何度夢見たか分からない。

逢いたいな、とふいに思うことがたくさんあった。

元気だろうか、僕のこと少しでも覚えていてくれるだろうか。



僕はその再会を後になってからきっと、後悔する。





路地裏のはそれでも愛を請う W





尻尾が直立し、扉の向こうから入ってくる誰かを警戒する。また風にベッドのカーテンが揺れて、視界が白と黒交互に映った。白はカーテン。

黒は、彼の髪の色。

ぱっと尾の毛先が広がって、ひどく緊張した。尾だけじゃない、全身がそうだった。風が収まり、視線の先は一点だけに集中する。彼も起き上がっている自分に気付くと、息を飲んだ。

その表情は硬い。

遠い記憶の幼い子どもと、見つめている少年が重なり合う。

震える深緑の双眸がまっすぐに見返す。ルルーシュ、と咄嗟に声にならない想いで呟いた。懐かしい響きで、胸が痛んだ。

今、目の前にいるのは幼さなどない、大人びた少年がいる。あの頃よりも美しく、綺麗になった彼が。

僕は夢を見ているのだろうか、と疑った。

けれど成長した彼が夢に出てくることは一度もない。

「スザク」

名前を呼ばれて、ぴくりと耳が微動する。スザクは彼のまだ幼い愛らしい声しか覚えていない。名前を呼ぶ声は、そんな幼く高い声よりも低くなり、それでも滑らかな声色だった。

「スザク、なんだろ?」

固まったままの彼を戸惑い見つめるルルーシュは、もう一度確かめるように呼ぶ。

スザクが彼をルルーシュだと思ったのと同じで、ルルーシュも自分もことをスザクだとわかってくれている。もう7年もお互いに経っているというのに。

口元に笑みを浮かべて紫色の瞳を細める。

スザクの半開きになった唇からは、乾いた息が零れた。

そしてスザクは『今』を思い出して背筋に冷たいものが流れて、恐ろしくなった。

己が今、どんな姿をしているのか。

それが彼の目に曝されていると思うと、逃げ出したくて心から自分を呪った。ルルーシュが一歩、近寄るとスザクは身体を強張らせて歩み寄ろうとしている彼にくるりと背中を向けてベッドから抜け出そうとする。

「スザク!」

突然の逃げようとするスザクにルルーシュは慌てて声を張り上げた。しかしスザクは怪我のせいか身体を十分に動かすことが出来ず、抜け出すというよりベッドからシーツと一緒に反対側へと滑り落ちた。

ルルーシュが回り込み、心配そうに覗いて見るとスザクと目が合った。悲しそうで、今にも泣き出しそうな眼に言葉を詰まらせる。

「見るなッ!」

スザクは唇を噛み締めると、シーツを引っつかみ頭からすっぽりと被ってしまった。尖った獣の耳のシルエットが、二つ出来上がる。やっと口を開いてくれたかと思えば否定の声。

「ス、ザク……?」

困ったルルーシュの声が頭上から降って来る。

これは夢なんかじゃないんだ。

本当にルルーシュがいるんだ。

けど、どうしてルルーシュが?僕には分からない。ルルーシュが助けてくれたということなんだろうか。どうして?そんな偶然なんて、あるのだろうか?

心臓がどんどん唸りを上げてくる。どうして、なんで、疑問ばかりに戸惑い、恐怖する。

見られたくない今の自分。

見て欲しくなかった、僕を。

僕はもう君の知っている、あの頃の僕ではない。

ぎゅっ、と被ったシーツを握り締めて拒む。

「見ないで、僕を。見ないで、お願いだから……」

小刻みに震える声。

こんな再会、望んでなんかいなかったのに。夢見た再会は、温かかったのに。絶望しか見えない今に、スザクは「見ないで」と言うことしか出来なかった。

ルルーシュはスザクである少年を見下ろしながら、双眸を揺らして動揺を隠すことが出来ずにいた。7年ぶりに会った友にそこまでして否定されると、触れづらいものがある。

確かに、スザクは変わった。もし自分が同じ立場なら、久しく再会した友に見られたくない姿だろう。それでも、彼がスザクであることには変わらない。

ここで今、自分がスザクを信じてやらなければ傷つけてしまう。せっかく会えたのに、それでは自分もまた後悔するだけだ。

握り締めた拳を解いて、ルルーシュは膝を折り白いシーツに包まれたスザクを上から抱く。

「大丈夫だから、スザク」

突然抱き締められたことにスザクの身体が大袈裟に揺れる。

優しいその声は、もう一度名前を呼んでくれた。

「スザクなんだろ?そんなに怯えなくったって、俺はお前のことを嫌いになんかなってないから安心しろ。な?」

拗ねた子どもを慰めるようなルルーシュの声にスザクの硬直が少しずつ薄れていく。本当に、こんな姿をした自分を見ても彼は自分をスザクとして見てくれるのだろうか。

こんなにも弱気になるなんて、らしくないと思う。それほど、この再会に困惑していた。そして今もまだ戸惑う。本当にルルーシュにこんな姿を曝してしまってもいいのか。本当これは、夢なんかじゃないんだろうか。

「スザク」

ルルーシュの手がシーツを剥ぐのを、スザクは止めなかった。ゆっくりと、またルルーシュの顔が瞳の中に映り込む。嬉しそうに、笑っている彼がいる。

まるでかくれんぼをしているスザクを見つけたように。

ぴくぴく、とその温かい表情に耳が震えた。

望んだ再会ではないけれど、心から嬉々するものが沸き起こってくる。すごく恥ずかしくて、くすぐったい気持ち。

「……ルルーシュ」

そしてようやく、僕は彼の名前を口ずさむことが出来た。