ベランダの窓を開けると肌寒い風が吹き込んできてスザクは小さなくしゃみをさせた。空の青さもどこか遠くなったように見見える。
ぺろっ、と赤い舌を出すと手の甲を舐めて欠伸をした。長い尻尾がゆらゆらと揺れて、絨毯を擦る。
言葉に出すまでもなく、暇だと全身から言っているような様子のスザクだ。
しかし最近少し外が騒がしい。ルルーシュがいない間、庭園に赴いてからだが鈍らないようにトレーニングをするようにしておりその時に気が付いたのだ。
城下町の方角から異国の音楽や小さな花火が上がったりしているのを昼間だというのに見る。
奥まった場所にあるルルーシュの館ではあるが、その裏にあるこの庭園からだと近い。ここからなら高い赤レンガの壁とは言え、スザクなら木々を昇って超えられないことはなく、ルルーシュに黙って抜け道を作ってしまえば簡単に町に繰り出せるかもしれないが、スザクの良心がそれはだめだと言っているため出来ないでいる。
そんな壁の向こう側から使用人たちの声と、町から響いてくる楽しげな空気にスザクは触発されていた。
皇室の使用人たちはなにやら祭りの準備に忙しい、とか衣装がどうのとかと言っていたし、漂う空気はどこか陽気だった。
何か祭りだろうか、と思いながらまた流れてくるギターの音に耳を動かしリズムに乗って尻尾が動く。
皇室は広いはずなのに、ここが端だから町の声が聞こえてくる。
どうしてルルーシュはこんな皇室の端にあるアンティーク調で、近寄りがたい深い森のような場所で一人暮らしているんだろうか?
彼は頭もいいし、美しい容姿だからきっと貴族のお嬢様たちには人気なはずだ。それなのに華々しい社交界が開かれるはずのエントランスホールには誰一人いない。たくさんの兄たちがいるはずなのに訪ねてくる兄妹たちもいなかった。
それは自分がここにいるせいかもしれないが、あまりにも最初から閑散としている気がする。
ルルーシュはたくさんの話をしてくれるけど、自分のことや国の話しになると顔色のトーンを暗く落す。そして悲しさとは違う怒りの青い炎を瞳の中に宿している。
「スザク、俺はブリタニアが嫌いだ」と、ぽつりと零していた。
「ここには生がない。俺は生きているのに屍のようだ、皇子として生きていることに俺は俺としての生を感じることが出来ない。傀儡と一緒さ。俺の機嫌ばかりを伺っている連中や蹴落とそうとたくらんでいる奴だっている。皇族っていう場所は華やかでも中身は開けてびっくりするほど空っぽなんだ。けど、俺は皇族として生まれた。なら、その運命からは逃げられない」
長い前髪が表情を隠していたが、握り締めた手のひらからルルーシュが自分を呪い、もがいている人間の一人なんだとスザクは少しだけわかった気がした。
幼い頃、話してくれたことを思い出す。
母親が殺されて、父親である皇帝からも一度見捨てられ後見人であった家元も後継者争いに敗れて日本へと追い払われたのだ、と。幼かったスザクには難しい話だったが、母が殺されて父からも嫌われてしまったのだと簡潔に理解はしていた。
自分だったら、と考えてスザクはエメラルド色の双眸を細める。

「母と、父……か」

スザクにはもうどちらもいない。母は早くになくし、父は自らの手でー、
そこまで考えてスザクは飛び起きる。
館の重い扉が開く音が聞こえてきたからだ。それはつまりこの館主の帰宅を意味する。

「スザク、ただいま」

金で装飾された黒のコートを脱ぎながらルルーシュが寝室へと入ると、スザクは両耳をぴんっと張り、「おかえり」と微笑む。
しかしなんだか今日のルルーシュの様子がいつものような落ち着きとは違っていた。そわそわとしている、というか緊張しているように見えた。

「スザク、今日はお前にいい話を持ってきたんだ」

「いい話?もしかして何かわかったの?」

この体のこと、と告げたがルルーシュは少しその返答に申し訳無さそうに首を振ったがそれでもいい話だ、と続けた。

「明日明後日と帝都はお祭りなんだ」

声を弾ませて、ルルーシュはソファに座り足を組む。

「その祭りの間ならその格好で町に出ても構わないぞ」

ルルーシュのワインレッドの瞳がスザクのふさふさの耳と尻尾を映し、にやりと笑った。

「ハロウィン、て知っているか?元々はこの夜は死者の霊が家族を訪ねてくることから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたんだが今ではお祭り一つとなっていて都中が大賑わいだ。それにそこでは仮装してもいいことになっているから、スザクがそのまま出歩いていても誰も気にする奴なんていないだろうからな。どうだ?スザク」


