートを見つけた。外装はレトロで屋根はレンガで作られ壁には蔦が張り付いて、古い洋館のようで落ち着きがあると一目惚れをした。銀色の格子を開けると生い茂る緑の中に隠れて佇むその館はどこか近寄り難くもあるが入り口近くの庭園には温かみのある色を咲かせた冬の花があり人を歓迎している。
 近代的な時代に取り残された空間がそこにはある気がする。
 窓ガラスも細工も立派なもので、アンティークを趣味としている主がいるからなれる姿なのだろう。
 訪ねてみれば、空室があるという。すぐに使用としたという旨を伝え、それからは二階の奥から二番目の部屋がこれからルルーシュの城になった。その隣の一番奥の部屋もまだ空いているという。だが一階の部屋は全て埋まっている。管理人は特に騒音の被害も住人同士のトラブルもなく皆、仲がよろしいですよとにこやかに話してくれた。
 ブリタニア人も名誉ブリタニア人も関係なく仲が良いというのはよいことだとルルーシュは返事とともに微笑んだ。
 部屋は2LDKで、外見のくたびれた様子とは違いとても綺麗な部屋が用意されている。だが管理人が一つ問題があると言って、壁が薄くなっているということを了承してもらいたいと言っていた。
 ルルーシュにとってそんなものは特に気になることではないため、軽く頷いて了承した。

「どこの壁が薄いんだろうか」

 ベッドを置いた側の壁に手を当ててみるが、自分にはそれがわからない。
 白に塗られた壁は少し年代を感じたが、脆く崩れるというものではない。フローリングの床も磨かれていて綺麗だ。システムキッチンに猫足のバスタブにシャワーブース、おまけにベランダまである。
 そこからの眺めはちょうど管理人が趣味で営んでいる庭が見下ろすことが出来て、少しだけブリタニア宮殿の庭園を思い出してしまった。
 この週末に引越しを済ませたルルーシュは他に足りないものを近くのショッピングモールへと買い物にいくことにする。まだ地理感がないため、地図を片手にして。
 皇子である自分がこうして堂々と道を歩いていることが不思議ではあったが、自分の人間なのだから当たり前なのだと気にせず歩く。むしろとても新鮮だった。
 街並みはブリタニアの首都とは似ていないが、高いビルが多くクリーンなイメージだ。ルルーシュが見てきた日本という風景とは異なっていたが、まだこの国には文化財として有名な寺や宝が保管されているらしく、今度そういった美術館にでも訪れてみたいと考えながらゆったりと歩く。
 今までは全てが宮殿の中の彩色で、どれだけ鮮やかな色をしていてもルルーシュにはモノクロにしか見なかったがこうして見ると世界には色があるのだなと澄んだ気持ちになる。
 黒い厚手のコートを羽織り、マフラーを巻いて白い息を吐く。
 頬を刺す風は冷たくて痛い。
 自分が今、生きているということを一人になってみて初めて感じているかもしれない。
 学校にいけば自分は有名人だ。それは皇族としてではなく、転校生として物珍しい視線。見られることには慣れているのにそれがとても落ち着かないという経験もした。宮殿にはいない普通の男女が自分に話しかけてきて楽しそうに笑う。
 貴族、兄弟たちだけに囲まれていた世界にはなかったものが、一歩外に出てみればたくさんあるのだ。
 この経験を生かしていつかそう遠くない未来、大学を卒業しナナリーを連れて二人で住むことが出来ればいいなとさえ思うほどにルルーシュはご機嫌だった。
 日常に必要なものを買い足して、持って帰るには苦になると思ったものは配達を頼んで家に帰る道を辿る。太陽が少しずつ暮れはじめると、辺りはすぐに暗くなってくるのが冬場だ。
 ルルーシュは寒そうに紫色の目を細めて、早足になったがふと視線が小さな公園の中へと向った。
 映ったものは四人の男性が一人の少年を囲っているというよくない光景だった。あれはたぶんブリタニア人で、背の低い少年はエリア11のナンバーズであるイレヴンだろう。
 早く帰らなければいけないのに、足を運ぶペースが落ちる。
 声ははっきりと聞こえないが一人の男が怒鳴っているようにも見え、周りの男たちはいやらしそうに哂っている。

(ああいう連中はどこにいても腐っているな)

 祖国にいても、理不尽な扱いをされる者はいた。僻み妬み、自分は偉いと勘違いをしてえばっている連中をルルーシュは散々目してきた。
 兄や姉の中にも、そういう人はいた。必要以上に人を蔑み、自己満足に浸っていた。
 弱い者は強い者に縋らなくては生きていけなくて、弱い者は死んで強い者だけが生き残る世界にしてしまったのは誰だろうか。
 そう考えて虫唾が走った。
 自分ではなくても、自分はその父親の血を引いているのだ。
 皇子の身分を偽っていても、血は偽れない。

「胸糞が悪い、」

 顔には似あわぬ汚い言葉をぼやいて、ルルーシュの足は家ではなく公園の中を目指す。
 あの少年が抵抗しないのは自分の立場をわかっているから黙っているのだろうが、こんな場所に居合わせてしまった以上そのまま素通りなんてルルーシュには出来なかった。
 自分が割って入ればなんとかなる、そう安易に思って声を張り上げた。

「おい、遅いじゃないかこんなところで何してるんだ」

 その声はとても猫なでの柔らかいもので、男達ではなく中心にいる少年に向かっての言葉だった。突然の乱入者に男達が振り向くと、ようやくルルーシュからイレヴンの少年の姿が見える。
 暮れる景色の中でも一際目立っている大きなエメラルド色の瞳が、驚きでこちらを見ていた。
 そして風に揺れるこげ茶色の巻き毛と、同じ色をした太い眉がさらに童顔さを表しているようだ。