平和とは名ばかりで今のブリタニアは腐っている、とルルーュは舌打ちと共に吐き捨てる。
貴族たちはいつだって食や着るもの、住むところにも困ることはない。ずっと変わらない艶やかな世界で暮して死んでいく。その送葬だって派手なものだ。
ルルーシュは生まれたときも静かだったように、死んでいくときも静かであればいいと思っている。
そんな中でルルーシュはこの独裁が支配し縛られた世界に反逆することを決めた。そうすることでもしかしたら変わるかもしれない。いや、変えてみせると。
だからルルーシュは仮面を手に取り、皇子としての自分ではなく、ゼロという名の正義の味方が誕生させた。
黒衣に身を包み、鋭利な黒い仮面を被った少年の正体は誰も知らない。
しかし自分ひとりで行動を起こしたとしてもいつか限界がくる。本気で戦うのなら軍隊を作らなければならない。
そのためにルルーシュはパフォーマンスをしてみせ、反皇族派であるテロリストたちをひとつに纏め上げることに成功した。
素性を明かさない仮面の男など、最初は誰だって信じないだろう。
それが今では黒の騎士団という組織のリーダーとして国家へ反逆している。
どんなに小さくてもそこに実力と言葉があれが形となって現れるのだ。
ルルーシュにはそれだけの人を惹き付ける力と従わせる能力があった。
軍も最初は彼らのことを侮り、すぐに逮捕できるものだと思っていたがルルーシュが考える策謀によって全てが覆されている。負かされているばかりで最近では街の中で笑い話の種になってしまっていた。
ブリキの兵隊は所詮ブリキの玩具でしかない。あの頭は飾りなのさ、と異人たちが住むスラム街では黒の騎士団を大いに称えている。
黒の騎士団は主の活動とし、ブリタニア貴族たちから間違った方法で奪われた冨を取り戻し貧しい市民たちに分け与えていた。ルルーシュが騎士団に流す情報はどれも正しくて、一度も作戦に失敗したことはない。
それは本当に物語の中のヒーローのようで、人々はゼロを支持していく。
最初は誰もがゼロの正体を知りたがった。
ブリタニア人じゃないのか、それとも自分たちと同じような異人で貧しい出なのか。
一体あの男は誰なのだとメディアも彼を取り立てて詮索したが、彼が何者であるか誰一人もその真相を掴んだことはなかった。
ルルーシュはゼロとして仮面を被るため、人目を盗んで宮廷から抜け出している。
自がいなくても、誰も気にするものはいないためあの離宮は好都合だった。
ただ、今はスザクがいる。
時折彼が「どこに行っていたんだい?」と一晩留守にしている時に聞かれたことがあった。その時は仕事が長引いていて政庁にある執務室で寝泊りをしたと嘘を付いた。
スザクを一人にしておくのも、ルルーシュにとっては心配の種ではある。
もしいない間に誰かに気付かれてしまったらという最悪の事態のことを視野には入れてある。
いつでも2.3歩前のことを考えておくのがルルーシュだった。
今宵もスザクを離宮に残して黒の騎士団へしての活動を行っている。
最近ではスザクという悩みがあるため、時折黒の騎士団の会合の中でもぼんやりとしている時があった。
「ゼロ?どうかされましたか?」
深くソファに座り、黙り込んでいる仮面を見つめる女の視線に気付いてルルーシュは顔を上げた。
彼女は黒の騎士団の中でも一番の信頼を寄せている部下だ。
『なんでもない、明日の作戦については皆了承したか』
姿だけではなく、彼の声もまた実際の声とは異なっている。変声機が仮面に内蔵させているためだ。
「はい、手はずは整いました」
『それでいい。カレンたちも明日のために備え解散しろ』
「了解です」
そう最後に締めくくるとルルーシュはその身を軽く立ち上がり、マントを翻す。
すると彼と歳は変わらぬ赤毛の少女、カレンがゼロを呼び止めた。
「最近、お疲れのようですのでゼロもゆっくりしてください。貴方に倒れてしまっては困りますから」
彼女はゼロの心酔している部下の一人だ。ゼロからも最も信頼され、ゼロであるルルーシュもカレンのことを一番の部下としてみている。