俺と出かけるか?と、手を差し出されるとスザクは硬直したままその手を見つめてしまった。
だからあんなにも外の空気が賑やかだったのだ。
ルルーシュはスザクをここに閉じ込めたままなのは窮屈だとわかっていたが、状況がそれを許していないため出来なかった。しかしこの祭りの間はいいのだ。スザクが隠れ逃げたりせずに出来る日がたった二日であるのなら、それをさせてやりたいというルルーシュからの優しさだった。
ざわざわとスザクの中で嬉しさと、何故かわからない気恥ずかしさが相まってじっとルルーシュを見つめてしまう。

「なんだ、嫌なのか?」

ルルーシュもスザクのだんまりに恥ずかしくなって、唇を尖らせた。それに慌ててスザクが首を振って頬を紅潮させる。
まるでデートに誘われて、ドキドキするような感覚と似ていてまだ心臓が大きく鳴っているようだ。

「嫌じゃないよルルーシュ!その、いいのかい?君と一緒に、て……」

「ああ、大丈夫。俺も仮装ってほどじゃないけどちゃんと顔は隠すよ。まぁ、俺は表舞台に出る皇族ではないから顔を見られても市民にはわからないさ」











ブリタニア帝都であるペンドラゴンはとにかく広い。中央区には政府庁が聳え、そこから北に位置するのが皇室だ。皇室から180度に回った見渡すことが出来る街並みは今日からハロウィン一色に染まり、人々の喧騒がより賑やかなものになる。
オレンジ色をした大きなカボチャが街の至るところに置かれ、そのカボチャをくり抜いてランタンを中に置くと、夜になればとても綺麗な明かりだ。
人々の流れも多く、出店も隙間なくメインロードに並んでいるのをスザクは嬉々として眺めていた。
大きな瞳がきらきらと輝いて、やっと広々とする視界と空気に体がわくわくしているようだった。
すれ違う人々も様々な格好をしていて、スザクの頭の猫耳と尻に尻尾が生えていることなど気に留める人は本当にいなかった。
吸血鬼に魔女、全身を包帯で巻いたフランケンシュタイン、他にも色々と仮装をした人たちがたくさん歩いている。
まあ、スザクほどの生々しさはないものの、紛れてしまえばまったくわからない。それでもスザクは念のため、フードの付いたマントを羽織っておりそりとなりには似たようなコートを纏ったルルーシュがいた。
覗き込まないと顔が見えないほど深くフードを被り、興味津々に視線を泳がせているスザクから目を離さないようにした。
すばしっこいスザクだから少しでもこの人混み中で見失えば一大事だ。
スザクのことだからそうなっても心配はないかもしれないが、過保護すぎるルルーシュからしてみれば心配なものは心配なのだろう。
ルルーシュはこの帝都のことをよく知っている。皇室だけが自分の世界ではなく、どこの橋を渡ればどこの通りを進めば目的の地区に行けるか詳しく頭の中に入っていた。
それに一般人にはわからない裏側も、だ。
彼にはもう一つの顔があることを、スザクも兄たちですらもまだ知らない。
左の出店からは香ばしい匂いがしてきて、右側の店からは甘い香りが漂ってくる。さらにその先には鮮やかな花たちに出迎えられて、スザクは上機嫌そうに尻尾を大きく揺らしながらルルーシュ、ルルーシュと手を引っ張った。
本当にデートみたいだな、と過ぎってしまいルルーシュは強く手を握り返しながら照れくさそうに笑う。
皇子としての自分でもない自分がスザクとここにいて、ただの少年としていられることがとても素朴でありながら温かくて大切な時間。
皇子でなければ、スザクの体質が異質でなければこうしていられるのだろうか。
このまま逃げてしまおうか、と思ってしまうほどスザクとの時間は特別だった。あの雨の日に再会してからルルーシュの中で幼かったスザクが思い出の中から飛び出して大きくなった等身大のスザクとして走り出している。
自分のとなりで無邪気に笑ってときには悲しい顔もして、怒ってみたりする色々なスザクがいてたった一人きりだった世界が鮮やかに変貌していくようだ。
愛しい、と想う。最初から好きだった、スザクのことが。
だからこの手を手放したくないのだと、強く強く思う。

