ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは今まで生きてきた人生の中で最大の難所を迎えていた。






路地裏のはそれでも愛を請う
U






偶々通った通り道。偶々気になった雨の路地裏。

そこで見つけた、偶然の再会。

その再会はあまりにも異質で現実を受け入れがたいものとなった。

瞬きをすることを忘れ、気絶している少年スザクに目を奪われていたが強まる雨足にようやくストップしたままだった思考の軸に油を注した。

が、それは夢でも幻でもないスザクで、やはり彼の頭部には人間はない猫の耳は付いたまま。ルルーシュは辺りを見回してからスザクに近寄ると、自分も濡れてしまってはいるがコート脱いでそれをスザクの頭の上からすっぽりと掛けてやると水分を含んで重くなった身体を抱える。

ルルーシュも華奢ではあるが、このスザクも随分と痩せてしまっているようで顔色は青ざめている。今は彼の耳のことよりの身体のことが優先だ。

早く温かくしてやらないとまずい。

このスザクが本当に自分の知っているスザクなのか、どうして猫の耳としっぽをつけているのか謎解きはその後だ、と馬車へと急いた。

たとえスザクでなかろうと、このまま見捨ておくわけにはいかない。人間ではない者なんて気持ちが悪い、というよりルルーシュにはただの驚きであって偏見などすぐに消えてしまう。

馬車の御者は主が連れ帰ってきた客人とも言えない人物をちら、と見ればルルーシュがきつく視線を返す。「急いで戻ってくれ」と言い放つと、スザクを中へと運んだ。

馬車がまた揺れ動き出して、ルルーシュは一度息を零す。

その間も彼は目を覚ますことなく、死んだようにずっと眠り続けているのを心配そうにルルーシュは苦渋の表情で見つめていた。



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ブリタニア皇族たちが住む宮殿は広く、いくつかの門がありそれぞれが住んでいる館も兄弟たちの中でも違う。その中でも一番小さいアリエスの離宮がルルーシュが住む場所だ。そこへ到着すると誰も迎えに来させず真っ直ぐに自室へと向かった。

部屋に続く廊下にも誰も近寄らせない。早めに帰ってきたと思えば挙動不審になる主のことを訝しげに思ったメイドたちだったが命令なのだからそれ以上は気にしなかった。

部屋の鍵を内から閉めてすぐにスザクの衣類を脱がせて、軽くタオルで拭いてベッドに横にさせる。

本来は誰か医者にでも診せる方が賢明なのだろうがそれは難しいだろう。それに貴族ではないし得体の知れない者を連れ帰った、と知られれば大事にもなる。

そうはしたくない。

仕方なく、ルルーシュ自身で彼の傷の手当をすることにした。

スザクの肌はだいぶ薄汚れていて、所々に切り傷や打撲の痕があるのが痛々しい。だが骨や内臓は大丈夫そうで、一安心だった。あそこで暴行を受けただけの傷じゃない、ということは素人目で見て分かる。

いつからスザクはブリタニアに渡り、いつからこのような目に遭ってきているのだろうか。

考えるだけではらわたが煮えくり返りそうだった。

なぜそのような扱いを受けるかの理由は一つしか思い浮かばない。人間は、自分と少しでも違うところを見つけると遠ざけて恐れ、集団で蔑むようになるもの。

ふわり、とようやく乾いてきた髪の毛を撫でながらそこにある大きな三角の耳にも触れてみる。耳先だけが栗毛色の髪と一緒で、元の方は白い色をしている。

人間に突然変異が起きて獣の耳としっぽが生える、なんてことあるんだろうか。それでも、目でも指先でもその存在を確認することが出来た。

ぴくぴくと無意識に震える耳は衰弱しているせいか、冷たい。

ルルーシュは長く息を吐くと窓の外を眺めた。まだ雨は降り続いていて、明日まで続きそうだなと呟く。

(これは紛れも無い、俺の知っているスザクだ)

間違えるはずがない。7年前が最後だとしても。

きつく閉じられた瞳。太くて優しい眉は安堵しているのか下がり、唇からは正しい呼吸が零れてくる。7年前はもう少し気丈な表情をしていた。

売られた喧嘩は買うし、意地っ張りで。いつも目元はきつく釣りあがっていて、けれど自分たち兄妹を見る目は次第に温かくなった。

スザクもルルーシュも、初めて本当に心を許せる仲だった。

そしてルルーシュは彼のことが幼いながらに好きだった。ひどく惹かれた。ずっと一緒に居たい、と願った。それが叶わないだろう、と知っているのが悔しかった覚えがある。

出来ることなら国になど帰りたくなくて、スザクのいるあの国で過ごしても良いとさえ思っていたがそう簡単に決めてしまえることではない。

またいつか、と小さな約束をして別れた。

そのまたいつか、が今日訪れと自分も思っていなければきっと彼も思っていないだろう。

(さあ、これからどうするルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。スザクにどう会う?ちゃんと話せるだろうか、スザクがどうしてこんなところにいるのか何があったのか、聞けるだろうか)

連れて来てしまったのは良いが、彼が目を覚ました後のことをまったく考えていなかった。

ちゃんと会話がしたい。

そうは思ったものの、どう今の彼と接すれば良いのか今更戸惑う。

自分は会いたかったとしてもスザクはそうでもなかったら。それに今のスザクは特異なようだ。こんな容姿を気にして、心を開いてくれないかもしれない。

もし自分が同じ状況になれば昔なじみの友だとしても、安易に出来ることではないかもしれないと不安になる。

しかしスザクが今も生きていてくれた、またこうして会えた、という喜びは次第に胸に広がり満たされていく。早くその瞳を開いて俺を見て欲しい。

髪を何度も撫でながら、その手を頬へと辿り親指の腹で半開きになっている唇をなぞった。

スザクに何があったのか知りたい。その上で、どうにか助けてやりたいと目を覚ます前からルルーシュは彼への気持ちばかりだった。

神が与えたこの偶然に感謝するのか、後悔するのかはきっともっと先にならないと分からないことなんだろう。そうだとしても、自分は恨まない。

「スザク」

薄い皮の耳がその声に反応するかのように揺れるのを見て、ルルーシュの瞳が愛しそうに微笑む。

猫なんて3日で恩を忘れると言うしわがままだし、言うことを利かないから嫌いだった。

けれどもこんな大きな猫だったら飼ってもいい、と思ってしまった。