ただそれだけであって、他意はない。しかし彼女はそうでもないようだ。ゼロに対して最初は警戒をしていたが一番に協力をしてくれたのは彼女だ。仮面の中が誰だっていい。ここにいるのは自分たちの指導者であるゼロであることには変わりないのだ。
知ったところで私の気持ちは変わらない、と彼女は盲目にゼロのことを信じていた。
『私のことは心配ない、カレンは自分のことだけを心配していろ』
自分が疲れているとは思わない。
ただ気に掛けている存在があるだけだと、ルルーシュは頭を振った。
カレンはゼロが退出するのを見送り、それから自分も黒の騎士団の拠地から街の中へと姿を消す。
ルルーシュは自分だけが拠地から通れる通路へと向かい、そこで仮面のマントを剥いでルルーシュとなる。ここから抜ける道の先は港の倉庫だ。それもルルーシュが買い取っているため、誰の出入りもない。
袖に白いフリルのついたシャツに着替え、肌触りのよいスカーフを巻き深いフードの付いた漆黒のマントを羽織る。
いくら人気のない場所だからと言って皇族がこんな場所にいると万が一見られてしまったら後始末が面倒だ。
辺りに目を配らせて、ルルーシュが倉庫のロックを解除して外に出ると空はもう群青色で星が煌々と輝いている。
いつもならこのまま途中で馬車を広い皇宮まで帰るのだが、彼が向った先は明るい世界ではない。
今夜は一つ、知りたいことがあって闇市場が開かれているスラム街へと出向くことを決めていた。元々このスラム街に住む者たちはブリタニア人から遠い異国人までさまざまだ。それぞれの目的でこの寂れ混沌とした居住している者たちの中には犯罪者だっていれば、ドラッグや人身売買だって平然と行われている。
そんな危険区域で自分が皇族だと彼らに知られてしまえば、いい餌で所持金から身包みまで剥がされてしまうだろう。
いや、最悪殺されるかもしれない。
彼らはいつだってこのブリタニアにいい感情を持っていないのだ。
恐ろしい、とは思ったがどうしても調べたいことがある。
暗い路地を抜けると角にブックストアと書かれたくたびれた店を見つけた。
「邪魔するぞ」
ギィ、カラン、とドアが錆と鈴の音で開くと埃が舞った。自分の背よりも高い棚が店内を占めていてたくさんの本が並べられていたり積まれていたりしている。
奥には店の主人らしく老人がいた。
客は自分ひとりだけなのか視界の中には人影はいない。
本屋と言っても薄暗く、売り物である書物も随分と古くなっていて本当に売り物かと疑ってしまう。
「すまないがご主人、私は古い怪奇や伝説にまつわる書物が欲しいんだがここには置いてないか?」
知りたいことはたった一つ。
スザクを助ける方法だ。宮殿内にある国の管轄の図書館には自分が求めるものがなかった。禁忌書庫にも足を運んでみようと思ったが、あそこはルルーシュのような皇子だとしても簡単に入れる場所ではない。
皇帝から許可をもらった者がその門をくぐることが出来る禁断の書が置かれている場所だ。
いずれそこにも忍び込んでやると打算しているが、まずはここから始める。
スザクのために出来ることをしてやりたい。そうすれば長く離れていた間を少しでも埋めることが出来る。それは今でも同じかもしれないが、やはりあのままでは問題が多すぎている。
人間とは違う研ぎ澄まされた感覚と感触を受け入れる者など稀だ。
好奇な目で見る者、気持ち悪い視線で侮蔑する者。
スザクは自分のことを話したがらない。その自分の知らない過去はきっと、辱めを受けた過酷なものなのだろうとルルーシュは思っている。
ルルーシュにとってスザクはあの幼い頃に一緒に遊んだスザクと変わりない。
スザクを助けてやりたい。傍にいてやりたい。唯一の味方でありたい。
それはきっと俺にしか出来ないことだと、ルルーシュは手の平に力を篭めた。
白髪の老人はゆっくりとその身を起こすとにやり、と笑った。
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