「ルルーシュ?」

ぴたり、と足並みが止まってスザクが眉を下げて丸々とした瞳で彼を見つめた。その上目にドキ、としてしまい瞳を点にした。
栗毛色の髪がフードの中でも跳ねて踊っている。

「ごめん、僕もしかしてちょっとはしゃぎすぎてたかな」

二人の会話は賑わいの中へとすぐに掻き消されてしまうほど、周りは騒がしい。近くで楽団が演奏を始めたのか歌声と楽器が奏でる音が聴こえてきた。
それに空を見上げれば橙色に包まれつつある。

「いいや、大丈夫だスザク。けど、確かに子供みたいだな」

そう言ってルルーシュは口元に手を当ててくすくすと笑った。

「だって仕方ないだろ?こんなにたくさんの人の中にいるの、久しぶりなんだし普通にしていても見られないっていうのは当たり前なんだけど、嬉しくて」

「そうだな。もうしばらくここで楽しむのはいいが、少しどこかで休まないか?」

視線で人の少ない路地の方を見てそう促すと、スザクは頷いた。人の流れが少ない道へと入り、公園へと出るとそこのベンチに腰掛ける。
するとスザクが何か飲み物でも買って来るよ、と言って一人走り出すと道に迷うなよというルルーシュのお節介な声が後ろから聞こえた。
皇族であるルルーシュを一人外で待たせるのも危ないかもしれない、と思ったスザクは早く買って戻ろうと出店を探す。
次から次へとたくさんの人の声が耳の中を震わせて、スザクの瞳が左右に動く。
ふいに、そこで鼻腔を刺激する香りが漂ってきてスザクは誘われるように足を向けてしまった。
(なんだろう、これ)
すごくいい匂いだな、と匂いの元を嗅いで探す。ふらふらとメインロードから外れた路地裏へと入っていくと、また別な道へと繋がっていたが、そこには明らかに表通りとは一風変わった店が並んでいる。
きょろきょろと不思議な空間に迷い込んでしまったスザクは、周りの視線を気にすることなく進む。
ねっとりと纏わり付く視線が刺さるが、鼻を刺激する甘い誘惑の香りには勝てずあやしく煙立つ露店の前へと立った。
マントの下では尻尾が激しく揺れて、落ち着きがない。

「お兄さん、この匂いが気になるのかね?」

そこに座っている店の主人は、金歯を見せながらいやらしい笑みを浮かべてスザクを見る。
店の前に並べられているのは香水のようなものと、小さな布の袋に入った匂い袋だ。
たぶんスザクが惹かれた匂いはこれ。

「あの、これはなんですか?」

鼻の奥がむずむずしてきてそれが毒のように全身へと浸透していき、気持ちがいいのか気持ち悪いのかよくわからなくなってくる。薬の一種だろうか?それでも逆らえないこの魅力的な香り。今にも飛びつきたくなるのを必死に押さえ込んだ。
(ああ、なんだかわからないけどすごくこれが欲しい!)
スザクの視線はそこに匂い袋に注がれたままだ。

「これがそんなに好きなのかい?珍しいね、媚香薬の中でも薄い方なんだがねぇ、こっちの方がもっと効果的だよ」

そう言って中年の男は小ビンに入った赤い液体をちらつかせるが、スザクは目をくれることはない。やっぱり視線の先はずっと匂い袋のままだ。
フードの尖った耳の先がひくひくとしきりに動いているのを主人は見て、また唇の端を歪める。

「お兄さんは猫だからこっちが気になるようだねぇ、これはブリタニア北西地方で生えているマタタビの果実を擦り合わせたものなんだよ。どうだい、お兄さん買っていくかい?すごくいい香りだろう?」

マタタビ、と言われてもスザクの中ではなんのことだかさっぱりわからずとりあえずとてもいい匂いで体が熱くなっていることと、どうしても欲しいという衝動でとうとうそれを買ってしまった。せっかくルルーシュから預かったお金だというのに、飲み物ではなく匂い袋を買ったと言えば怒られてしまうだろうか。
しかしどうしても、この体を脱力させてしまうような香りに引き寄せられてしまう。
すう、と袋に鼻を寄せて吸い込むと足ががくん、と崩れそうになった。すごく気分がよくて転がって毛づくろいがしたい気分だがさすがにこんな道端でそんな姿を晒してしまうのはいけないという理性だけは保っていた。
スザクは人混みを抜けて公園に戻るのではなく、さらに足をそこから進めて川辺まで出る。
人気はなく、太陽も沈んで静かな川の音だけがする場所は一人きりなるのにはとてもいいところだった。

「はあ、」

胸を押さえてスザクは大木の下にしゃがみこむ。
(ほんと、どうしちゃったんだろう……体がとても変だけど、すごく気持ちいいし……ルルーシュ、待ってるよな。行かないと)
しかし一度力を抜いた体を立たせることは出来ず、スザクは高熱でも出したかのような怠惰さと眩暈に目蓋を閉じる。尻尾も力なく、地面を擦り先だけを震わせていた。
そんなスザクの元に、近づいてくる足音がいくつかあることに気が付いて顔を上げた。
見上げた先には数人の男。どれも知らない顔ばかりだし、ぼやけていてよく見えなかった。
男たちはザクを見下ろして笑っているように見える。

「僕に何か、用ですか」

吐息が混じる声に、男が声を立てて笑った。

「お兄さんこそどうしちゃったの?気分でも悪い?」

「俺たちが看病してあげようか?こねこちゃーん」

その声は本当に心配しているようなものではなく、何か意図を含ませた嘲笑であることに気付いても体が動いてくれない。
この場所にいてはいけない。早くルルーシュのところに戻らないと、と足に力を入れて立ち上がろうとすればふらついてしまいそのスザクの細い体を一人の男が抱え掴まえた。
「あらら、だいぶ骨抜きになっちゃってるみたいだけど」

「ほんと猫みたいだね、お兄さん。猫ってマタタビに弱いんだろ?人間にはそんな効果ないっていうのに」

「兄さんが持っているソレ、なにか知らないで買ったの?」

スザクの手に握られている匂い袋を指して、男が嘲笑う。確か、店の男が媚香薬とか言っていたのを思い出して、スザクはやっと自分の体の反応を理解する。
わかっていたとしても、きっとこの香りに強く反応してしまっていただろう。

「大丈夫、です、離してもらえませんか」

自分の体を支えた男の手がすっ、と脇を撫でたことに全身の毛が粟立つ。嫌悪だろうか、それともこのマタタビのせいだろうか。
どちらにしろ、このままではいけないということははっきりしている。スザクは匂い袋を手放して男の腕を精一杯の力で振り払うとよろめきながら三人の男たちに背を向けて走り出そうとするが、マントを掴まれて後ろに倒れこんでしまう。

「そんなに嫌がらないでもさ、いいことしようよ。ここがどういう場所か、わかってきたんじゃないの?」

「どういうー、」

「やだなぁ、わかってないみたいだぜ?この子」

「なら教えてあげたらいいんじゃない?」

勝手に話を進めている男たちにスザクは恐怖と怒りを滲ませるが、まだ鼻を突く匂いに全身が痺れているような感覚だ。

「や、いやだ、っなにを」

一人の男がスザクの衣服に手を掛けて健康的な色をした肌を触られて、スザクの声が引き攣る。
頭の中でフラッシュバック映像があった。前にもそうして自分の意思に関係なく体を弄られて、悲鳴を上げた。
そんな情けなくて思い出したくもない、穢れた過去。もう二度と、そんな思いもしたくない!僕はもう違う、辱められることなんてもういやだ!
スザクは息を止めて漂う匂いを塞いで、圧し掛かってくる男を力いっぱいに蹴り上げて立ち上がると駆け出した。
待て!と、大きな声を上げて追いかけてくるがそれに追いつけないほどの瞬発力でスザクは我武者羅になって逃げる。
どんなに体が痺れていても、絶対に拒絶したいという気持ちに突き動かされて必死に走る。
耳の横では風が鋭い音を鳴らしていて、ハッハッと走る自分の忙しい息だけが聞こえていた。
男たちは追いつけないことに諦めたのか、声はもう聞こえてこずスザクはまた人混みの中へと戻ると公園を目指そうとしたが夢中で走ってきたため、元の場所への戻り方がわからなくなっていた。
路地裏に入ると、また河川へと出る。
人はいないがさきほどとは違い、橋があり静かな茂みだ。
スザクはまだ体の奥の火照りを感じながらも、ルルーシュのところに戻らなければと眉根を寄せてこれからのことを考えた。しかし知らない道、大きな街では適当に歩いていても運がよくなければたどり着けないゴールだ。
途方に暮れたスザクは長い溜息を吐いて耳を垂らした。
(僕ってばかだ)
そう、自身に憤慨していれば遠くの方から声が聞こえた気がした。スザク、と名を呼ぶ声。
それは間違いなく近くなってきて、スザクは顔を上げて辺りを見回した。
これは幻影だろうか。まだあの匂いが僕にいけないものを見させているんじゃないだろうか、と疑いたくなったくがその声は確かに聞こえてくる。

「ルルーシュ!」

すると視線の先から走ってくる黒髪の少年がいてスザクは駆け寄った。息を切らし走ってきたルルーシュはスザクへと大声で怒鳴る。

「この馬鹿っ!どこに行ってたんだっ、なかなか帰ってこないから探しに行ってみれば、ダークネスロードの方に行ったって人から聞いてっ、」

全力疾走してきたあとですぐにしゃべり始めたせいか、そこで噎せ込んで額から玉のような汗を流していた。
彼が言うダークネスロードというのはさきほどのスザクが迷い込んだ路地のことだ。闇市場、表では売れないような品物を扱っている比非合法な場所でありロクな連中はいない。いつまで待ってもこないスザクを心配して猫の耳を付けた奴をしらないか、と出店の人間に聞いてみればそこへふらふらと入っていたったと聞いて血相を変えて探した。見付かったから良かったものの、本当にどこにもいなかったら自分はどうしていただろう。
忽然といなくなってしまうということに、ぞっとして考えたくもなかった。

「ごめん、ルルーシュ」

弁解の余地などなく、スザクは眉を下げて素直に謝った。いけないことをしたのは僕だ。ルルーシュから叱られるのは当然だ。
しゅん、と耳を伏せ耳は足に巻きついておびえている。
それを息を落ち着かせながら眺めていたルルーシュは、スザクが無事だったことが何よりで安堵するとその腕でスザクを抱き締めた。
ふわっと、柔らかい温かさにスザクの尻尾の毛先が広がる。

「ル、ルーシュ?」

「この馬鹿猫め、何かあった後じゃ遅いんだぞ」

ルルーシュの腕が震えている。
本当に心配で自分の立場なんて気にすることなく探してくれたんだ、とスザクはまた申し訳なくなって再びごめんなさい、と小声で呟いた。
彼の胸が熱い。心臓の音が聞こえるぐらい強く抱き締められて、自身の体もまた熱くなってくる。
スザクの鼓動は高鳴って、目蓋を重い。
(なんだか、まだ匂いが残っているのかな。とても、心地良くてもっと甘えていたくなる、ルルーシュに)
トクン、トクン、ともう匂い袋は捨ててきたのに甘い香りが漂っていように波立つ胸の音。
ルルーシュの腕を掴んで、俯きながら見上げるスザクの瞳の色は潤みを帯びた翡翠色で扇情的だった。
薄く開いた唇から覗く白い歯と赤い口腔。スザクの瞳にルルーシュの綺麗な顔がゆらゆらと水面に揺れているように映している。

「ルルーシュ、僕―」

体が熱くて、壊れそうだ。と囁く。
熱い吐息が感じられるほどに近い距離。
初めて意識する間近な感情と熱。

「スザク」

恍惚とした表情で見つめられ、ルルーシュはスザクに見つめられたままゆっくりと目蓋を下ろしていけばスザクもまた顔を傾けて頬を寄せた。
わからないけれど、スサクがどうしたいのかわかってそれに促される。
いや、そうじゃない。本当はそうしたかった俺がいてスザクを手に入れようとしているのだ。
どくさくに紛れてでもいいから、スザクと気持ちを共有したい。
スザクもわからないけれど、体の奥に潜んでいる衝動を鎮めたい。彼が触れる箇所からまた熱が飛び散っている気がして、眩暈がする。けれどそれはどこかさきほどの心地良さとは違うもっと甘くて優しい匂いだ。

「ルルーシュ、どうしよう。僕、すごく変だ」

そう、短い睫毛を震わせて囁くとルルーシュが小さく頷く声漏らして、スザクの腰に手を回す。
そうして互いの唇は引力に引寄せられるようにして、重なった。













                           
路地裏のはそれでも愛を
請う
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